『魔人襲来』

聖女。

彼女の本名は朝日奈あさひなミネルヴァ。

当時、まだ人間が魔人を銃火器武装で退治出来ていた時代。

魔人と言う存在をレベルで分類していた。

レベル1から3までは銃火器武装で太刀打ち出来ていたが、レベル4から先は大規模な被害を出さなければ魔人を討伐する事が出来なかった。


だから、人類は魔人を利用し、新たな兵器を作ろうとした。

魔人の細胞と人類の科学。

異能の力を機械で制御し、魔力機構を制作。


その魔力機構に適性を持つのは、当時魔人は女性の肉体から新しい魔人を生む浸蝕性能を利用し、女性の使用が推奨。


その結果、女性は魔人の力を宿す事に成功し、社会的観念から彼女たちを魔女と名付けず、聖女として扱った。


それが聖女の歴史であり、朝日奈ミネルヴァは、魔人と人間との間で起きた戦争によって家族を喪った少女だった。


魔人を憎み、同時に尊い命である人間を愛している彼女は、自分が犠牲になる事で魔人を討伐する道を選んだ。


聖女になると聞いて、彼女は臆せずその身を捧げ、そして聖女となった。


そんな彼女は、本来ならば人質にされた女性の解放の為に、自らの肉体を魔人に捧げたと言う記録が残っているが…現在は違う。


「…ぐ、あッ」


真っ白な天井。

トクサは目を開くと共に飛び起きる。

周囲には特殊ガラスの壁。

その壁の奥には多くの白衣を着た研究者たちが居た。


「目覚めたぞ」

「なんとデタラメな体をしているんだ…」


研究者は驚いている。

スピーカーから声が聞こえて来た。


「あー、…君、言葉は分かるかね?」


研究者の一人の声に、トクサは頷いた。


「ああ、分かる、分かるよ…なんて事だ、こんなにも、同胞が生きているだなんて…」


トクサは、多くの人間を眼にして涙を浮かべている。


「言語が通じる…では、先ず質問をする、キミは一体、何者だ?」


その言葉に、トクサは不思議そうに思う。

自分は、人間である、そういう事を言えば良いのだろうか。


「…君の肉体を調べさせて貰った、正直に言えば、何故、これほどまでの技術が、君の体に備わっているのか不思議でならない、我々の技術を遥かに超えている…十年、いや、百年以上先の最新技術だ、いやそれすら超えた、君はブラックボックスだ」


彼ら研究者は、トクサの体を調べた。

そして彼の肉体に備わる魔力機構を発見し驚愕した。

本来、魔力機構は性質上、聖女しか取り付ける事の出来ない人工臓器。

だと言うのに、男性である彼が、その魔力機構に適応している。

そしてその魔力機構すらも、現代の技術では解明出来ない超技術、オーパーツの領域に達していたのだ。


「これは、あんたたち科学者が造ったものだ、作り方が分からないのか?」


「いや、…そ、そうだ。分からない、なんだその魔力機構は、君は一体、何者なんだ?」


研究者の疑問。

トクサはベッドの上に横たわりながら考える。


「(この魔力機構の作り方が分からない?…そうか、余程、辺境な国に流れ着いたのか、…あの爆発の末に、俺は吹き飛んで、別の地へと行き付いたってワケなのか…)」


そう納得して、トクサは胸に手を添える。


「ならば、危ない、早急に調べた方が良い、魔人は強い、戦って勝利は難しいが、拮抗ぐらいは出来る、だから魔力機構を早急に分解して研究に使ってくれ」


とんでもない提案をするトクサ。

研究者たちも驚いた。

彼の魔力機構は、心臓である。

その魔力機構を分解しろと言う事は、自身の命を捨てると言う事だった。


「いやしかし、問題が…」


「俺の命か?なら大丈夫だ、俺が死んでも人類は生きている、一人より大勢の命が重要だ、俺の命で、多くの人間に貢献出来るのなら本望、研究に役立ててくれ」


トクサは命など惜しくない。

惜しいのは、この世界に存在する人間たちだ。

だが、研究者たちは考える、彼の魔力機構を調べたいが…分解しても、分からないと言う結果が出る危険性だ。

そうなると、折角、使用出来る魔力機構を、自らの手で壊す事になるのだ。

だから迂闊に手が出せない、だからこそ、ブラックボックスなどと呼ばれている。


朝日奈ミネルヴァは、研究者の話を聞いている。

彼らの顔は、何処までも屈辱的な表情をしている。


「あの心臓、魔力機構は我々の技術では到底外す事は出来ません…」


既にトクサの心臓を調べ尽くしている彼らは、悪戯に心臓を回収する事は出来ない。


「何故ならば、基本的に技術漏洩を防ぐ為に、死亡と同時に魔力機構は自壊する仕組み」


興奮気味に研究者が言う。

中には涙を流している研究者もいた。

心臓を透過して確認した際に、自分が見た事も無い制御チップなどが使われていた為だ、未知の技術は、正に天が与えたプレゼントだった。


「当然、あの超度技術の結晶である心臓は、使用者の死亡と共に壊れる可能性がある、いや、…もしかすれば、魔力機構停止によって魔力暴走を引き起こし、周囲一帯を包み込む爆破もあり得ます」


魔力機構は、魔人の使用する異能を制御する機械だ。

異能の力は現実では存在しない粒子・暗黒物質ダークマターを使用している。

トクサの魔力機構は、通常の3000倍以上の暗黒物質を蓄えていた。


「そして何よりも屈辱的なのは、技術者にして研究者である我々が、先ず手を出せば壊れる事は確実であると言う事、事実上の敗北宣言ですよ、これは…ッ」


握り拳を作り、研究者は血涙を流していた。


「あの男は一体、何者なのでしょうか…出来る事ならば、あの心臓を作った技術者との会話がしてみたいッ」


研究者たちは、その様に朝日奈ミネルヴァに言う。

トクサを拾って来た彼女は、もしもトクサが敵であった時を想定し、戦闘に発生する可能性を考慮。

質疑応答と言う役割は、朝日奈ミネルヴァがする事になった。


研究室に入ると、トクサは朝日奈ミネルヴァの方に視線を向ける。

すると、若々しい好青年の様な表情をしているトクサは、朝日奈ミネルヴァを見て声を掛ける。


「あ、君は…大丈夫だったかい?あの後、俺は気絶してしまった、安全を確保していれば良かったのに…俺は恥ずかしい」


魔人を滅ぼすだけ滅ぼして自分は気絶してしまった。

本来、魔人を滅ぼすだけで十分なのに、それ以上を自身に求めている。

トクサの言葉に、朝日奈ミネルヴァは首を左右に振る。


「いえ…私は、大丈夫です、あの、私は貴方に…」


質問をしようとした。

だが、彼女の心はそれとは別の言葉を思い浮かべる。


「(このお方が一体、何者であるのか、それを聞かなければならない、けれど、その前に、私は…)」


あの時。

魔人に襲われ、人を人質に取られた。

正常で冷静な判断が出来ず、もしかすれば魔人に良いようにされていたかも知れない。

だが、そんな自分を救ってくれたのは、紛れも無くトクサだ。

彼女は大き目に膨らんだ胸元に手を添えて、笑みを浮かべると共に告げる。


「…あの時、皆さんを、…私を、救けて下さって、ありがとうございます」


心の底から放たれる本心。

朝日奈ミネルヴァはトクサが誰であろうと、その気持ちだけは忘れない。


途端に爆発音が建物外壁から聞こえてくる。

その音に反応して身を屈める研究者たち。

近くに居た朝日奈ミネルヴァを、トクサは自らの体で覆い被さる。


「あ、わッ」


体を抱き締められた。

朝日奈ミネルヴァは驚愕して体を硬直させる。

彼の胸板が、朝日奈ミネルヴァの頬に引っ付いた。


『非常事態発生、聖霊塔本部に魔人が侵入ッ!レベル4相当の魔物が出現、避難を行って下さい、繰り返します』


スピーカーから聞こえてくる声。

魔人が、聖女たちの住む場所、聖霊塔へと侵入したと言う内容が響いて来る。

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