第7章 宇宙刑事だよ

 ぜったいそこにあるはずだと中学生はいった。

 どんなかたちのものかも教えてくれた。それは地球人が見てもぜったい武器とは思わない形状をしている。でもそれは武器だ。だからそれを持ってくればいい。使いかたは難しくないし、無反動だから、子どもだってなんの問題もなく使えると。

 菜美はすぐには信じなかった。だいたいこいつはなんなんだろう。見た目は中学生、口を開くと抑揚のない早口で、わけのわからないことを口走る。パパと呼べ男や母親のこと、菜美が入院していたことを知っている。なによりシゲヲのことを知っていて(シゲヲとは呼ばなかったものの)菜美いじょうにシゲヲのことをおそれている。

 すると、それまで表情らしい表情を見せなかった中学生がぐにゃりと……笑った。すくなくとも菜美は、それを笑いだと解釈した。子どもの柔軟な心ならそれも可能だった。そしてじっさい、それは笑っていた。人間の笑いのへたくそなパロディ、まるで顔の下半分がめくれあがったようだった。

「ぼくは怪しいものじゃない。ぼくは、」

 適当な言葉を見つけるまで、わずかな間があった。「宇宙刑事なんだよ」

 宇宙刑事。

 菜美は耳を疑った。宇宙刑事。こいつはいま、ほんとうにそういったのか、宇宙刑事と? ほんとうに? まじめに、ふざけているんじゃなく? 刑事って宇宙にもあるものなのか? 警察手帳とかも持っている? 手錠をシゲヲにかけるのか、逮捕する! とかいって? どの腕に?

 菜美はしかしそれを信じた。

 中学生が笑ったからじゃない(それがたとえまともな人間が浮かべるふつうの笑いだっとしても、このタイミングはわざとらしすぎる)。菜美の心が柔軟だったからでもない(中学生のいう宇宙刑事とやらが、あの笑いと同じくらいおかしいことくらい、柔軟な心に頼るまでもなくすぐにわかった)。中学生の意図を察したからだった。この宇宙からきて人間の中学生を操っている刑事さんは、菜美を利用しようとしている。菜美に持ってこさせようとしているものは、ぜったい、まちがいなく、菜美が欲しがっているものじゃない。

 宇宙刑事だって(笑)。

 どれほど進歩しているかは知らないが、刑事というからには公務員――この場合は宇宙公務員か――なんだろう。公務員ともあろうものが、小学生を相手にこんなちゃちなうそなんかついていいんだろうか。

 けっきょくその目的のものは、廃工場のなかをシゲヲにおびえながらやみくもに探しまわるまでもなく、壁ぎわの、力線の影響で砂埃が吹き払われた半円のなかに、ほかのなんだかわからないものといっしょに無造作に置かれていた。中学生がいったとおりのかたちだった。つまりだいぶまえにそこで死んだ小動物の、ひからびてほとんど骨だけになってしまった死骸に見えた。危険なものじゃないと中学生はうけあった。ちょっと触ったくらいで発動することもないと(それより菜美は、へたに触ってそれがバラバラになってしまうほうが心配だった)。

 それはいったいなんなのか。菜美は訊ねた。

 銃だ、と中学生は――宇宙刑事、つまり宇宙の公務員は――臆面もなく答えた。

 つまりそれは銃じゃなかった。

 とても重要なものなのはたしかだった。菜美にとってではなく、シゲヲにとって。

 三角巾で吊られた腕を壁につきながら、苦労してそれを拾いあげた。どうして宇宙刑事のくせに自分で取りにこないんだろうと毒づき、どうせ刑事っていうくらいだから礼状がないとなんにもできないんだろう(さしづめ、宇宙礼状ってところだ)と自分で納得した。ばからしい。軽かった。見かけによらず、ちょっと乱暴に振りまわしたくらいで壊れることもなかった。脇の下に挟んでいたあの三角形を取り出すと、代わりに置いた。建屋の暗がりのなかでにんまりと笑った。

 あとはきたときと同じように、気づかれることなくここを出るだけだった。



つづく

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