■ EX57 ■ 閑話:燃えよブランド炎の如く Ⅱ
敵が半数になっても、まだまだ油断は禁物だとアルバートは気を引き締めて周囲の気配を探る
盾を巧みに使い、攻撃を受け止め、時には盾で殴り、姿勢が崩れたところに一撃を入れて、常に背後にも意識を配る。
中々に大変だが、ぶっちゃけ狂獣や白竜に比べれば人間の相手はどれだけ安心なことか。
――内臓零れないもんなぁ。
身体を捻り、盾の角で背後に回った騎士をブン殴りながら、アルバートはそうしみじみと思う。
あれから幾度となく実戦を重ねてきているアルバートたちだが、正直あの狂獣戦が一番キツかったと今でも思う。
容赦なく腸は切り裂かれるし、プレシアとあと【
それを朝まで続けろ、と言われた時には絶望で目の前が真っ暗になったほどだ。
それに比べれば、今の状況はまるで天国のようですらある。なにせ斬ればちゃんと敵が倒れて減っていくのだから。
――それに、支援もあるしな。
そうアルバートは内心で舌を巻く。アルバートの想像以上に、アーチェは弓兵として一人前に仕上がっていた。
上位貴族だけあって魔力も多いし、そのおかげで華奢な女性ながらも魔力強化された身体能力はアルバートたちと比較しても遜色ない程だ。何より脚をちゃんと使えているのが強い。
当初はアーチェは固定砲台になるのが関の山だろう、と考えてアルバートたちは警戒を密にしていたのだ。
だがアーチェは敵の騎士たちよりも素早く戦場を駆け回り、その脚を留めぬ姿勢から放たれる矢は百発百中の腕前。放たれる矢の脅威はキールに勝るとも劣らない。
あれは、あの下半身の鍛え方は一朝一夕のそれではない。毎日欠かさず続けた鍛錬の賜だろう。
何故、伯爵令嬢が毎日弛まぬ鍛錬を続けているのかは分からないが。
――心強い、な。
そう、アーチェの支援はアルバートたちにとって心強い。ちゃんと一人の戦力として申し分ない力を発揮している。安心して背中を任せることができている。
無論、先読みは歴戦の弓兵であるキールに比べるとやはり甘く、あわや包囲されかけることもある。だがそこは三人の中でもっとも広い視野を持つキールが上手くカバーすることで、なんとか立ち回れている。
あくまで投射される魔術を完全に防いでくれる
もっともその
――ッ! 動いた!
矢を引き抜いて止血をしていたヴェインとクルツの側に控えていた騎士の一人が手指を動かした瞬間、アルバートは近くに転がっていた騎士を全力の身体強化でアーチェの側へと蹴り飛ばす。
そうやってアーチェの代わりに、敵騎士の手から放たれた何かを受けた騎士が、
「ぐ、が――」
ドサリと地面に落下するが早いか、泡を吹いて痙攣し、あっさりと動きを止めて絶命した。
やはり毒だ。あの夜の刺客も毒を使っていた。
それを目にしたアーチェも、騎士に扮した刺客が混じっていることに気が付いたのだろう。背中から引き抜いた矢をつがえ、その一撃を放った騎士に向けて狙撃。
狙いも速度も申し分ない報復の矢に、だが敵も然る者で、
「ぐあっ!? き、貴様……」
平然とヴェインを盾にしてアーチェの一撃をやり過ごす。チッとアーチェが令嬢らしからぬ舌打ちをして、
「なら肉壁ごとぶっ貫いてやるわ! 【魔法矢】!」
魔力で作り出した矢を弓につがえ、アルバートにチラと視線を向けて、だからアルバートは了解して走り出す。
「くたばれコノヤロー!」
そうアーチェの手から放たれた【魔法矢】はヴェインから距離を取って離れた男――ではなくその影に突き刺さり、
「っ!?」
男の姿をその場に縫い止める。あの狂獣と戦った場にて一度だけ披露した、アーチェの妨害魔術、【影縫い】だ。
普通の矢ではなく【魔法矢】を構築しあえて貫通力を上げておきながら、しかしそれを攻撃ではなく支援に使う。流石に貴族だけあって駆け引きが上手というか、裏をかくことに長けているいうか。
何にせよ、
「悪く思うな!」
アルバートが騎士に扮した暗殺者を斬り捨てると、やはり一人ではないのだろう。
一人を犠牲に他の騎士がアルバートの背中に回る手管は、ゼイニ家を護って戦ったあの夜の黒影を彷彿とさせる。
だがそうやってアルバートの背中に回った男に、キールの矢とレンの手槍が左右タイミングをわざと微妙にずらして襲いかかる。レンの槍を躱すも、キールの矢を受けてしまった男はアルバートに斬りかかれず、レンの追撃に貫かれて地に倒れ伏した。
二人、仕留めた。さてこれで騎士に扮した暗殺者を仕留めきれたか、と息を吐いた瞬間、アルバートはぞわっと悪寒に襲われる。
「アーチェ様!!」
恐らくは、最初の方にわざと矢に撃たれておいたのだろう。
膝をついていた騎士が立ち上がって背後から音もなく、引き抜いた短剣でアーチェを狙い――
「よくやるわ、本当」
だが、一人目の刺客の存在を察した時点から、その可能性は想定していたのだろう。アーチェが【魔法矢】を逆手に馬手の中に生成、それを握りしめて槍のように、
「どっせい!」
身体強化した腕力で掴んだ【魔法矢】を思いっきり背後に叩き込んで、あっさりと返り討ちにするのは――この子本当に騙し合いには強いな、とアルバートは素直に感心してしまった。
いくらわざと矢を受けていて手負いとは言え、背中から音もなく迫ってきた相手に臆しもしないとは。しかも背後の敵を倒せたか否かをアルバートの表情を読んで判断し、背後を振り返らない。剛胆にも程があるだろう。
「アル君よ、あれが世界に
「ノーコメント」
近寄ってきてそう揶揄するキールのケツを盾で一叩きし、さて。
強敵は倒れ、ならばあとはもう数を減らした並の騎士など、幾度となく死線を潜り抜けた三人の敵ではない。
瞬く間にもはや戦場に両の足で立っているのはたったの五人となり、
「レン、行ってこい!」
「魅せてこいよ色男!」
「ああ、警戒任せた」
顎をしゃくって、アルバートとキールは親友を花道へと送り出す。ただ、先程のようにまたどこぞの死に損ないが立ち上がる可能性もある。
キールとアルバートが中央にて背中合わせに周囲を警戒し、アーチェがコロッセオの壁を背負って広い視野を確保する中。
手槍と盾を油断なく構えたレンが威風堂々と前進し、
「さあ、死合の距離だぞ
クルツ・フロックスの手前で脚を留めれば、応援と罵倒が鳴り止まなかった観客席がしんと静まりかえる。
ヴェイン・マロックは先程盾として使われ既に戦闘不能だ。だからクルツ・フロックスが倒れた時点でヴェイン陣営の負けが決まる。
だがそれはレンが倒れても同じ事だ。
「どうした、来いよ。何もせずに負けるのは屈辱だろう?」
「き、騎士爵風情が――」
恐らく、怒りで頭が真っ白になってしまっているのだろう。
意味のない言葉を叫びながらクルツ・フロックスが己が授かった加護である風神の魔術、【風刃】を撃ち放ち、逆の手に握る剣で猛然とレンへ斬りかかる。
迎え撃つレンはしかし猛るクルツとは対照的に、最小限の動作で【風刃】を盾で受け流す。
然る後に悠然と槍の穂先で刃を弾き退けると、半回転させた手槍の柄を全力でクルツの胸に叩き付ければ骨の砕ける鈍い音が響き――
「そこまで! 勝者、原告レン・ブランド!!」
審判の高らかな宣言と共に周囲が喝采と怒号に包まれ、レンが槍を勝ち鬨と掲げてみせればそれで会場のボルテージは最高潮に達する。
「国王陛下の名代としてレン・ブランド騎士爵の訴えを是とし、ヴェイン・マロックとアレジア・フロックスの婚約をここに解消します。怪我人の搬出と治療を急いで下さい。どちらも王国の忠実なる僕ですので」
裁定官の訴えもあり、雪崩れ込んできた人員が次々と怪我人たちを運び出していくのを尻目に、いつの間に姿を消していたのだろう。
アンティマスク伯爵令嬢がストラムを従えたアレジア・フロックスの手を引き、レンの前にやってきて、
「さあブランド卿、格好良く〆なさい。ここで日和ろうものなら金○潰すわよ」
そう耳元で囁かれれば、レン・ブランドはこれまでの人生でこれほどの緊張と恐怖に襲われたことはない。
勝利の余韻も何もかもがすぱーんと綺麗に、レンの頭の中から観衆の声と共に吹っ飛んでいった。
残るはただ声もなく見守る一万以上の瞳と、目と鼻の先には可憐なるアレジア・フロックスの姿。
「ふ、フロックス男爵令嬢! 私は――」
戦闘中に汗をかいたせいで水分が足りず、喉が渇いて声が擦れる。
ゴクリと唾を呑んだにも拘わらず、喉がひりついて言葉に詰まり――アンティマスク伯爵令嬢の裂帛の視線が、それでもなおレンに黙ることを許さない。
「私は地方の出で品も知性も無い、将来の展望もろくにないただの田舎騎士に過ぎません。こうやって貴方の前に立てるのも全てはアンティマスク伯爵令嬢のおかげであり、私の力、努力、才能によるものではありません。財も、地位も当然ありません」
紡ぎ出されるのは、一目惚れしておきながら二年間、それらしき態度をおくびにも出せなかったレンらしいというか。
並べ立てられる否定の言葉ばかりに、そろそろアンティマスク伯爵令嬢の視線が人を殺せそうな程に鋭く尖り始めて、
「ですが、貴方への愛だけは誰にも負けない自信があります! 一目惚れでした! 私と婚約して下さい!!」
だから、もう何も考えられなくなったレンはド直球で本心をぶちまけて、
「喜んで、ブランド卿」
その言葉を耳にした途端、レン・ブランドは今日一度たりとも付くことのなかった膝をぺたんと大地へと付けて放心してしまい――然るが後にコロッセオが大歓声に包まれる。
帽子や日傘が宙を舞い、拍手喝采が鳴り響く。「お幸せに!」「玉の輿め! もげろ!」「よく言った!」「勇気を貰ったぜ!」「二百年越しの奇跡よ!」なんて好き勝手な応援や罵倒が四方八方から投げつけられる。
「いつまで膝をついてるのかしらブランド卿。さっさと立ち上がってアリーを出口までエスコートしなさい」
「は、はいぃっ!!」
アルバートとキールに生暖かい笑顔で槍と盾を奪われたレンが慌てて立ち上がり膝についた土を落とし、情けもなく震える腕を伸ばすと、そっとアレジアがその手を取ってくれる。
そうして、歓声に背を押されながら、千鳥足でレンは闘技場をアレジアと並んで後にし、二人を隠すようにそっと扉が閉じられる。
レン・ブランドにとってちょっと締まらないシャルトルーズ法にまつわる一連の騒動は、こうして決着を迎えたのだった。
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