■ EX57 ■ 閑話:燃えよブランド炎の如く






 始め、の声と共にマロック、フロックス両家陣営から一斉に魔術が放たれる。

 ブランド騎士爵陣営は剣神、槍神、弓神という物理攻撃に特化した連中がたったの四人だ。故に距離を取っての魔術戦に持ち込めばほぼ完封に近い勝利が望める。

 そうヴェインも、クルツも勝利を確信していたのだが――


「馬鹿な!? 全て躱し切ったのか?」


 百近くに登る魔術の第一次投射が終わっても、四人の誰一人としてその場に倒れていない、どころか全員が当然のような顔で距離を詰めてきて――


「ぐあっ!」「あぐっ!?」


 悲鳴と共に、もっとも手前にいた騎士二人がその場に膝をつく。

 片方は肩に、もう片方には首に深々と矢が突き刺さっており、即ち射撃後の勝利を確信していたところにアーチェとキールが平然と矢を撃ち込んできたのだ。


「何をしている! 撃て、撃ちまくれ!」


 ヴェインの命令に、ハッと我に返った騎士たちが魔術を投射しようと手を翳した時には、


「まだ剣を抜いてないのか、呑気だな!」

「なぁっ!?」


 既に眼前に迫っていたレンが手槍で容赦なく右前衛一人の腹を貫き、アルバートが左前衛の向う臑を切り裂いた。更に二人の騎士が倒れる。


「くそっ、回り込め! 後ろに回り込んで全方位から攻め立てればそれで終わりだ!」


 射撃戦から接近戦に移行しろ、というヴェインの命令は正しくもあったが、そもそもヴェインとクルツが集めた騎士は射撃戦を得意とする連中であり、


「ぎゃっ!」

「どけ、邪魔だ!」

「ふ、踏むな! 蹴らない――ゴバッ!」


 しかも包囲展開しようとする騎士の先頭を的確にアーチェとキールが撃ち抜くものだから、傷ついた騎士が邪魔をして上手く移動が行えない。勢い余って怪我人に蹴躓く有様だ。

 そんなもたつきを嘲笑うかのようにアルバートとレンは盾を駆使して前面の敵を捌きつつ、片時も脚を留めることなく動き回る。

 時に膝をついた騎士を遮蔽物とし、多数に包囲される状況を巧みに回避している。


「射手だ、先に射手を仕留めろ!」


 次々と遠距離から確実に一矢で一人を戦闘不能にしていくキールとアーチェをまずは沈めないと、というクルツの判断は正しかったのだが――ここで騎士たちは混乱してしまう。

 この場にはクルツとヴェインという二人の指揮官がいて、誰がどちらの命令に従うか、という指揮系統が明確になっていなかったのだ。


 故にアルバートとレンを足止めしつつ、残りで一斉に射手を片付けるという必勝疑いなき戦術を、クルツらは当たり前のようには展開できずにいる。

 それに加えて、


「撃て!」


 まずは騎士より弱いだろう令嬢を先に、と一斉に撃ち放った射撃魔術が、


「な、なんだ、あれは!?」

「加護は弓神じゃなかったのか!?」


 アーチェの全面に展開された赤い障壁に阻まれ、塵芥と雲散霧消する。予想外の展開に混乱する、その隙を突いてアーチェが即座に三連射を反撃として見舞う。

 放たれた矢は容赦なく三人の騎士の大腿骨を容赦なく貫通してのけた。威力もさることながら、そら恐ろしいほどの冷静さと射撃の速さだ。


「くそっ! 魔術が駄目なら!」


 騎士数人が犠牲を覚悟で、剣を抜いてアルバートを躱しつつアーチェへと距離を詰める。

 魔術が防がれるなら斬り捨てるだけ、そう判断した騎士たちはその過程で更に三人を矢で撃ち抜かれて倒されるも、なんとか四人程がアーチェへと肉薄し、


「お覚悟!」


 袈裟切りにアーチェを切り捨てようとした騎士の剣が――


「クリントォ!!」


 誰もいない虚空を走り抜ける。

 どこに、と問うより早くにその騎士の頭上、頭頂部に凄まじい負荷がかかって、


「跳んだ!? 俺を踏み台にしたのか!」


 騎士の身を踏み台に、身体強化した脚力で上空へ跳ね上がったアーチェに投射魔術が殺到するが、それらは全て赤い障壁に防がれる。

 自身が防御する必要がないアーチェはだから、流れるような所作で矢筒から矢を抜き放ち弓につがえ――


「があっ!!」

「う、上からだと!?」


 二連射。過たず肉壁の後ろに隠れていたヴェインとクルツの肩を撃ち抜いて、おまけに落下地点にいた騎士も上空から肩を狙撃して、


「はいちょっとごめんあそばせ」


 その騎士の肉体をクッションに着地、即座に肉座布団を蹴りつけアルバートの背中に回り込もうとしていた騎士を撃ち貫いて奔る。その令嬢離れした動きに、観客席からは凄まじい歓声が沸き上がった。


 曲芸じみた動きと観客席の声の双方が、怒りを助長したのだろう。

 あの小娘をなんとしても沈めんとアーチェを狙って群がろうとする騎士たちに、


「おっと、俺にも見せ場をくれよぉお!」


 今度はキールが矢を走りながら次々と射かけ、的確に一人ずつを沈めていく。

 自然系魔術師は媒体無しで遠距離魔術を投射できるため、魔術の発動に弓が必要な弓神は舐められがちだが――その実、決して弱い加護ではない。


 弓本来の威力に、魔術による強化が上乗せされたその射撃の威力は炎や氷、土の槍を投げるより遙かに速く、鋭く、的確だ。身体強化した騎士の肉体を、鋼の鎧の上からでも貫通しうるほどに。

 アーチェの前世で言えば、弓神の加護持ちが軽く矢を射るだけでも対人ライフル並の貫通力を誇るのだ。銃弾のように体内で変形し肉体を損壊せしめる破壊力は無いが、骨すら貫く貫通力は一矢であっさりと人から継戦能力を奪う。


 レンとアルバートが盾を駆使して敵陣内で獅子奮迅の働きをして掻き回し、それをアーチェとキールが適切に補佐をする。

 たった四人ながらも一人が十人を手玉にとって、戦場を休むことなく走り回っている様は、会場を沸かせるに十分すぎるほどだ。


 四人とも敵の身体を盾にすることで徹底して一対多を避け、それでも避け切れそうにない状況を先に潰すかのように、二人の射手が狙撃で退路を確保する。

 恐ろしいほどに息のあった連携だ。四人しかいないからこそ、阿吽の呼吸で攻撃と援護を即座に交代スイッチしながら動線を確保している。


「くそっ、何をやっているんだ! この私が撃たれたのだぞ! 反撃しろ! 奴らを皆殺しにするんだよ!」


 そうして指揮官たるヴェインとクルツの命令が抽象的で何らの意味を持たぬそれになれば、いやそれが逆に功を奏したか。

 命令に従わなくてよくなったからこそ、騎士たちは逆に冷静さを取り戻したが――既に半数近くが傷を負ってコロッセオの各地に転がってしまっている。




――――――――――――――――




 そうやって半数を沈めた状況で、アルバートたちは己を射竦める鋭い気配に気が付いた。


――やはり、いるか。


 予想はしていたのだ。アーチェがマロック家、フロックス家双方の当主に手を回して息子たちへの支援は阻止したはずだが、敵は結局百人近い貴族を雇用するに至った。

 その財源がどこから出たか、は考える必要すらない。アーチェたちを潰したいオウラン陣営に決まっている。


――狙いはアンティマスク伯爵令嬢、だな。


 だからこそ、あのゼイニ家を護って戦ったあの夜に感じた殺気。それとよく似たものをアルバートたちは鋭敏に感じ取っていて、


――やらせるなよ。

――分かってる。

――応ともよ。


 三人は即座にアイサインで合意した。何があってもここで手練をアーチェの元へ向かわせるわけには行かない、と。

 さらに矢継ぎ早に飛んでくる役に立たない命令が無視してもよい喚きに代わったことで、暗殺者ではない騎士たちも騎士団で鍛えた自己の状況判断に従い、的確に動き始めるようになった。


 敵が半数になっても、まだまだ油断は禁物だ。























 おまけ:特に求められてないフルアーマードアーチェの装備解説


 右手:ゆがけ(雷電鹿皮製)

 左手:合成弓(風穿虎腱骨+樹木子ジュボッコ製)、籠手(クロムモリブデン鋼製)

 首:デスモダス謹製・呪いの血杯カリスブラッド

 胴体:狩衣かりぎぬ(エミネンシア製)、背部矢筒×2、腰部矢筒×2(実体矢計64本)

 頭部:額当て(クロムモリブデン鋼+雷電鹿皮製)

 脚部:括緒袴くくりおばかま(エミネンシア製)、脚甲(クロムモリブデン鋼製)


 基本的に衣服はエミネンシア製、武具はお父様におねだりしてのアンティマスク領製で、手に入る中では最上級の品を用意させました。なお、この世界にクロムモリブデン鋼という名前は当然存在せず、一部の職人が試行錯誤した結果作られた「ウチの秘伝である質のいい鉄」という扱いです。


 武器の方ですが、今回のアーチェは鎧を着ていないので腕の可動域が広いこともあり、特注品の矢筒(箙)を作らせて実用限界まで矢を携行しています。ただ通常、矢筒(えびら)に関しては24本の矢を備えるのが一般的な弓騎士の標準装備となります。


 なので普通の騎士爵であるキールだと(ルール的にアーチェが金出して武装させてやれないので)24本が矢の携行限界となるわけです。

 矢の本数だけで見るとアーチェの単純火力はキールの二倍以上、こう書くと案外アーチェちゃん強いですね。(強いのは金があるからですけど。マネーイズパワーですね)


 なお、作中でいきなりアーチェが「クリント」なる奇声を上げてますが、要はマー○ルヒーローホークアイのアクロバティックな強さにあやかりたかったんですね。「南無三!」みたいなもんだと思って下さい。時々アーチェは前世由来の意味分かんない言葉を口にしますが、気にしないで頂けると嬉しいです。








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