■ 176 ■ 燃えよシャルトルーズ法






 はい、というわけでヴェインとクルツが婚約解消を拒絶したため、シャルトルーズ法に基づいた決闘の開催であるよ。

 闘技場と催事場を兼ねた、五千人は入れる王立闘技場コロッセオは今や学生と騎士で満席状態。立ち見すらぎゅうぎゅう詰めで空きスペースがない。いや、新聞で広告したせいとは言え、よくもまあこれだけの人が集まったもんだよ。


「お嬢様、決してストラグル卿の背中の影から出ないように願います」

「分かってるってば、メイってば心配性ね」

「戦場に立つ令嬢を心配しない侍従がどこにおりますか」


 私の着付けと装備をしてくれているメイが、割と本気で怒っててちょっと申し訳ないけど、


「私の怒りの発露にレン・ブランドの名を借りたのだから、私が戦場に立たずして何とするのよ、それに――」


 大声じゃ言えないけど、私にとってこの決闘はきたるフルスボーデンにおけるリオロンゴ河上決戦の為の予行演習に過ぎない。

 一度リオロンゴでワルトラント正規兵とやり合って、私には徹底的に兵士としての資質が欠けていることが分かっちゃったからね。


「男女を問わず、戦場に立てないようでは王国貴族の名折れってものよ」


 心まで鋼鉄に武装する乙女にはなれなくとも、歌高らかに躍り出る戦士にはなれなきゃいけない。

 堅忍持久にも尽忠報国にも興味はないが――迫りくる殺意に相対できなければ王国貴族を名乗る権利がない。


 私は前世高無真弓美である前に、アルヴィオス王国貴族アーチェ・アンティマスクなのだ。

 アルヴィオス三千万の民の為に私は命を懸けて戦える覚悟を持つ必要がある。それなくしてどうして王国貴族が民からの搾取を許されよう。


 最近のトレードマークである白い狩衣の袖を絞り紐で括り、腕部の自由可動を確保。

 胸当てを装着し、弓手には籠手を、馬手にはゆがけを装着し、葡萄染のはかますそを踏まないよう、括緒くくりおで脛上に絞る。脚を止められると危険なので、足首防御のために裏起毛の脚甲を装着。


 視界を確保したいため、兜は被らずに額当てをメイに備えて貰い、キッチリと縛ってズレないように固定。

 最後に腰と背中にえびらと筒の中間のような、矢羽が露出した矢筒を固定して貰えば、戦の準備は完了だ。


「……ご無事をお祈りしております」

「そこは武運を祈ってよ」

「お嬢様にはそれは必要ありませんので」


 メイってばホントお堅いわね。

 このためにお父様のお金で新調したショートボウを手に取って歩みを進め、既に準備を終えていた三馬鹿に近寄ると、


「此度は我が友レン・ブランドのためにお心を砕いて下さったこと、感謝の念に絶えません」


 軽装鎧姿の三馬鹿がザッと膝をついて頭を垂れる。

 胴当て肩当て、肘当て籠手に腰当て、そして膝当てと脚甲という軽装なのは、貴族の基本が魔術による射撃戦なので防御より回避を主眼に置いているからだ。

 ただアルバート兄貴とレンは今日は利き腕とは逆の手に盾も備えているのは、恐らく数的不利からなる乱戦を予想しているからだろう。


「感謝は不要です。私がアリーを手元に置いておきたいからブランド卿の名を借りただけですし」


 アルバート兄貴、レン・ブランド、キール・クランツの三人に立ち上がるよう促すと、やはり三人とも心配そうな顔を隠せないわね。


「足手纏いが乱入して悪かったわね。最悪私のことは無視しても構わないから、貴方たちは是が非でも勝ちに行きなさい」

「そういうわけには参りません。我ら王国紳士なれば、貴き令嬢を護るのは我らが義務にございます」


 アルバート兄貴がそう言えば、レンとキールも満腔の意で以て頷いてみせる。

 なお、どうして私が参戦しているのかというと、シャルトルーズ法に基づいた雇用費の中に学生令嬢雇用の価格も、あと雇用禁止も記されていなかったからだ。

 そもそも令嬢が決闘の場に立つことを想定していないから価格が記されていなかっただけで、この穴は明日を境に埋められるだろうけど――現時点で空いている穴は積極的に活用させて貰おうね。


「じゃあ私はストラグル卿の背中に隠れてちまちま敵の数を減らしていくから、ブランド卿には一番槍を任せるわね」

「畏まりました」

「ん。こちらは寡兵だけど――三人とも問題なさそうな仕上がりね」

「心はこれ以上無きほどに奮い立っております」


 そう語るレン、キール、アルバート兄貴と順に視線を移せば、ごく自然な自負に満ち満ちていて緊張も不安もないみたいだね。


「繰り返しになるけど、私には血杯カリスブラッドがあるから並の魔術では傷つきません。ちょうどよい釣り餌にも成れますし、過度に私を庇わず、まずは敵の数を減らすのが優先。これは伯爵家からの命令です、いいわね」

「ハッ!」

「宜しい、では行きましょうか。レン・ブランド騎士爵に勝利を」

「勝利を!!!」


 戦闘を歩くレンの後に続いて扉の前に立ち、役人が闘技場へと続く扉を恭しく開けば、光が一気に差し込んできて――


「原告、レン・ブランド卿、入場!」


 ワァアアアアアッ! と一気に王立闘技場コロッセオが歓声に沸き立っていく。

 歓声、嬌声、怒声、奇声。

 大地を揺るがすほどの様々な声が、五千人を超える人々の声がこれから始まる決闘に赴く私たちの背中を叩いている。

 凄いわね、前世でも今世でもこれほどの人の注目を集めるのはこれが初めてだから、少しだけ膝が震えてきたわ。私めっちゃチキンね、泣けてくるわよ。


「これよりシャルトルーズ法に基づいたマロック子爵家、フロックス男爵家双方の婚約に対するレン・ブランド騎士爵の異議申し立ての是非を問う決闘を執り行う!」


 審判として此度の判定に指名された国家騎士がそう声を張り上げれば、一旦観客席からの声が潮が引くように消えていく。

 そうして反対側を見やれば、うーむ。ヴェインもクルツも随分と人員を集めたねぇ。百人ぐらいはいないかな、あれ。

 背中で連装になっている矢筒に多めに矢は備えてあるけど、これは【魔法矢】まで使わないとちょっと不足するかもだよ。


「法の詳細は既に場が闘技場に移った以上、今更問うに能わず! ここはただ実力だけを問う場なり! 双方構え!」


 あ、審判の騎士、面倒くさいから法の説明を飛ばしたわね。多分覚えられなかったか緊張で忘れたかのどっちかだね。まあいいけどさ。

 矢筒から矢を抜き取って流れるようにつがえれば、キールもまた同様に、そして兄貴とレンが得物と盾を構えて――


「始め!」


 アルバート兄貴とレンが走り出し、次いで敵陣から次々と魔術が飛来する。

 さあて、おっ始めるとしようか。






 

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