■ 164 ■ 越冬の王城夜会(学園二年生) Ⅳ
「ハサル。フィータに無理をさせているって本当かい? 私は勉強だけ仕込めばいいと言ったはずだが」
そうサイド子爵が私たちに挨拶する暇も与えず切り込んでいくシャロウを前にして、ちょっとだけ私もサイド子爵ハサルさんとやらに同情してしまった。
そうか、シャロウ閣下はそういうタイプのアレなのね。よく分かったわ。これはある意味ではサイド子爵も被害者だわ。
「閣下はそう仰いますが――娘フィータは曲がりなりにもサイド子爵家から嫁ぐ身。それが貴族として振る舞えないようではサイド家の家格が疑われるのです」
「そこは私がカバーすると言っているじゃないか」
あ、これ多分フォローするよと言ってそれをすっかり忘れるタイプだな、というのが私にもよく分かってしまった。
恐らくお祖父様とバナールも覚ったはずだ。似たような困り顔になってるもん。
いるんだよね、こーゆー自分の興味あることだけしか覚えてられない奴。フィータさんが貴族として振る舞えなくてもシャロウ閣下は絶対フォローしないって分かるヤツだ。
だからってお前絶対フォローしないよね? とは家格の問題でサイド子爵も言うことはできず――そのしわ寄せが全部フィータさんに行ってるわけだ。
……うん、あんまりこれサイド子爵ハサル閣下を悪くは言えないね。根本的にはテイラー侯シャロウが全て悪いよ。これ。
見るに見かねたのだろう。同じ侯爵であるバナールがゴホンと咳払いをして、
「テイラー侯、一日は有限だ。人が一日に勉学に費やせる時間には限度があるもの。サイド子爵の立場からは貴族教育を疎かにはできぬだろうし、要求する学力の基準を緩めては如何かな。嫁入り前に婚約者に嫌われては元も子もありますまい」
サイド子爵とテイラー侯シャロウの間を取り持とうとする。
ただこれ、言った方と言われた方では考え方に根本的な違いがありそうだね。
「うん? 歳も離れてるし、別にフィータが私を愛する必要はないよ? フィータはテイラー家の一員として技術の発展に努めてくれればそれでよいのだからね。結果を出すなら私はフィータを大切にするし」
……そう来たか。完全にコイツ仕事の虫なのな。でもそれを非難することは難しい。
確かにテイラー侯爵家は領地もあまり広くなく、特許で侯爵家相当の収入を維持している家だったもんな。勉強出来なきゃ家が維持できないんだ。
そういう意味ではシャロウの考え方はテイラー侯爵家としては至極真っ当なんだ。
一般的な侯爵家の真っ当から大きく乖離しているけど。
「まぁいいや、フィータはまだ君の家の娘だ。君の気の済むようにやればいいけど、あまり無理はさせないようにねハサル。健康は学者にとって何よりも大事なんだからさ」
そうテイラー侯シャロウが去った後に残された我々は、一様に奥歯に野菜屑が挟まったときのような座りの悪い顔を見合わせてしまった。
この場の全員が誰が悪いかを分かっていても、家格差からそれを是正することができないという面々が我々である。
しかもテイラー侯爵シャロウにも別段フィータさんを虐めたい意図があるわけじゃないから、世間体に訴えることもできないわけで。
「……アンティマスク伯爵令嬢、我が娘フィータはすでに三年生で卒業も間近。お茶会などに参加している暇が無い、という意味は理解して頂けましたでしょう?」
そう苦言を呈するサイド子爵は、私たちがまだ挨拶もしていないという事実すら忘れてしまうほど滅入っているようだね。
なんて言うか世が世ならこの人多分死兆星見えててもおかしくないよ。なんかすっげーやつれてる。
「ええ。ただ息抜きを適度に入れた方が最終的な学習効率は上がるものですよ、サイド子爵閣下」
「アンティマスク伯爵令嬢の背後にいらっしゃるのがエミネンシア侯爵閣下であること、実に羨ましく存じます」
その後の話し合いでなんとか月に一回程度の茶会をする許可をサイド子爵ハサルからもぎ取ったものの、フィータさんの心身の健康を取り戻す抜本的効果はこれでは得られないね。
ただ養子に何を求めるかは完全に貴族家当主の自由だし、私に口出しできる範囲ではないから、これ以上は私にもどうしようもない。
無力だね、私は。前世の記憶なんてものがあってもパワハラに苦しむ女の子の一人すら助けられないんだから。
その後、ラウム・エストラティ伯爵閣下ことマイお祖父様に一曲だけダンスを誘われた。というのも、
「私ももう引退して息子に爵位を譲り、余生を夏の館で過ごそうと思っている。ここに来るのも今年が最後だろう」
寄る年波には勝てない、と語るお祖父様の肩は――こんなに小さかっただろうか。
「アーチェはエストラティの力など期待してないだろうから心配はないとは思うが――息子には後ろ盾としての期待をしないでくれ」
お祖父様曰く、お母様の兄である次期当主は、お母様がエストラティ伯爵家にとっての利益をアンティマスク伯爵家から引き出せないまま死んだことに軽い怒りを覚えているらしい。
仲を取り持つ、という王命を果たすことなく死んだ無能だ、と。その妹の娘にもまた然り。
アンティマスク伯爵領のみを富まし、エストラティの血を引きながらエストラティに益をもたらさない私は敵も同然、だそうだ。
……いや、私はアンティマスク伯領を富ますのに全く関与してないのだが。
「愚息も学はあるのだが、アーチェのように大局を見て考えることができぬ。それでも当主を担うだけの力量はあるから、爵位を他に譲ることもできん。すまんな、アーチェ」
そう言いつつも、やはりお祖父様にとっては自分の息子だから可愛くもあるのだろうね。
だからお祖父様が自分の駒として使えぬ私より息子を優先するのは、人としても当主としても当然のことだ。
「大丈夫ですわお祖父様。私をお気遣い頂けるお祖父様のそのお心が、私にとっては何よりの宝ですので」
そう伝えるとお祖父様が少しだけ寂しそうに破顔する。
「ありがとう、アーチェ。バナール閣下はよい男のようだ。マーシャの分もお前は幸せになるんだよ。いいね?」
「はい、お祖父様」
お祖父様とのダンスを終え、再会を約束して再び私は王族の為のカメラマンへと復帰する。
そのまま王やヴィンセント、娘と踊るオウラン公などを撮影し、特に妨害は無く夜会を終えて帰宅することはできたけど。
「夜会だったのに楽しい話は何一つなかったわね」
「はい、ラウム閣下は私のような庶民上がりすらもお認め下さるような立派な御方でしたので。残念に思います」
フィータさんのこともお祖父様のことも。どちらも仕方ないとはいえ、やるせないね。まぁ、どちらも私の権限でできることは何も無いんだけどさ。
入浴を終えて部屋着に着替えて、お父様との認識合わせを終えたであろうアイズの部屋をノック。
『はい、どうかしましたか? 姉さん』
「ううん、ちょっと気が滅入っているから、お話しに付き合ってもらえないかなって。忙しいなら出直すわ」
『いえ、姉さんに対して閉ざす扉はありませんよ。歓迎します』
久しぶりにアイズの個室を訪れて、眠気が訪れるまで無駄話につき合わせてしまったよ。優しい弟に甘える駄目な姉だね、私って奴はさ。
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