■ 165 ■ 学園生活も半ばを過ぎて、中間試験のお時間です。






 さて、あまり滅入ってもいられないので一晩ぐっすり寝たら、気分を入れ替えて学生生活再びだ。


 私が国王陛下の写真撮影を任されたことで、既に写真は王国の格調高い最先端芸術として認知された事になる。

 私とお父様は嫌がったけど、本来国王陛下からお声がかかるというのはこの上ない名誉だからね。この国最高の箔ってわけだ。


 お陰で写真の再販がかかって、コンセプト写真である私とシーラの写真がまたしても飛ぶように売れ始めた。

 というのも『自分が被写体となる時にどう撮影してもらいたいか』を考える取っ掛かりとなるものが、現状あの二枚しかないからだ。


 これに関しては完全に私もシーラも虚無顔になってしまったよ。

 気分を入れ替えてもこれなのだからこの世は地獄であるね。


「私の写真なんか買ってどうするのよ。アーチェのがあればいいじゃない」


 などとシーラは困り果てているが馬鹿め、死なば諸共よ。


「何言ってるのよ。あの写真はある意味私のよりはるかに衝撃的なんだから、誰だって参考までに手元に一枚置いておきたがるわよ」

「なんでよ、動きも別段ない地味な写真じゃない」


 基本的に何でもできるシーラだけど、やはり芸術だけは弱いよねこいつ。


「だからなのよ。いいことシーラ、動きのある写真が撮れるようになった結果、ダンスシーンが写真のメインになったこともあり、誰もが写真に動的な美しさを求めていたわ」

「まぁそうね。最初はダンスを中心に広めていったわけだし」

「そう、そこに颯爽と現れたのがあの写真なの。分かる? 新しい乾板だからって必ずしも動きのある構図でなくともよいのだ、とあの写真は新たな道を皆に示したのよ」


 誰もが他者より躍動的な、より劇的なシーンをと考えていた中に、白雪舞う山茶花垣根の傍らに傘をさして佇む見返り美人シーラの写真を、我ら新聞部がお出ししたのだ。

 誰もが完全に虚を突かれたように感じただろうよ。「くそっ、やられたッ!」と悔しがったろう。ダイナミックさで競わなくとも別に構わないのだ、と。


 しかもこれはダンスの苦手な運動音痴のご令嬢がたにもそりゃあもうクリティカルヒット。自分でも被写体になっていいんだ、って救われた気分になっただろう。

 そんなわけでシーラの写真はどちらかと言うと男性より女性に売れている。


 ……私の写真とは真逆にね。


 なお、シーラの写真の構図案はお姉様にお出しさせたので、これも当然のように喧伝しているよ。

 私も多少の誘導はしたけどね、「なるべく皆が考えるようなものと真逆で」と私に注文されたお姉様は見事に雪と山茶花と傘と見返り美人というコンセプトを提示してきてくれた。


 流石は冬の館に雪景の庭なんてものがあるエミネンシアの娘だよ。ちゃんと侘び寂びってもんを知識として修めてるね。拍手、拍手だよ。


 我々の陣営以外のコンセプト写真は撮りませんよと公表しているので、最近は結構な数のご令嬢が旗色をミスティ陣営に定め始めている。

 無論、成人貴族はホイホイ動かないけどね。保険として空いている娘をミスティ陣営に入れておく価値はある、と大人が考えるレベルまでミスティ陣営が成長した証だよ。


「最近はお仕事と調整事が増えて大変ですわ」


 お姉様の側近であるクローディア・グルーミー侯爵令嬢がそう頬に手を当てて優雅に困ってみせるのも宜なるかな。

 私やシーラより家格が高いせいで、クローディアにはすっかりしわ寄せが行ってしまってるからね。


 ただグルーミー家の令嬢たちは母親の遺伝なのか、優秀だけど時々信じられないポカミスをやらかすので、丸投げなんて怖い真似は絶対にやれるはずもない。

 よってクローディアの補佐をしている同じ側近のネイセア・オーネイト子爵令嬢も最近は青息吐息だ。

 結構、陣営が賑やかなのは結構なことだよ。


 なお陣営入りしたがる令嬢には、どれだけ優秀かつ名家でも、他人を見下したり地位を鼻にかける態度の方にはお断り申し上げている。

 なにせミスティ陣営の方針は「皆にもっと笑顔が広がるように頑張る」だからね。私たち自身が曇ってちゃ話にならないよ。


「さて、そろそろ頃合いですかね」


 久しぶりにミスティ陣営古株を集めてのエミネンシア侯爵家冬の館にて、身内のみのお茶会の最中にそう切り出す。


「頃合いって?」

「決まってるじゃないですか、お姉様がどれだけウィンティ様と距離を詰められたかの中間試験ですよ」


 そう告げると和やかに纏まっていた場の雰囲気がキレイに二分割される。


「わぁ、久しぶりに鬼のアーチェ様復活ですね!」

「アーチェ様がいつもの雰囲気に戻って嬉しく思いますわ」

「お姉様、頑張って下さい! 書物の影から応援していますので!」


 アフィリーシアがすっかり他人事のように話をしている横でお姉様は引きつり笑いだね。まぁ気持ちは分かる。

 この部下どもの拍手喝采の裏切りには万死を以て報いたくなるときもあるよね。


「ここにオペラのペアチケットがありますので、これでお姉様にはルイセント殿下と共にオペラを観賞してきて貰います。これはルイセント殿下も了承済みです」


 メイ、スレイを介してお姉様に鑑賞券を渡すとお姉様が少しだけ嬉しそうに頬を緩めた後、怪訝そうに私を見つめてくる。


「ただの殿下とのデート、ではないのよね」

「勿論です。こちらの観劇ですが、同じ上演時間の隣のボックス席にヴィンセント殿下とウィンティ様をお招きします。これはヴィンセント殿下にも既に了承を頂いております。要するにダブルデートですね」


 そう告げると、皆が一斉に目を丸くしてしまう。


「い、いつの間にあんた、そんな準備してたのよ」

「決まってるじゃないシーラ、王城での夜会時よ。あそこにはヴィンセント殿下もウィンティ様も来るからね」

「あ……そういうこと」


 そうだよ、そういうことさシーラ。そも、貴族が悪巧みの打ち合わせをするのが夜会なのだからね。

 私はあくまで陛下と王妃様の撮影の為に招かれたのだし、ヴィンセントは撮影義務の中に入ってないしあいつは敵対陣営だ。


「ウィンティ様は我々を敵視していますが、ヴィンセント殿下とルイセント殿下の仲は良好ですから。ヴィンセント殿下にお願いしたら快諾してただけましたよ」


 だからヴィンセントら第一王子陣営を撮影するにあたり、私が対価を頂くのは当然だよね。


「さ、流石アーチェさま、ぬかりがない……」

「限られた機会を有効活用するその手管、私たちも見習わないとですね」

「そういうのはアリーに任せるよー。私真似できる気がしないもの」


 三人を羨まし気に見ているお姉様は、やがてそれが徒労に過ぎないと分かったのだろう。美味しいお茶を不味そうに啜って私の方に身体ごと向き直った。


「それで、私は何をすれば良いのかしら」

「存分にデートを楽しんできて下さい」


 そう私が告げると、沈黙が場を支配して――


「「「「え、それだけ?」」」」」


 皆が声を合わせるが、それだけなんだなぁ。今回は本当に。




――――――――――――――――




 エミネンシア侯爵家冬の館を辞しての帰り道。シーラがまだ何か言いたそうだったのでプレシアたちと別れ、シーラのみをウチの談話室へと誘う。

 せっかくなのでお父様愛飲の珈琲を淹れてもらって一口啜ると、我が家の使用人は優秀だね。ふくよかな苦みが口いっぱいに広がっていって、ただシーラにはミルクがあったほうが良さそうね。十四才でブラック珈琲好きはそうそういないだろうし。


「今回は相手が相手だから側仕えにはロディやネイではなく、貴方がついて行ってあげてもらえる? ただ助言は控えめにね」


 そう私が指摘するまでもなく、やはりシーラは私の意図に気がついているね。どこか複雑そうな顔で私を見つめてくる。


「全て、お姉様にやらせるのね」

「そう。これでお姉様の器が測れる。それを見て貴方も自分の未来を測ってくるといいわ」

「……どういう意味?」

「もうお姉様は私たちがいなくてもやっていける。だから貴方も私も身の振り方を一度立ち止まって考える、よい機会だってことよ」


 そう告げると、


「私にお姉様の側を離れろ、って言うの?」


 シーラが不満そうに私を睨みつけてくるが、今更シーラのジト目に怖じ気づく私ではないのでね。


「私たちは王国貴族よシーラ。お姉様が真にウィンティ様よりも国に貢献する器か、貴方が支えるに足る器量を持っているか。王妃に相応しいか。それを検める努力を怠ってよい理由はないわ」

「否定を……したら王国貴族失格ね」


 そうだよ。お姉様の幸せはアルヴィオス三千万の民の安寧と引き換えに叶えるものではないからね。

 もっともこの話は王子を支えるか否かの時点で一度整合を取っているから、再度蒸し返さなきゃいけない話でもない。それはシーラも分かってるだろう。


「私が今ここで本当に言いたいのは、そろそろ貴方も王国貴族としての生き方と未来を一度考えてみたら、って話なのよ」

「……私がお姉様の側にいるのはお姉様にとって害悪になると?」


 おっとシーラめ、私の言葉に対して最近は常に裏の裏を探ろうとしてくるわね。

 私だって常に淑女嫌いのアンティマスクやってるわけじゃないんだぞ。


「それは穿ち過ぎ。お姉様の側を離れろと言いたい訳ではなくて、たまにはこうやって適時自分の向かう先を再確認する機会を設けましょ、って話よ」

「……」


 言いたいことはあるけどそれより私の話を聞くのが先、といったような表情なので、そのまま先を続ける。


「貴方がお姉様に注いだ労力と忠誠は本当に報われているか。そこを疎かにしては上司と部下ではなく主と奴隷の関係になっちゃうからね。それをお姉様が他の部下たちに求めるようになってしまったら嫌でしょ?」

「まあ、確かにね」


 そういう理を説くと感情的にならず理解してくれるのは本当にありがたいね。


「あと、正直私はもうバナール様の妻として割と人生の勝ち組に入れることが定まってるし。そういう私個人としての後ろめたさも多少はあるって話よ。貴方が幸せになれないとスッキリしないなって」

「デスモダス問題が片付いていないのに?」

「……嫌なこと思い出させないで。忘れようとしてるのに」

「貴方のほうが真面目に将来を考えたほうがいいと思うけどね」


 フフンと笑ったシーラは、だけどそれで言いたいことは全て言い終えたようだ。


「まあ、意図は理解したわ」

「どもども。あ、シーラも後日のペアチケ受け取れる? できれば今回も感想記事お願いしたいんだけど」

「ん、あの子次第ね。聞いてみるわ」


 さてシーラに感想記事を依頼すれば、あとはお姉様のダブルデート次第だね。はてさて、お姉様のお手並み拝見といこうじゃないの。






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