■ 164 ■ 越冬の王城夜会(学園二年生) Ⅲ






 さて、サクサクと国王のダンスの撮影は終えて――まあノルマを達成したからあとは放置というわけにもいかないのだけど、


「陛下、このまま私たちが拘束し続けてはアンティマスク伯爵令嬢がパーティを楽しめませんわ」

「む、それもそうだな」


 王妃インフィアリア様がそう国王に指摘してくれて、


「其方もパーティーを楽しんで参れ、アンティマスク伯爵令嬢」

「陛下より賜りし格別のご配慮、幸甚の至りに存じます」


 恭しく頭を垂れ、メイにカメラ一式を預けて引き下がる。

 一回勧められただけの場合は辞退する、というマナーもあるけど、至尊の方の命令には何があっても一回で従うのが礼儀なのでね。

 申し訳なさげな態度を取りつつ、言われた通りに下がって下々の方へと移動すると、


「こっちだ、アーチェ」


 バナールが声をかけてくれて、向かった先ではフィータさんがホッと柔らかな笑みを此方に向けてくれている。


「お久しぶりですフィータ様、お元気そうで何より、という定例の挨拶はあまり相応しくないのが残念でなりません」

「お久しぶりですアーチェ様。いえ、私が至らないだけで――貴族というのも大変なものなのですね」


 そう笑うフィータさんの顔には「どうすればいいのか分からない」みたいな色が見え隠れしていて、それだけ私たちを信頼してくれているのだろうが――

 でもこのクソ格差社会において、一度貴族につかまったら逃げる事はできないわけでなぁ。パワハラ職場を辞める=死みたいなのが貴族社会だからなぁ。


「私でよければいつでもお力になりますので、遠慮せず茶会などにお呼び頂ければ」

「ありがとう存じます」


 とまあ話はしてるけど、たぶんフィータさん私的なお茶会とかは開かせて貰えないんだろうな、ってのは背後の侍従の気配からビンビン伝わってくるね。


「私の方からも――いえ、アンティマスク伯爵家から茶会に誘わせて頂きますわ。宜しくして下さいね?」

「は、はい。勿論でございます……その、お待ちしております」


 フィータさんと言うよりその背後に伯爵家の名を出して念を押せば、流石にこれを子爵家が嫌とは言えまいよ。

 権力ってのはクソだけど、役に立つときもあるからなぁ、と。


「バナール閣下にアーチェ、と、失礼。歓談中であったか」


 お祖父様が私を見つけて声をかけてきてくれて、しかしちょっと気まずそうだけどいいタイミングよお祖父様!


「サイド子爵令嬢、ご紹介させて下さいな。私の最愛の祖父であるエストラティ伯爵ラウム閣下ですわ」


 私がそう告げると、お祖父様が腰を折ってフィータさんの手を取って一礼。


「国王陛下よりエストラティの地を任されし王国の僕、エストラティ伯ラウムである。よろしく、サイド子爵令嬢」

「ご、ご丁寧にありがとうございます。サイド子爵家が三女、フィータと申します」


 お祖父様のエストラティ家も伯爵家とサイド子爵家より立場が上だからね。ここで圧力をかけるのに加わって貰おう。

 と、思ったのだが、


「やあ、探したよフィータ。ここにいたんだね」


 この場に颯爽と現れたのは、チッ、そりゃ取り込まれちゃかなわんと考えるよな。


「お初にお目にかかる。国王陛下よりテイラーの地を任されし王国の忠実なる僕、テイラー侯シャロウだ。宜しく頼む」

「アンティマスク伯が長女、アーチェと申します。此方こそ宜しくお願いします」


 私の手を取って額を付けてくる男は、黄緑色の髪を短く切りそろえた、やり手の弁護士のような顔立ちの男である。

 学者肌、と聞いていたけどその手にありがちなコミュニケーション下手という風もなく、穏やかにして飄々とした態度は自然な好ましさを抱かせる。


「写真だったな。此度のアンティマスク伯爵令嬢とリージェンス男爵閣下の躍進には胸が躍らされたよ。技術の発展というのはいつ見てもよいものだ」


 自然と挨拶のために取った手を握手へと変えてくる男は、この場に切り込んできておきながら、バナールにもお祖父様にも一瞥すらしない。ただキラキラした瞳を私だけに向けてくるせいで分かっちゃったわ。

 これフィータさんを取り戻しに来たんじゃない、私と話をしに来たんだ。


「あれはどうやって実現しているのかな? 私の方でも試してみたのだがどうにも上手くいかなくてね」

「恐れながら侯爵閣下。そのように閣下に言われては負担に感じてしまいます」

「ん? ああ、これは失礼。爵位を盾に情報公開を迫りたいわけではないのだ。そう感じたなら謝罪させて欲しい」


 そう頭を下げるのは侯爵閣下にしては随分と軽い様子で、なるほど。こいつ、普通に爵位が上なだけのルジェたちの同類みたいだね。


「よかった。アンティマスク伯爵令嬢は写真を手土産にやれ芸だの劇だのといった無駄なものに転んでしまったのかと思ったが、どうやらそうではないようだね。目に知性の輝きがある」


 そして芸術をはっきり無駄と言い捨てるの、コイツ何だかんだで貴族としてかなりの変人だよ。

 だって今の言葉無茶苦茶実感がこもってて本心で言ってるのが明らかなんだもん。誰だこいつに侯爵なんて地位を与えたのは! いや、世襲だから仕方ないんだけどさ!


「私としては――そのように全てを切り捨てては生きられませんわ。そういった輩に一度酷い扱いを受けましたし」


 そっとまだ完全には自由に動かない左腕を押さえてみせると、どうやらギーグっぽいシャロウ閣下も貴族として必要最低限の情報収集はやっているみたいだね。


「おっと、リブニットのような我欲に溺れる狂乱の輩と同一に見られては困るよ。テイラー侯爵家は決して私欲では動かず、ただ公僕として国と技術に尽くす一族だとご承知置き願いたい」


 私利私欲で人を傷つけるようなことはやらないよ、とテイラー侯シャロウは真面目な顔で頷いてみせる。


「でしたら閣下。私のお友達たるフィータ様にも僅かながら心を砕いて下さいませ。貴族社会へ適応するために相当無理を重ねているようですので」

「え、そうなのかい? フィータ」

「あ、えっと……その」

「ハサル――は、いたいた。ハサル、ちょっと来てくれ、ハサル!」


 フィータさんの返事を聞く前にシャロウ侯が呼び寄せたのは、ああ、こいつがサイド子爵か。

 どこか狐を思わせるような顔つきの、しかし鋭さよりも今はくたびれた気配を纏っている銅色の髪の男である。






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