■ 164 ■ 越冬の王城夜会(学園二年生) Ⅱ






 さて、そんなわけで、


「お手を、アーチェ」

「ありがとうございます、バナール様」


 バナールの手を借りて馬車のステップを降り、そのまま肘を取って去年と同様、バナールのエスコートを受けて王城のダンスホールへ。

 なお、今回の入場だけど、ダンス以外の写真も撮るということでなんと最初の入場だよ。オウラン公ファスティアスすら超えてだよ。この時点でもう凄ぇストレスだ。

 私もストレスだけど、ファスティアスはアンティマスクの小娘なんぞに先を奪われてる時点でもう頭が沸騰しているだろうね。あー、嫌だ嫌だ。


 そうしてダンスホールで私を待ち構えていたらしい一組の夫婦を前にして、バナールと並び臣下の礼を取って跪く。

 やっべー、先に会場入りしていて私たちを待たせないとか、とんでもない優遇だよこれ。ちょっと異次元なレベルの。


「よく来てくれた。エミネンシア候、並びにアンティマスク伯爵令嬢、面を上げよ」

「は」


 そうやって顔を上げれば、目の前にいるのがヴィンセントとルイセントの実父であるイヴォン=ルイ・イスティート・アルヴィオスだ。

 黄金の頭髪は未だ老いの白きに蝕まれることなくその輝きを保っていて、年齢的にはお父様と大差が無いね。若いけれど――こう言っちゃなんだがファスティアスどころかバナールと比較してすら覇気に欠けるというか、穏やかな顔立ちの人だ。


 その隣にいるのがインフィアリア・コアトリー・アルヴィオス。穏健派であるコアトリー侯爵家から嫁いできた王妃様だね。当然、ヴィンセントとルイセントの実母だ。この人があっさり男子を二人も産んだから、珍しく現国王には側室がいないんだよね。逆に側室貰う方が争いの種になる、ってんで。


「技術研究、見せ方、話題造り、全てにおいてアンティマスク伯爵令嬢の活躍は王国貴族の鑑であろう。研鑽を続ける様に」

「お言葉、誠に感佩の至りにございます」


 深く頭を垂れると、


「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。妻を美しく撮ってやってくれ」


 国王陛下がそう、穏やかな口調で含ませる様に語ってくる。次いで私のカメラと三脚運ばれてくれば、まずは静止写真ということで、画質重視のガラス乾板による撮影だ。

 もっともこれには高感度感光剤を使用しているので、撮影は一瞬で終わるけどね。遮光したネガを王家の侍従に渡せば、一先ずはお役目は終わりである。

 あとはちょこちょこと上位貴族も含めた撮影を行なうということで、ヴィンセントとウィンティの会場入りの後、


「オウラン公爵閣下がご入室なさいます」


 ファスティアス・オウランが侍従を連れてダンスホールへと入ってくる。

 国王陛下夫婦に一礼し、しかし私を一瞥すらしないのはこれ、やっぱり腹立ててるよねコイツ。我慢力男子小学生かよ。まあいいや、私は私の仕事をするだけだし。


 国王陛下の侍従であるルード・サブライム侯爵令息から、これこれこういうシーンの撮影を、と口頭で伝えられ、二三の修正を含めてこれを了解。

 今日はあまりお貴族様的に振る舞える機会は少なそうだね。カメラマンとして忙しい夜会になりそうだ。


 続いてレティセント侯爵夫婦、クルーシャル侯爵夫婦、ウンブラ侯爵夫婦など名だたる侯爵家が次々と入室してくる中、


「テイラー侯爵閣下とそのご婚約者がご入室なさいます」


 二ヶ月ぶりぐらいに会ったフィータ・サイド子爵令嬢は外見の整いっぷりに反して随分とやつれているように見える。

 多分、ひさしぶりにテイラー侯爵と共に時間を過ごすってことでサイド子爵家に徹底して庶民仕草を矯正されたんだろうなぁ。

 庶民が侯爵家入りなんて途轍もない重責だもん。お話の中でならホイホイやれる貴族生活だけど、実際には家格に応じた振る舞いができないと周囲からの侮蔑や軽蔑、無視や嘲笑が雨霰と降り注いでくるし。

 下手すると庶民の出だということでサイド子爵家内ですら軽んじられている可能性も否定できないもんなぁ。


 国王陛下にご挨拶した後、周囲を見回していたフィータさんが私を目にして安堵したように胸をなで下ろしているの、正直居たたまれないよね。

 アイズですら伯爵家仕草を身につけるのに六年キッチリ教育されてやっとだってのにさ。

 彼女のために時間を割いてあげたい部分もあるが――間が悪いよなぁ。こう言うときに限って国王陛下の撮影役を任されてるんだもん。

 ここで国王を蔑ろにしたら私の人生それ自体が詰んじゃうし。あぁ、本当に間が悪いよ。


 続いて入ってくるのは伯爵家当主夫婦だけど――あ、お祖父様、随分と一年で老いが進んだなぁ。

 体調がどうこう、と言うよりも着実に寿命で元気が失われているのがわかるのは、これはこれで辛いよね。

 前世でも祖父母の葬式とかには参加したけど、今の方が精神年齢重ねてる分だけ衝撃も大きいや。前世の祖父母、まだ私が幼いうちに死んじゃったしね。

 なおお父様については語ることは何もない。あいつはいつもどおりだよ。面白くもつまらなくもないね。


 そうして全ての世襲貴族家当主夫婦が会場入りすれば、


「それでは厳しい冬を乗り越えるため、国の繁栄のため。アルヴィオス王国貴族の結束と友好をここに。乾杯」

『乾杯!』


 乾杯の後にファーストダンスだ。流石にこれは私もカメラマンから解放されて、バナールとダンスを踊ることが許されている。


「重責を任されてなお――緊張してはいないようだね」


 ダンスの最中にそうバナールが囁いてくるが、まぁねぇ。

 こちとら前世のせいで「王様? 何それ偉いの?」って感覚が抜けきっていないし。緊張はしてないけど敬意が薄いのがバレたら面倒なことになるし、そっちの方が恐ろしいね。


「私の方は然程。ですがバナール様に一つお願いがございまして」

「なんだい?」

「去年知り合いになったフィータ・サイド子爵令嬢が随分とお疲れのご様子なので、気を使ってあげられないかな、と」


 そう伝えるとバナールが視線をステップに合わせながら器用に動かし、どうやらテイラー侯爵家ペアを見つけたようだ。

 どこか納得したように頷いてみせる。


「あい分かった。私のほうでそれとなく誘っておこう」

「ありがとうございます」


 そうして最初の一曲目が終わり、さて私はメイとメイの備えるカメラ一式を引き連れてイヴァン=ルイ国王陛下のセカンドダンスへと向かう。

 さーて、さっさと侍従さんから伺った撮影ノルマを達成して私もパーティーに戻らないとね。無論、優先順位がおかしいことは国王にバレないように、だ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る