■ 164 ■ 越冬の王城夜会(学園二年生) Ⅰ
さて、私たちが流布している噂はある種の信憑性を持って学園生たちに信じられている様である。
ただまあウィンティがその立場に甘んじるはずがないからね。すぐにその豊かな教養と感性で以て、創作活動に一定の理解を示す立場を示してくるだろう。
それはまぁ一向に私たちとしては構わないのでね。ようはウィンティに読書、という余分な仕事を一個増やしてやることが最大の目的だし。
人の時間は有限なのだ。これ以上お姉様とウィンティの実力差が開かない様に、ウィンティの時間を娯楽に消費させられれば目的達成ってわけさ。
あとは継続的にウィンティの時間を奪っていくために、リトリーを中心として創作物語の感想を語り合う新規部活動『白百合会』を発足。
リトリーに執筆活動と並行してこれを運営させることとする。
「アーチェさぁ、私は一応ウィンティ様陣営の人員だって事忘れてない?」
「覚えてるけど、読者人口を増やさないと貴方の将来的な野望は叶わないわよ」
「……それを言われると辛いんだけどさぁ。ウィンティ様以上に私を働かせてる現状にアーチェはおかしさを感じないかな?」
「全く感じないわ。作家になりたいならしっかり今のうちから読者を増やす種を撒いておきなさい」
「……あんた、本当に恐ろしい女だよ」
リトリーが怯えた様な顔をしているが、ぶっちゃけこの白百合会それ自体はミスティ陣営には益がない活動でしかない。
どちらかと言うと上手く使えばウィンティの方に益のある活動なので、黙ってこれを推進させる。あ、私が自陣営に不利になることやってるからリトリーは気味悪がったってことか、まぁいいや。
幸い白百合会は陣営と関係ないことを謳って発足したので、歌劇や演劇好きだけど旗色を明らかにしたくない学生などが入部してきて、そこそこ楽しげに回っている様だ。
新聞部としても取材を行なって、「感想を語り合いたいけどそういう場がない」女子たちがもっと楽しい学生生活を送れる様にリトリーには尽力して貰う。白百合会メンバーが述べた感想も、いずれは書籍としてリトリーに発行させる予定だ。
なおシーラ並に頭が回るリトリーだけど、こうやって長い時間を共にしているとそれなりにリトリーの弱点という物も見えてくる。
リトリーにはそれが自分の益になると分かっていても、行動に移そうとする意欲が極めて弱いのだ。筋金入りの観察者、とでも言うべきか。
観察し検討し推察し結論は下す、だがそこでお終い。そこからのアクションが乏しく、世の中や人の行動を変えようという意欲がない。
本質的にはリトリーは隠者気質なのだろうね。だからこっちから仕事をガンガン振らないと、コイツの本領は全く発揮できないのだ。
白百合会にはお姉様や、ゴーストライターにカンペを作って貰ってるシーラなどもたまに参席させ、ある程度の回数を重ねた後にウィンティにも招待状を送って活動に参加させる。
そこそこの猶予を与えたことで、ウィンティもその場で自分の好きな作品と、何故それが好きなのかの持論を提示、学生たちに格の違いを見せつけることができた様だ。
その結果として私たちが流した「ウィンティは創作活動に理解を示さない」という噂は段々と下火になっていったけど、まぁ忙しいウィンティに永続的に読書の時間を強いるのが元々の目的なのでね。問題はない。
私の方は私の方で、白百合会で上がった話題を纏めてはオペラの監督や脚本執筆者たちに次々と送りつけている。
こういう生の声、情報を彼らは欲しているからね。写真の件も含めてそろそろ芸術家とのパイプはしっかり繋げることができただろう。
そうやって学生社交界と成人社交界双方に根を張りつつ、そろそろ新年における門閥貴族が一堂に会する、厳寒期前の王家主催による夜会が迫ってきた頃――
「お前宛に先触れの先触れが届いているぞ」
お父様の執務室に呼び出され、封筒を渡される。先触れの先触れって――要するに先触れを歓待しないことそれ自体が不敬、ってレベルの話だよな。
ということはつまり――
「うわぁ、王国公式の封蝋だ……」
「そこで嫌な顔をするな。気持ちは分かるが」
いや分かっちゃ駄目だろお父様、と内心で同意しつつ封蝋を千切って便箋を取り出し中を改めれば、
「新年の夜会で国王陛下と王妃様のダンスを写真に収める栄誉を与える、だそうです」
「予想はしていたがやはりそれか。大過なくこなせ」
珈琲を飲みながら他人事みたいに仰るお父様が憎いね。はぁ、面倒なことになったなぁ。
名誉って言っているけどこれ、素晴らしい写真が撮れなかったら不敬を論われるのが目に見えているからね。
しかも絵画と違って写真は盛ることができないし、どうやっても王様のダンスなんかダンスの名手より劣るに決まってるじゃん。はぁ。
「お断りはできませんよね」
「空に首だけで飛びたつ覚悟があるならやってみるのもよかろう」
だよなぁ。やっぱりそうなるよな。
数日後に国王陛下の文を携えた、王家より派遣された伝令が立派な馬車に乗ってやってきた。
ごてごてとご大層なのは、王家の馬車がやってくることそれ自体が名誉であるからなわけで、流石に今日はお父様も使用人たちも真剣そのものだね。
「国王陛下より、王国の僕たるアンティマスク伯爵家への文をお届けする」
「謹んで頂戴します」
なお、私宛の文であろうと実際に国王からの命令を受け取るのは当主であるお父様の役目だ。
受領のサインまで求められるほどの厳重っぷりなので、届いていませんみたいなすっとぼけは絶対にできないわけだね。はぁ、面倒な。
ついでにその場で文を確認し、正式な返答は後日書面ながらも口頭ながら返答までも求められる。
回答を保留する、なんてふざけた真似は伯爵たるお父様ですら許されない。それが国王からの文を受け取るということだ。
「この上なき名誉を賜れたこと、光栄に存じます。非才ながらも全力を尽くす所存にございます」
「アンティマスク伯爵閣下のご回答、確かに承った」
王家の馬車がアンティマスク家冬の館から見えなくなって、ようやく皆してホッと一息だ。
「撮影に必要な道具は王家の側近によって全て事前に検められるからな、早めに送る準備をしておけ」
「了解です」
これまで門外不出だったワームネガと高感度感光剤もここでお披露目かあ。王家の人間が検めたら当然、ヴィンセントの耳にまで入るよな。
カメラの構造とワームネガは完全に知られるわな。もっとも高感度感光剤はルジェの門外不出だから、そう簡単に真似はできないだろうけどね。
あとは当日、オウラン公辺りの策略でカメラが壊されている可能性も踏まえておかないとだし――いや、王城内での破壊は王家の責任になるか。とするの目を離した一瞬で舞踏会場内で壊される可能性のほうが高いかな。
やれやれ、面倒なことになったものだよ。
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