アーチェ・アンティマスクとアルヴィオス王家

 ■ 163 ■ スリップダメージ継続中(アーチェのみ)






 さて、私の心に深い闇を落としながらも写真展それ自体は好評、大反響の中で終了した。

 写真展に併設した写真販売の利益も好調で、永続的な収入にはならないけど金貨四千枚ほどが純利益として手元に残ったのはまぁまぁ悪くないと思うよ。


 ……その売り上げの大半を私の写真が稼いだ、って事実から目を背ければね。


 プレシアとかから話を聞いたところによると、私の写真は王都の高級とされるレストランや喫茶店にも流れていて、壁の賑やかしとして張られていたりもするらしい。

 その写真を見て恋人たちがあーだこーだ語り合うのが、庶民の間でもむちゃくちゃ流行ってるんだってさ。はっはっは……なける。


 こうなるのが目に見えていたから私は徹底的に渋っていたのだよ。

 私にはお姫様嗜好も主人公を圧倒する趣味もないのだ。流行るならお姉様かプレシアが流行ればよかったのに。


 なので私の写真を唯一無二から引きずり降ろす意味も兼ねて、今の新聞部では貴族令嬢と花を題材としたコンセプト写真を検討中だ。

 完全に真冬の今に花の海原は無理だけど、冬にしか咲かない花もあるからね。


 既に雪と山茶花を背景にしたシーラの写真は撮り終えている。被写体になるのをシーラは嫌がったけど馬鹿め、陣営を上げて写真をウリにしていこうって言うのにお前が断れるか、と皆で圧したら渋々ながらシーラも了承した。

 当たり前だテメー、私だけ苦しむなんざやってられないからね。同じ腹心であるお前にも地獄に付き合って貰うかんね。


 実際、サザンカの垣根が続く雪道に、赤いドレス(私が送った着物だ)を着て和傘を差して(この為に新しく作らせた)佇むシーラの横顔は花や生け垣ととてもマッチしていた。これにノスタルジアを感じるのは前世の童謡を知る私だけではない筈だ。

 シーラにはこういう朴訥な感じが似合うよね。寂静たる動き、静謐なる美というのがよく似合う女だよ。写真が白黒なのがホント勿体ないね。


 黒髪艶やかなお姉様はもう少し季節が進んでから、白梅と共に撮影することが決まっている。

 撮影の候補地も既に選定済みなので、梅の開花が待ち遠しいね。


 なお、これらの撮影を陣営内で嫌がったのはシーラとプレシアだけで、それ以外のお姉様、クローディア、ネイセア、コラーナなどはどの花を背景に写真を撮りたいか、で他の部員たちと共にキャイキャイと盛り上がっていた。

 フィリーとアリーはあまり興味なさそうだったけどね。あの子たち私のせいで少しだけ思考が実務寄りになってしまってるの、ちょっと申し訳ないかなとも思わないでもない。


 なんにせよ、次の写真展は花と少女で開くということは、シーラの写真をコンセプトアートとして貼り付けた新聞で改めて公表。

 これもまた凄まじい反響だったね。ブロマイドの件もあって学園での写真売買は禁止されてるけど、親を通じて購入する分には何も問題はない。私の写真には及ばねど、シーラもかなりの売り上げを叩き出している。


「私なんかを記事で玩具にして楽しい?」

「無茶苦茶楽しいわ!」

「ええ。皆にももっとシーラの魅力を理解して貰えるいい機会ですもの」


 私とお姉様の笑顔にシーラがめっちゃ渋い顔してたけど以下略だ。

 この記事がさらなるミスティ陣営への誘引となっており、今のところ結構な令嬢がお姉様の元に集い始めているしね、こうかはばつぐんだよ。


 未だ王位争いで不利であるお姉様に人が集ってるの、そこそこの文化発信ができているお姉様なら、仮に王妃争いで負けても王国の社交界に一定の存在感を維持できそうだ、と皆が見做し始めた証だ。

 王妃ではなくてもこの陣営に属すれば自分の「好き」を発信できる、という共通理解が令嬢達の中に醸造されてきたのだ。よいことだよ。


 あと、お姉様と同じ――いやどちらかと言うと私やシーラと同じかな。闘神系の外れ加護を授かった令嬢などもこれを機にミスティ陣営へと参集し始めた。

 闇属性という最底辺のハズレながらも魔封環を首に嵌め、王子に愛され積極的に文化を発信しているお姉様は、ハズレ女子たちにとっての希望になっている様だ。


 はー、ようやく七年越しのお姉様の努力が報われてきた感じで、これに関してはシーラと二人で純粋に喜びの祝杯をあげたよ。まあ祝杯っつってもお茶なんだけど。


 人員が増えてきたこともあり、ここからはちゃんとお金の使い方も考えていかないとだよ。金貨四千枚(シーラの写真のおかげで千枚増えた)は個人としてみれば超大金だけど、王子の婚約者陣営資金として見ればかなり控えめな額だ。

 ここら辺の使い道はキチンと精査して適切に投じないとだね。


 ちなみに写真展それ自体はオウラン家では開かれなかった。まぁ、流石にそれやっちゃうとウィンティがミスティに負けたと見做されかねないからね。

 ただまあリトリーに聞いた話だとウィンティ自身は敵情視察をかねて招いては? とオウラン公に打診したけどオウラン公ファスティアスに却下されたって話らしいけど。


 ま、それはそれとして、


「そういや貴方が写真展のストーリー書いたこと、ウィンティ様はどう反応していたの?」


 新聞部の部室にて、茶をしばきながらそうリトリーに尋ねてみるけど、


「別に? 何も言ってなかったけど。ウィンティ様」


 平然とお茶を啜っているリトリーは馬鹿かこいつ。何やってんだよ座して手をこまねいているんじゃあない。


「……貴方ね、ウィンティ陣営が勝利した暁にはウィンティ様にパトロンになって貰って作家になるんでしょ? なのにウィンティ様に興味を持って貰えなくてどうするのよ」


 ぶっちゃけそれは私としても許しがたいのだ。お姉様が仮に負けたとき、小説文化にウィンティが興味ないから縮小しました、なんて未来はノーサンキューだ。

 あの完璧令嬢ウィンティにとって作り話なんて物は一切価値がない以上、そうなる未来は少なからぬ確度を持って私たちの未来に立ちはだかっている。


 お前はそれでいいのか? とリトリーに問うと、リトリーが困った様に頭髪をかき回す。


「そうは言うけどさアーチェ。あの方結構忙しいから小説とか読んでる時間あまり取れないんだよ」


 打つ手がない、といったようにリトリーが零すのは、なるほどなぁ。忙しくて作り話なんかには手を出せない、か。

 ……ふむ、そうするとここは一つ諸葛亮に対する司馬懿を見習ってみようかね。


「リトリー、ちょっと一枚噛まない?」


 そうリトリーの耳元で軽く悪魔の囁きを行なうと、リトリーがニンマリと笑う。


「流石は上司なんて風避け程度にしか考えてないアーチェだ。そんな悪知恵、私には及びも付かないよ」

「嫌味は結構。乗るの? 反るの?」

「乗るも反るも、アーチェがそれ始めたら私は否応なしに巻き込まれる話じゃん。だったら一枚噛んで少しは流れを制御できる様にしとかないとだよね」


 ニィっと笑うリトリーは、まぁこれで敵にはなるまいよ。

 基本的に私もリトリーも主の利益じゃなくて自分の利益がないと動かない、部下としては最低の連中だからね。


 とりあえずリトリーの買収を終えたので、改めて部室においてミスティ陣営の中核メンバーを参集。


「ウィンティ陣営への攻め方が決まりましたので、ここから皆さんにはどんどん噂を流布して貰います。新たに我らが陣営に集った皆の努力に期待しますね」






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