■ EX50 ■ 閑話:写真展を見に行こう Ⅱ
そんなこんなもあってそれなりにワイワイ賑わいながら最後の写真の前へと移動して――
騎士爵たちは五者五様に最後の一枚に釘付けになった。
「か……可愛い……!」
「可憐だ、一体どこの令嬢なんだ? よ、嫁に欲しい……」
「凄ぇ美少女じゃんか、やべ、鳥肌立ってきた」
「服装は庶民のだし、ならこの子俺らでも落とせるんじゃね?」
「いや、写真展のこの盛況ぶりからしてもう手遅れじゃないか。どこの誰かは知らねぇけどもう誰かが調べて
キールやレンまで凝視しているその写真に写っているのは――あれ? とアルバートは首を傾げる。
「何処の誰も、アンティマスク伯爵令嬢だぞ、その方」
「「「「「え?」」」」」
アルバートを除く五人が一斉にアルバートを注視し、再び写真へと視線を戻す。
「「「「「え!?」」」」」
もう一度見直しても、やはり記憶の中のアンティマスク伯爵令嬢と写真のそれが全く一致しない。
「いやいや嘘吐くなよアル。アンティマスク伯爵令嬢? この子が?」
「だってアンティマスク伯爵令嬢って十年以上前に流行ったような古くさい時代遅れのドレス着て、いつも作り笑顔を張り付けてる令嬢だろ?」
「誰にも儀礼以上の顔を見せない、作り笑顔だけで生きてきている令嬢だろうがよ」
そう同僚たちが騒ぎ立てるが、キールとレンは改めて写真に向かい合い、
「……本当だ。アンティマスク伯爵令嬢、だな、本当に」
「……そうだよな。プレシアちゃんが惚れ込む御方なんだから、魅力が無いはずないんだよな。でもこの笑顔は――くぅっ、凄ぇ破壊力だ!」
それが幾度となく言葉を交わしたアンティマスク伯爵令嬢だと認めざるを得なかった。
同僚たちの言う通り、アンティマスク伯爵令嬢アーチェは常に型落ちドレスを身に纏い、作り笑いと傍目にも分かる顔で全てに対処する女だ。
他人に見せるのは社交辞令としての笑顔だけで良い、とばかりの態度を貫くそれは、アーチェと親しくない男連中からは「古陶磁器の
「お買い上げ、ありがとうございました」
写真店の出口に差し掛かった騎士爵六人は、気が付けば最後の出店でアルバート以外の五人とも、アーチェの写真を購入してしまっていた。
凄まじい誘引力としか言い様がない。五人ともの誰もが自分がこれを会計窓口に持っていったという記憶がないのだ。気付いたら財布から金が消えて、写真を手にしていた。それだけが全てである。
「アル、お前は買わないんだな」
そうキールに揶揄されて、アルバートは真面目な顔で頷いた。
「ああ。だってアンティマスク伯爵令嬢のその笑顔は
アルバートからすればわざわざ写真で買うほどでもないのだ。写真の中のアーチェの笑顔は、アルバートにとってはいつもの顔だ。
アルバートに過去向けられた笑顔は全て写真の中のそれと全く同じだったので、今更写真として欲しいという欲も湧かなかったのだ。
だが、アルバート以外の五人からすればその認識は奇矯に過ぎるという話で、
「アル……お前ワンチャンあるかもしれねぇぞ」
「ワンチャン、って何がだ?」
「アンティマスク伯爵令嬢だよ! この笑顔を見慣れてるって時点でお前、どう考えたってアンティマスク伯爵令嬢に特別扱いされてるぞ!?」
そう同僚たちに迫られても、アルバートとしてはなんの冗談だとしか言い様がない。
だってアンティマスク伯爵令嬢アーチェは既にエミネンシア侯バナールと婚約関係にあるのだ。そんな状況でアルバートにアーチェが特別な感情を抱いているなどと……
「ないよ。ないない。アンティマスク伯爵令嬢は生粋の貴族、伯爵令嬢だぞ?」
そう否定しつつも、アルバートの胸中を過ぎるのはフェリトリー領で交わされたアーチェとの会話である。
――ストラグル卿、貴方ならどう考えて? 貴方が幸せであるために、貴方はどれだけの他人を犠牲にする事を許容しうるのか。それを考えたことはあって?
あの時のアーチェは恐らく、アルバートが理解できる以上に真剣な話をしていた。
――私は考えてる。結果としてストラグル卿もブランド卿もクランツ卿も誰一人として私の為に死ぬには値しないと納得した。
だからあれは冗談でも何でもなく、本当にアーチェはアルバートらが自分を守って死ぬ必要はないと考えているのだろう。それはあまりに伯爵令嬢としての在り方と乖離している。
――既に仕込みは終えた。アイズ、ケイル、フレイン、ダート、プレシアといった、原神降臨の儀を受けずとも魔術を行使できる天才たちはルイセント第二王子の名の下に集ったし、時報枠は私に移行した。最低限の仕事は果たしたでしょう。あとは運を天に任せるのみよ。
そしてその時語られた言葉は今も、アルバートの胸の内に消しがたい不安としてわだかまっている。
「ああ、だから俺はその写真を買えなかったのか」
「何の話だ?」
「その写真、少女が世界に
この写真は少女の美しさと共に、自己主張をしない服装が消え行きそうな少女の儚さをも体現していて、それがアルバートの食指を留めているのだ。
「アンティマスク伯爵令嬢がか? あのアンティマスク伯爵の一人娘にして第二王子陣営の女性側をほぼ独力で支えている女傑が世界に溶けて消えるって?」
「案外ロマンティストなんだな、アルは」
同僚たちはそうからかうが、キールやレンもまたアルバートの内包している不安を僅かながら慮ることができてしまう。
アーチェ・アンティマスクは平然と騎士の腸を切り裂いて暴れる黄金の獣の前に立ちはだかれる。そういった危うさを備えている令嬢だということを、二人も知っていたからだ。
あるいは、だからこそフレインやアイズはああも力を求めていて、あるいはそれは、
――俺も、もしかしたら同じなのかもな。
自分もまた、同じ理由で強くなりたいと思っているのかもしれないと、アルバートは一人静かに拳を握る。
――ストラグル卿、貴方ならどう考えて?
少なくとも、騎士爵の一人すら自分の為に死ぬには値しないと評する少女に、そんなことはないと示さねばならない、と。
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