■ EX50 ■ 閑話:写真展を見に行こう Ⅰ






「しかしお前ら、最近は本当にツイてるよなぁ」


 日々の訓練終了後の兵舎で武器の手入れをしていたところを同僚に肩を叩かれ、アルバート・ストラグル騎士爵は曖昧に笑うことしかできない。


「伯爵令嬢から懇意にされて毎回指名護衛を受けられるとかずりぃぞ。たまにはこっちに譲れよ、なあ?」

「……やめといたほうがいいけどな」


 そうボソッと隣で愛用の槍を磨いていたレンが零すのは致し方ない話で、


「アンティマスク伯爵令嬢、配下に聖属性持ちのプレ――フェリトリー男爵令嬢を擁していらっしゃるから護衛にはガチの命懸けを求めてくるぞ」


 鏃を金ヤスリで整えていたキールがこの男には珍しく真面目な顔で、そうお気楽な同僚に釘を刺す。


「おいおいお調子キールよ、そうは言ってもあくまで伯爵令嬢の護衛だろ? そうそう死ぬような目に合うところに行くわけじゃねぇだろうに」


 同僚たちはそうだそうだと未練がましく言ってくるが、普通にアルバートたちはこの二年間で何度も死にかけている。


 夜のフェリトリー領にて黄金の獣にそれぞれ十回以上は腹を掻っ捌かれているし、冬の貴族街では手練れの毒持ち暗殺者と本気の殺し合いだ。

 貴族令嬢が毒を盛るような夜会の護衛を任されたと思ったら、モン・サン・ブランに連れて行かれてドラゴンと戦うので宜しくね、と現地で明かされる。


 更には蓋を開けてみたら白竜と魔族の連戦、挙句の果てに冥属性のポーションを浴びて再び臨死体験ときた。

 用心深いアーチェは必ず契約に際し守秘義務厳守を盛り込んでくるため、それを説明してやれないから同僚に対する説得力に欠けてしまうが。


 本音を言うならアルバートやレンのみならずキールだって、切り裂かれた腹から腸が零れ落ちないように気をつけて【治癒】を受ける経験なんぞはしたくなかった。平凡な一騎士で終わりたかったのだ。


「……改めて考えると、よく生きてるな俺たち」

「それな、一歩間違えば死んでてもおかしくないぞ」

「というかフェリトリー男爵令嬢の愛がなければ死んでるからなこれ」


 指折り数えたアルバートは自分たちの強運、あるいは悪運にすっかり感心してしまう。

 とてもじゃないが、アンティマスク伯爵家からの護衛を他人に回せる余裕がない。というか同僚にまわしてそいつが帰らぬ人になったら後味が悪すぎる。


「またまた大袈裟に語ってくれるぜ」

「うるさいな、当事者にしか分からないことがあるんだよ」


 なおそんな話をしていた所、偶然そのアンティマスク伯爵令嬢がレティセント侯爵令息と弟のアンティマスク伯爵令息を伴って騎士団の訓練場に現れ、いきなり両令息がガチの殺し合いを始めてしまう。

 ごく普通の平日に脈絡もなく魔術全開でマジモンの殺し合いを始める上位貴族家を前に、周囲の国家騎士たちは完全にドン引きである。


「……ああいうのと肩を並べて戦うのを強要されるんだが、本当に羨ましいか?」

「アンティマスク伯爵家からの護衛依頼は全部お前らに回すわ」


 ポンとアルバートの肩を叩いて、同僚たちはそそくさとアルバートたちの側から去っていく。

 当然だろう。フレインもアイズも学生なのに正規騎士団員を上回る体捌きと剣技で嵐のように刃をぶつけ合い、距離を取れば潤沢な魔力で相手を下さんと火槍と氷柱を撃ち合っている。

 やれデスモダスだ狂獣王だ白竜だなんて都合を知らない国家騎士からすれば「お前ら何と戦うつもりなの……こわちか……」となってしまう。この平和なご時世においては完全にオーバースペックなのだ。


 なお、その数日後にアーチェから騎士の戦う姿の写真が欲しいと言われ、ついアルバートもレンも本気で立ち会ってしまったのは、年下のフレインやアイズに負けてられないという思考もあるにはあったが、


「……俺たちも何だかんだで相当にキてるな」

「だな。つい熱がはいっちまう」


 幾度となく死線をくぐっているアルバートたちの安全ラインもまた大幅に引き下げられてしまっているらしい。ごく普通にアルバートの剣はレンの右肺を切り裂き、レンの手槍はアルバートの右腎臓を刺し貫いていた。

 どちらも実質的な殺し合いまで行かないと自身の技術の成長が実感できなくなっているようだ。無論、これはプレシアが中級ポーションを品質評価と称して騎士団に納入してくれているからこそ可能であるのだが。


 騎士として確かにアルバートたちは強くなっている。こっそり影では若手最強トリオなどと謳われるレベルで強くなっている。

 だがこれが良いことかどうかはどれだけ首をひねって考えても、アルバートたちには結論が導き出せなかった。





 ただまあ、アンティマスク伯爵令嬢と懇意(多分)にしている結果として、得していることが皆無というわけでもなく、


「此度、夏の護衛に参加した者は連れも含めて写真展が無料だそうだ。ありがたい話だよ」


 アルバートたちの先輩に当たり、その伝手で昨年のミスティの夜会に参席できたジン・エルバ騎士爵が嬉しそうに笑う。

 最近のジンはすっかり定時帰宅が身についてしまっていて、夜会で得た妻ネーナ・スキアス改めネーナ・エルバに相当ぞっこんであるようだ。


 週末に夫婦二人で写真展を見に行く、とウキウキで帰宅するジンの背中を、アルバートたちはやや寂しげに見守る。

 エルバ先輩、今夜もどうせベッドの上でお楽しみなんだろうな、と。


「一応俺たちも連れ添いまで含めて無料らしいが……」

「連れ添いかぁ……」

「俺らにはあまり益がないのがショック辛いぜ。せっかくの無料なのになぁ」


 レンとキールが顔を合わせて悲しそうに肩を落とす。この二人が懸想しているのはミスティ陣営のアレジアとプレシアであり、当然その二人は写真展の内容を最初から知っている。

 二人を誘おうにも、家格はあっちの方が上なので、よほどの誘引力がなければ男爵令嬢が騎士爵のお誘いに乗ることはない。

 今更なんでわざわざ騎士爵に誘われて下々と共に写真を見なきゃいけないの? という状態なので全く旨みがないのである。


「で、男連中で見に行くことになるわけだ」


 連れ添い不在に目を付けた同僚たちによって、悲しいことにアルバートたちは男六人で写真展を見に行くことになってしまうわけである。


「いやぁ! 持つべきはモテないくせに何かと便利な同僚だな!」

「「「地獄へ落ちろ」」」


 珍しくキール、レン、アルバート三人の心が一つになった瞬間である。

 ただ写真展そのものは連れ添いが誰であろうと関係なく興味を惹かれるもので、


「へえー、これが写真か」

「上位貴族の間で流行ってるって聞いたけど、なるほどな」

「一瞬の光景をそのまま形として残せるのか……」

「偵察とかに使えれば便利かもな」

「あ、確かに。報告が楽だし後で見直しもできるしな」

「見間違いや思い込みを潰せるのは強いよな」


 ただ、芸術どうこうではなく騎士としての目線で話になってしまうのはご愛敬だろう。

 とはいえ当事者の写真を目の当たりにすれば、


「お、アルとレンじゃん。本当に展示されてやんの」


 アルバートとレンの激突写真には、同僚たちのみならず被写体両者もしげしげと見入ってしまう。

 真剣に戦っているときの自分はこんな貌をしていたのか、と。


「なんというか、思ったより恥ずかしい顔だな」


 写真に写った己を見てアルバートもレンも少し凹んだが、


「馬っ鹿アル、真剣勝負中に優男の顔できる奴がいたらそいつは真剣に戦ってねぇってこったろ?」

「まあ……それもそうか」


 ガチの殺し合いをしている最中に涼しい顔などできる筈もない、という同僚たちの言葉に少しだけ安堵する。

 むさ苦しい男連中だが、悪い奴ではないからこそこうやって救われもするのだ。


「でもそれはそれとして格好良く写りたかったな」

「そりゃそうだ」


 数多の人の目に止まる写真なのでそれは当然、六人は肩を並べて苦笑い。






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