■ 162 ■ 写真展を開こう Ⅴ






 レティセント侯爵家冬の館を辞し、


「バナール様、少し写真展を確認しなければいけない用事を思い出したのですが――」

「ではエスコートしよう。淑女レディを帰り道で放り出すなど王国紳士に悖るからね」

「お手数をおかけして申し訳ありません」

「いやいや、単に私がアーチェと共にもう少し時を重ねたい、というだけなのでね。気にすることはないさ」


 バナールが付き合ってくれる、というので主催者権限で既に閉館時間を過ぎた貸し切り戸建てサロン内に入館。周囲をメイ、スタウトといったランプを持った侍従に囲まれ、バナールにエスコートされて灯りの落ちた夜の写真展を回る。


「ははっ、灯りの落ちた館で夜の美術鑑賞というのは――子供のような事を言うが、少しワクワクするね」

「いえ、私も同じ気持ちですわバナール様。非日常感は幾つになっても楽しいものですから」


 夜の貸し切り美術館を婚約者と二人きりで回るとか、今の私完全にお貴族様って感じだよね。前世ではこんなことできなかったもん。


「なるほど、これは面白い趣向だね」


 バナールがそう髭を撫でて感心するのはやはり、ストーリー仕立ての見せ方についてだ。

 これまで撮影した写真、要するに北方侯爵家の街並みにブロマイド、夜会のワンシーンにオペラの一幕。これらをどう組み合わせてストーリーを組み上げたのか。


「話の流れをアーチェは知っているのかい?」

「大まかには、ですが。秘匿されて育った貴族のご令嬢がその舞踏の才能を見出され社交界で注目を浴びるものの、その育ちを論われて社交界を追いやられ、隠遁先の夏の館で小さな幸せを見つける、みたいな話だったかと」


 育った街の風景。重ねられるダンスのレッスン、登場人物紹介仕立てのブロマイド、華やかなオペレッタに、悲劇のオペラ。

 家の都合で私心を殺し、令嬢を片や害さん片や救わんと激突する二人の上位貴族令息。

 引きこもった領地の田舎で出会った騎士爵とのふれ合い、なお迫る危機と彼女のために戦う騎士の献身。

 そうして夏の館の庭で令嬢はほんの僅かな幸せを掴む、というように写真とストーリーのリンクは流石、リトリーが手がけただけあって完璧に近い。

 近いのだが、


「なるほど、最後をこう収めたのか。とても魅力的に写っているね、アーチェ――アーチェ?」


 写真展の最後を飾る写真を目の当たりにして、私の拳は怒りで真っ白になるほど握りしめられブルブルと震えている。

 この拳は必ずリトリーの顔面に沈められねばなるまい。そうでなくてはならぬのだ。


「よりにもよって…………この写真を一番最後に持ってきたのか…………!」

「ど、どうしたんだい? アーチェ。素晴らしい写真のよう、に、見えるのだが……」


 そうか、バナールよ、お前にもこの写真がそう見えるのか。それとも単なる婚約者へのリップサービスか? 頼むから後者であってくれ。

 そしてコラーナよ、お前、どうしてこれを最後に持ってこようと思った、え?


 なお、用いられた写真はあれだ。

 ケイルが撮影した、ひまわり畑を前にした士民服姿の私の写真だ。


 あの夏の心象風景をそのまま形にしたかのような写真。

 分かるよ、夏の青空に花畑と白ワンピ女子が題材として人気だってのは前世から分かっていたことだ。


 しかしそれの題材として自分が用いられるとか、どういう羞恥プレイだよ! あと白ワンピじゃねぇし白黒写真だぞ!


 自分が夏の心象を投影したノスタルジック風景の教祖様になるんだぞ。

 このクソオタ拗らせた元在宅OLが夏の代名詞の元祖として永久に残るとか、マジ羞恥で喉を掻き毟りたくなる。


 そうだ、そう言えばあの時私はシーラとフィリー、アリーにはこれを使うなと釘を刺したが――あの時はまだコラーナは入部してなかったよな。

 だからコラーナは別段深い理由もなく、ストーリーに合わせて最後をこの写真としたわけか。クソが、百歩譲ってコラーナは許そう。


「はかった喃、はかってくれた喃…………リトリー…………」


 だがリトリーは違う。あいつはオタクの嗅覚でこれが絶対にウケると狙って、コイツを最後にもって来るべくストーリーを構築したはずだ。

 あんのクソ女ぁ! テメェが小説家になりたいって言ったから散々協力してやった私にこの仕打ちだ! ただで済むと思うなよ!


「ああ――火を付けたくなってきた」

「そ、そんなに嫌なのかい? いや、確かに一市民のような装いで写真を撮られるのは淑女レディには恥ずかしいのかもしれないが……アーチェの美しさは服に因らぬというアピールにもなっていよう?」


 純粋貴族であるバナールが的外れなことを言っているがそうじゃない、そうじゃないんだ。

 オタクソウルを宿さないバナール君にはこれは分からない問題なんだよ。




 なお、私の握力×体重×スピード=破壊力の拳は新聞部員に止められてリトリーの顔面には届かなかった。

 そしてこの一件において再び私の花畑写真は学生どころか成人貴族にまで絶賛されるという絶望的な状況に至ってしまった。

 写真店の出口で売られている写真販売において、他の写真をぶっちぎりで凌駕して売れているのが私の写真であると分かってしまったときには口から魂が抜けた。


「……終わった。私がこの国における真夏の白ワンピ少女の嚆矢とはなんたる恥辱よ……」


 部室でそう魂の抜けきった身体を椅子に預けていると、お姉様とシーラが困惑顔を見合わせている。


「こればっかりはなんでアーチェがそんなに嫌がるのかがよく分からないわ。開放的かつ幻想的で、今にも自然に消えていきそうな儚さと美しさを備えたいい構図だと思うけど」


 うん、まあ構図としていいから受けるのは分かってるんだけどさ……いや、前世記憶の引き続きだから皆には分からないのも仕方ないけどさ。


「あんたの褒められると逆に怒る思考、容姿にも適用されるのね」


 ああ、そうだねシーラ。微妙に違うけどそんな感じで納得しといてくれや。


 おーい食む太郎、今お前何やってる? 私ぁ今十四歳の美少女として、真夏の白ワンピ少女の元祖としてアルヴィオス美術史に残っちまったぜワハハ。

 ……止めようこの思考は。自傷行為をしてもいいことは何もないからね。


 そうして写真展が好評のうちに終了を迎えた頃には、少女の撮影に映える庭を夏の館に作ろうブームが到来。

 お姉様の元にも来夏の撮影依頼が次々と舞い込み、自陣営に付くならばという条件で随分とミスティ陣営に賛同する新たな同志を増やすことができましたとさ。


 ……結果だけ見れば成功ではあるのだが、ははっ、心に癒やしようがないダメージ負っちゃったな……






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