■ 162 ■ 写真展を開こう Ⅳ






 結論から言えば、写真展は凄まじい盛況ぶり、とんでもない集客効果を発揮した。

 出だしはそこそこだったのだが、そこからの口コミの波及効果が劇的だったのだ。


 入展料を取っているにも拘わらず、上は子爵婦人から下は騎士爵令嬢令息まで、とんでもない数の人が集まったために、身分毎に入展制限をかける必要まで出てきてしまった始末である。

 当たり前だけど、子爵家当主や婦人が入るところにどこの馬の骨とも分からぬ騎士爵令息なんぞを入れられないからね。これは必要な処置というものだったわけだけど。


「とてもじゃないけど、これまで集めた情報が無ければやってられなかったわ……」


 当然、世襲貴族家の時間にしても仲の悪い家を同じ入展時間帯には割り振れないのでね。あと写真展内に配備する国家騎士の手配とか、ここら辺の調整はシーラが死ぬほど頑張って何とかしてくれた。

 マジで頼りになる女だけど、本当に何でも大過なくこなす超人過ぎてちょっとなんなんだコイツと思わないでもないね。


 時間の割り振りとしては、基本的に学生は授業を受けないといけないし、その邪魔をすると学院からストップがかかるので午前中は大人の時間。

 そうして成人貴族を昼に捌いたあとに、放課後は学生をガンガンぶっ込んでいくんだけど――これがもの凄いことになってるね。


「伯爵夫人や侯爵婦人からもお声がかかっておりまして、現在急ピッチで持ち込み個展の準備を進めています」

「わぁお、まさか上位門閥貴族家当主夫婦まで食いつくとはね」


 なお、伯爵家以上の当主夫婦は写真展などには絶対に足を運ばない。

 これは興味がないのではなく、各家々の冬の館に我々が招待を受けて、その貴族家の冬の館のサロンやダンスホールに臨時の写真展を構築する、という開催形態が前提になるからだ。


 芸術作品に対してはこの国の場合、上位貴族は呼びつけるのが基本だからね。会場を貸し切るとかそういうレベルではなく、金で呼びつけて『自分の家の中に』自分たちのためだけの会場を作らせるのだ。

 アルヴィオス三千万の頂点に立つ侯爵、伯爵家というのはたった六十数家しかないんだから、それぐらいの財と権力を持っていて当たり前ってことだね。


 そんな連中のための準備も並行してやらないとだから新聞部は今や大わらわだよ。額縁も調度品も作品説明の文面も上位貴族相当の格が求められるし。

 クローディアにお姉様とフレイン、ヴェセルのみならず、ルイセントやその侍従ウェイジも巻き込んで、上位貴族相手の来訪個展がようやく始動開始だ。


「皆さんお茶会そっちのけで来てるんじゃないかって勢いで――今大急ぎで第二会場も準備してます」


 複製できるというのが写真の強みなのでね。コラーナたちは改めて二つ目のサロンを手配して第二会場を拵えているのだそうだ。

 なお美術館仕様が前提なので出口で展示した写真の販売をしてはどうかと提案し、これも採用されたみたいなんだけど――


「正直、感光紙が足りなくなりそうで、ルイセント殿下の伝手から王家が管理しているブロマイド用の感光紙まで回して貰っている状態です」

「マジか」


 わりとお高めの価格設定にしたのに凄い勢いで捌けていくそうだ。ちょっと信じられん。

 ただまあ、


「本日の収支です」


 とクローディアが計上し、ネイセアが検算した帳簿が上がってくれば、


「……おかしいわ、一日で金貨六百枚超えてるじゃない」


 当然、調度品の手配や護衛の配置など準備にもお金がかかっていて、その諸費用を入展料と写真販売費で補填する必要があるから、これが純利益ってわけではないけどさ。

 これが初日のみならず二日三日、いや十日以上も続いてくれば流石に私も提案しておきながら背筋が冷えてくるよ。


「あんた、今更何を言ってるのよ」


 なお、シーラに関してはこれは想定済みだったようで、呆けている私にむしろ呆れているようなフシすら窺える。


「写真という新しい技術を、ただ並べるだけでなく個展全体に一つのストーリーを持たせて提示する。何もかもが初めての刺激体験なのよ? 誰だって一回は見てみたいに決まってるじゃない」

「……そっか、そういうものなのね」


 私からすれば前世の美術館を丸パクりしただけなのだが……そうか。前世では当たり前だった美術の見せ方も、この世界では斬新かつ初めての刺激なんだ。そりゃリピーターだってつくもんだよ。

 成人済みの世襲貴族家まで二回三回と見に来るのが不思議だったけど――これ自体が一つの新しい芸術と見做されたわけだね。


 しかも衣食コラボと違って大人の口から「自分を食べさせるなんてはしたない」みたいな文句も出ないし……同じ映画を二度三度見に来るのと同じ理屈かな。




「写真展、拝見させて頂いたよアンティマスク伯爵令嬢」


 なお私の方だが、ダンスの権威やらオペラ監督のパトロンやってる貴族やらに茶会に招かれて大絶賛されるのはちょっと頂けないね。


「無数のダンスシーンを一枚壁に並べて夜会の再現に使うとは、新たな世界が開けた心持ちだよ。いい物をみせてくれて感謝するよ、アンティマスク伯爵令嬢」

「ありがとうございます。今回の脚本と演出を手がけた新聞部員にご好評でしたと伝えておきますね」


 実際頑張ったのはリトリーやコラーナ、あとシーラのゴーストライターとかで私ではないのに、賛辞を受けるのが私ってのはなぁ。

 だからリトリーやコラーナに一緒に大人の茶会に来るよう要求したのだけど、


「あー、賛辞とかそういうのいいから。私のファンになってくれたとかなら別だけど」

「今忙しくてそれどころじゃないので、済みませんがアンティマスク伯爵令嬢が賛辞を受け取っておいて下さい」


 とリトリーもコラーナも茶会に出てこようとしやしない。

 まあ、しゃーねーんで私が代わりに褒められておくわけだ。体のいい盾として使われる分にはまぁ、そのぐらいはしてやるべきだろうしね。




「いやはや、大人ですら舌を巻くほどの才能だ。エミネンシア侯爵閣下が羨ましい」


 そう私とバナールを招いた茶会にて楽しげに、少し悔しげに笑うのはレティセント侯爵ウィリア閣下とその奥さんのメドル夫人。

 要するにリタ師匠とフレインの両親だね。


「何より、我がレティセント家夏の館の写真を展示の最後に据えてくれたことにお礼を言わせて欲しい」


 当然、レティセント家冬の館にも来訪個展は開かれて、それにウィリア閣下もメドル夫人も大満足だったそうだ。

 後日のこのお茶会で二人は終始ニッコニコである。


「本当よ。何もしていないのに私たちまで褒めそやされてしまって――アンティマスク伯爵令嬢は本当に我が家にとっての天使ですわ」


 そうお二人が喜ばしげに笑うのは、そうか。私は写真展の掲載順序とストーリーには関わってなかったけど、レティセント家の庭が最後を飾ってたのか。


「うん? その様子だともしかして知らなかったのかい? アンティマスク伯爵令嬢」

「あ、はい。この度の写真展はお姉様の腹心たるコラーナが中心になって進めましたので」


 私はアドバイスと写真の使用許可を取ることしかしてません、手柄はコラーナのものですよ、とアピールすると、なんだ?


「成程な。確かに手腕に反して何事にも控えめでいようとするアンティマスク伯爵令嬢の望みとどこか違う写真の使い方だ、とは感じたが」

「そうね。アンティマスク伯爵令嬢は裏方をお好みですものね――でも、貴方が許可を出したのよね?」

「ええ……はい、そうなんですが」


 なんだろう、ここに来てなんとなく嫌な予感がしてきたのは偶然ではあるまい。

 私は目立つのが嫌いだし褒められたくもない。そういう本質をレティセント候は理解していて――その上で、『私の望みとどこか違う』写真の使い方だと把握した?


――なんだろう、この分かってるくせに分かりたくないような、蟻走感にも似たむずかゆさは……






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