■ EX44 ■ 閑話:アルヴィオス王家 Ⅰ






「では、これより王家としての新領土の扱いを皆で検討しようと思う」


 アルヴィオス王国首都は貴族街に君臨する王城アルヴィオンは白樺の間にて、五人の男女がテーブルを挟み顔を見合わせる。

 口火を切ったのは、イヴォン=ルイ・イスティート・アルヴィオス。ヴィンセント、ルイセント両者の実父にしてこのアルヴィオス王国を支える現国王である。


 妻インフィアリアを隣に座らせ、ヴィンセント、ウィンティ、ルイセントの三者と向かい合った国王は、重々しげに口を開く。


「ヴィンス、この土地の利用方法について提案はあるか?」


 そう父に問われたヴィンセントは、チラと隣に座すウィンティに視線を向けてから、父の目を真っ直ぐ見つめて己の案を口にする。


「アルヴィオスは建国から一度たりとも新たな世襲貴族を起こしてはおりません。ですので新たな貴族は立てず王都直轄地とするべきかと」


 そう、アルヴィオス王国はこれまで公爵家以外の世襲貴族家の数を建国当初から一度として増減したことがない。

 これは王家しか知らない初代王の命令であり、どこかの貴族家が潰れた際にはその家名と紋章を受け継ぎ、別の者をその席に当てることになっている。


 だから此度土地が増えたといっても、新たな男爵家を起こす、という風にはならないのだ。

 なぜ世襲貴族家の数を増減させてはいけないのか、その理由は現国王にも二人の王子にも分からないのだが――初代王の決定に否は差し挟めない。


 なお、新たな土地の扱いをどうするかを今開催されている貴族院の議題にしないのは、貴族院で扱うのは封建社会に近い各世襲貴族家間の問題について、と決まっているからだ。

 新たに現れた土地は誰の土地でもない以上、その扱いは貴族院が決定することではなく、アルヴィオス王家が決定権を持つ。


 とは言えここで公平公正な判断を下さねば王家の信頼が揺らぐ以上、国王イヴォン=ルイもヴィンセントもルイセントも真剣そのものだ。


「ですが、王都直轄地とするのは王家が私腹を肥やす、と見做されかねないのでは?」


 政敵だから、ではなくごく当然の疑念としてルイセントが兄に問いかける。

 実際、アルヴィオス王家は王であると同時に、アルヴィオスで最も収入の多い世襲貴族でもある。その王家が新たな土地を自分のものとして組み込むのは私腹を肥やしただけ、とも見做される。


「兄上のことですから、既に南方男爵家が不満を覚えない新しい領地分割案を用意している、と思ったのですが」

「……ルイは相変らず私より私のことを理解してそうだね」


 苦笑したヴィンセントが片手を上げると、ヴィンセントの侍従が懐から折り畳まれた紙を取り出して父たるイヴォン=ルイの侍従へと手渡す。

 親子でありながら、しかし相手が王である以上は肉親とて手渡しなどできるはずもない。毒物の確認を終えた上で、侍従は主たる王へその書類を渡し、一読したイヴォン=ルイがそれをルイセントへと回す。


「流石は兄上ですね。この案ならどの領地も僅かずつですが将来的には収入を増やせるでしょう」


 提案を一読すれば、相変らず兄の統治センスは見事なものだ、とルイセントは舌を巻かざるを得ない。


 ルイセントはミスティがフェリトリー男爵家やコート男爵家に関わっているから南方男爵家の領地にも目を向けるようになった。

 だがそういう理由無しにヴィンセントは南方男爵家の収入と商売内容を普通に把握していて、即座に新領地分割案を提出しているのだ。

 これを有能と言わずして何を有能と言おうか。ルイセントにはこれだけの見識は備わっていない。


 そもそも川の流れが変わって領地が広がった、という報告が現地にいたバゼット・ベイスン準男爵より上がって、まだ二日しか経っていない。

 そんな短期間で新領地分割案を提出できるということは、調べるまでもなく前提知識が頭の中に入っていた、あるいは資料として纏め終えているということなのだから。


「ルイ、其方はどう思う? このヴィンセントの案に賛成、ということでよいのか?」


 ただ、先見の明は無くともルイセントには実際にその眼で見てきた経験がある。

 静かにルイセントは首を横に振った。そこで賛同しては自分はヴィンセントに王器として劣ると認めるようなものだからだ。


「フェリトリー領が自領に商人や人出を呼び込むために街道を整備したことで、南方男爵家にとって価値のある、あるいは執着する土地が若干変わってきております」


 ベティーズ・フェリトリーが始めた街道の整備に際し、他の男爵家も若干ではあるが路面の改修に手を出し始めている。

 実のところ、悪路が招く馬車の破損に頭を痛めていたのはどこの男爵家も同じだったので、要するによい機会だったのだ。


「近々で手を入れた土地が、幾ら後々の利益が増える、といってもあっさり他人のものになってしまえば、男爵たちも不満を覚えましょう。誰もが長期的な目線を持っているわけではないのですから」


 ルイセントの言は辛辣ではあるが、事実の一端を穿っていた。つい最近手入れした土地があっさり他人のものになってしまっては、男爵たちも業腹だろう。

 基本的に人は益よりも損に目を向けるものだ。新しい物を手に入れるより、今まで持っていたものが奪われることを嫌う。結果的にそれで最後には得ができるとしても、だ。

 それを愚かだと笑うのは簡単だが、愚かと笑う者に人心はついてはこない。社会は一部の天才だけが回しているわけではないのだから。


「では領境は動かさない方が宜しいと? 王都直轄地にしない方がいいと仰ったのはルイセント殿下ではありませんの?」


 怪訝そうに、しかしこちらも攻撃の意図はなくウィンティが問う。

 なおウィンティは学園を卒業して成人済みであり、正式にヴィンセントとの婚約が結ばれているため、実質的なヴィンセントの妻として扱われている。

 ミスティとの違いはもうヴィンセントが仮に王位に就けなくとも、もはや婚約解消ができないことだ。


 ミスティはまだルイセントが王位に就けないと分かったら婚約を解消することが許されている。連座での処罰を回避することができる。

 しかしそれ故にまだ、このような王家の語らいの場には参席できないということだ。

 もっとも学園を卒業する一年半後には、ミスティも今のウィンティと同じ立場を選ぶだろう。その時王太子が決まっていなくても、だ。






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