■ 153 ■ 腐敗防止の為のあれやこれや Ⅲ






 この国の継戦能力確認はこれでジンク室長にお任せでいいとして――

 さてさて、お姉様の社交が私の手を離れ、少しばかり自分の時間を多く持てるようになったので、私も私の社交を始めて行こうね。


「この度はお招きにあずかりましたこと、まことに光栄に存じます。アンティマスク伯爵令嬢」

「こちらこそ、未来のテイラー侯爵婦人と仲を深める機会を持てて嬉しいですわ。以前のようにアーチェとお呼びください、フィータ様」


 九ヶ月ぶり位かな、いや、学園でちょこちょこ見かけることはあったけど。

 今年三年生で年度末に卒業するフィータ・サイド子爵令嬢は、夜会の時はショートだった髪を少し伸ばして、見た目には貴族令嬢っぽさが増してきてるようだ。


 髪を長く伸ばすのはそれだけ手入れに時間をかけられるっていう、分かりやすい貴人の証だからね。

 私は面倒臭がりだからそんなに伸ばしてないけど、それでもポニーテールを下ろすと結構長いのよ。


 さておきそんなフィータさんだけど、おずおずとソファーに腰を下ろす様子はまだぎこちなくて――まあ三バカもそうだっけど、ウチの談話室に来る連中はみんなお父様の影響でビビり散らしちゃうのよね。

 ただそれを抜きにしてもかなり緊張している様が伺えて、どうやらお茶会自体に参加したことがあまりないようにも見える。


「もしかしてお忙しい中を無理にお誘いしてしまいましたでしょうか?」


 一応尋ねてみるが、やはりフィータさんの笑顔はどこかぎこちなく、しかしその深緑の目にはどこか安堵しているような色も見受けられて、


「いえ、お誘い頂けてたいへん嬉しゅうございます。庶民の出故、あまりこういった場に参席する機会がありませんので」


 ほむ、機会がない、か。

 どうやらサイド子爵はあまりフィータさんの社交教育に力を入れてないと見える。


 しかしフィータさん、三年生だから今年度末に学園を卒業してシャロウ・テイラー侯爵に嫁ぐのだろう?

 なのに全く社交教育に注力してないってのは……やはり彼女の冥属性が必要なだけってことか。


 私も一応調べてはみたんだけどね。テイラー侯爵家ってわりと学術肌で、象牙の塔魔術研究室にも次男次女以降をそこそこ送り込んできている理系一家らしいのだ。

 やはりポーション瓶の特許もこのテイラー侯爵家から出た人の研究室が持っていて、ロイヤリティはテイラー侯爵家に入っているみたいだし。


「フィータ様がお嫌でなければ、お互い年の離れた夫を持つ若輩同士、今後とも誼を結んでいければ、と思うのですが」


 そう告げると、何だ? 一瞬だけフィータさんが振り返りたそうに視線を横に向けて……ははぁ。

 となればここは私がニッコリ笑顔だね。

 こっちの方がまだ家格は上なんだし、当然断るはずないよね? という圧力をフィータさん、というよりその背後に控えている侍従に見せつければ、


「はい……こちらこそ、宜しくお願いいたします」


 フィータさんがどこかホッとしたように微笑むの、これどうやらフィータさんにとってサイド子爵家の生活、よほど息が詰まるもののようだね。

 恐らく勉強漬けで全く自由な時間や休憩もろくに取れていないのではないだろうか。

 プレシアも最初は酷かったもんなぁ。庶民が無理矢理貴族の生活にねじ込まれるの、実質的に孤立無援だもんなぁ。


 とするとここで冥属性の話をするのは、フィータさんからすれば仕事の延長みたいにな感じるはず、これは悪手だろう。


「それでしたら今後の友誼のためにもフィータ様のお好きなお菓子とお茶をお伺いしたいですわ。何かお好きなものはございまして?」


 ま、そんな感じで好きなものとか聞き出して仲良くなるのが大事だよね。

 冥属性、腐敗防止の研究にも役立つだろうし、何よりディアブロス王国魔法陣の解析とかに冥属性持ちの知恵を借りたいところだったけど……嫌われちゃったら元も子もないもん。焦らずやっていきましょ。


 その後、お互いの好きな茶菓子や、今界隈で流行している小説や歌劇の内容などについて軽く話に華を咲かせて、


「本日は楽しいお時間をありがとうございました、アーチェ様」

「此方こそご足労頂きありがとうございました。また招待状をお送りしても?」

「あ、はい……! 楽しみにお待ちしております」


 フィータさんとの最初のお茶会は終了だ。

 そうしてフィータさんが侍従を伴って談話室、そしてアンティマスク家冬の館を辞して馬車へと乗り込んだのを確認し、メイと二人でダッシュで二階へと駆け上がり廊下の窓を開け、


「メイ、馬車の中の音、拾える?」

「やってみましょう」


 フィータさんと侍従が馬車の中で交わしている会話をメイに盗聴してもらう。


「……言葉が美しくないので厳密な再現は省略しますが、サイド子爵令嬢はお嬢様の誘いを断れなかったことを侍従に責められておいでです」

「はっ、そんなことだろうと思ったわ」


 わざわざ一般市民からフィータさんを買い上げて子爵家の一員にし、テイラー侯爵家に献上するぐらいだ。

 子女のお茶会なんて無駄な時間を費やしている暇はない、ってフィータさんをいびり散らしてるってわけだね。


 クライシス男爵家にとってのメイがそうであったように、サイド子爵家にとってフィータさんは単なる商品でしかない、ってことか。

 だからテイラー侯爵家に嫁がせる前に必要なことだけを学ばせる。そこに人としての娯楽なんてものは必要ないと。


 まー、この国基準だと別にサイド子爵家が悪いとかじゃない。貴族だけが人権を持つアルヴィオスあるあるだね。

 ゲームでは可視化されてこなかった貴族社会の歪さを、私はこの目で受け入れざるを得ないってわけだ。


 前世の競争原理社会も開発途上国を食い物にするクソ世界だったけど、封建社会は農民や庶民を食い物にする。どっちも褒められたもんじゃないってね。

 庶民の生活なんざどれだけ潰しても、罪悪感もないしそもそも悪くないってのは、やはり異世界好きの私でもちょっと好きにはなれんよ。前世と何ら変わらんもんな。


「ここからどうなさいますか、お嬢様」


 同じ境遇だ、お母様の娘であるメイは助けられるなら助けたいけど、私が苦労を背負い込むのは反対、みたいな顔だね。


「メイ、貴方が聞いた範囲でフィータさんの出身地みたいな話はあった?」

「いえ、地名や名前のようなものは特には」


 とすると、これ以上を探るのはリスク無くしては難しいか。


「中々に難しいわね。こちらから手を出してよいものか……」


 実際、私が調べた範囲でもテイラー侯爵家は碩学だし、フィータさんがシャロウ侯爵に嫁ぐに当たって学がなければ、夫に見下されてしまう可能性も高い。

 だからサイド子爵家はそうならないように徹底してフィータさんを教育しているわけだろうし、その知見からすると私たちがフィータさんの邪魔をしているだけ、という一面もあるにはあるのよね。


「貴族令嬢の教育方針は家長の権限において自由だし、他家が口を挟めるものではないし」


 かと言ってフィータさん、今日明らかに「次も誘ってよいか?」っていう私のゴリ押しを心から歓迎していたしなぁ。


「一日の勉強の遅れと一日の息抜き効果を比較すれば、どう考えても一日気分転換させたほうが最終的な学習効率は上がるんだけど……」


 メンタルケアなんて概念のない世界だからねぇ。何もかもが日割り計算だから、こういうこと訴えてもあまり響かないんだよなぁ。


「一先ずはちょこちょこお茶会に誘う程度、かしらね。サイド子爵やテイラー侯爵に敵視されたら面倒だし。並のお友達程度の付き合いなら角も立たないでしょ」

「爵位持ちを数多敵に回しては身動きが取れませんしね。それが宜しいでしょう」


 というわけでフィータさんとは年上の夫を持つ友達として、先ずはふんわりお付き合いからだ。いつか内面に踏み込んだ話もできるようになるといいね。

 そして最終的には冥属性研究の協力を取り付けられればいいのだけど……これは魔王侵略までには間に合わないかなぁ。ま、それならそれでいいけどさ。






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