■ 153 ■ 腐敗防止の為のあれやこれや Ⅱ






 前世の漫画で学んだ程度だけど、ビタミンCが欠乏すれば壊血病になるし、乾物は水で戻さないとだから煮炊きの煙が上がる。

 煮炊きの煙の数を数えれば、それだけで兵数の確認は容易になる。だからなるべくそのまま食べられて、かつ戦意が低下しない食材が必要になってくるわけだ。


「なので、食事の傷みやすさを加味した輸送計画の検討が必要です」


 ドン、とジンク室長の前に、保存食の保存期限、一人頭の必要数、重量と体積などを記した羊皮紙の山を提出すると、ジンク室長が困ったように喜び始める。

 データ自体は嬉しいけど、処理が追っつかない、って顔だね。分かるよ、楽しいけど辛いお時間だ。なんで自分は一人しかいないんだろう、自分が複数人いればいいのにって痛烈に感じるお時間だ。


「ぬ……アンティマスク君、この瓶詰めとは?」

「ああはい、食糧を長持ちさせるための加工方法の一つです。私とアルジェ・リージェンス室長の方で効果は確認済みですよ」


 残念ながら機械工業が発達していないこの世では缶詰は作れないけど瓶詰めは作れるからね。

 作り方もそう難しいもんじゃない。瓶いっぱいに食材と煮汁を満たして湯煎で沸騰させ、コルクの落としぶたをそのまま閉じて封蝋するだけだ。


 これの実証もスラムでダートに実物を試して貰って、どの程度保存が利くかは確認してもらっている。

 その結果、このお寒いアルヴィオス王国なら二年程度は保存が利くと分かったので、これもルジェの方で論文として発表済みだ。


 ただ、普段食にするには金も手間もかかるし重たいからね、まだ普段の食事としては全然採用されていないけど。

 あとアルヴィオスが北国で、そこまで腐敗が進まない環境ってのもあるけど。


 リトリー達による夏の取材で分かったんだけど、北方の庶民はいもみたいなのも食べてるみたいだしね。冷凍乾燥保存食が結構もとからあるのはありがたいよ。

 後期日程ではこういう庶民の保存食を、騎士爵に聞いて回るつもりである。こういうのは集めておいた方が後々役に立つからね。


 フェリトリー家から持ち帰った庶民の知恵である縄文時代的採集技術と、徹底してあく抜きすることで何でも喰らう方法も技術として確立しておかないとだよ。

 いくら南部が暖かくて単位面積当りの収穫量が多い、って言ってもアルヴィオス三千万の人間を北部の広大な土地抜きで喰わしていくには、まだまだ収穫高が足りていない。前世ほどの品種改良が進んでいないのだ。


「ふむ……腐敗しにくいのは結構だが、瓶いっぱいに液体を詰めるとなると無駄に重量が嵩むぞ? 瓶も重いし割れるし、その分他の食料を輸送するべきではないか?」

「ですが戦地における食事のバリエーションが増えます。半年、一年以上の戦闘状態が続く場合、士気を保つのは極めて困難、せめて食料は美味しいものを運ばないとですよ」


 この国はパン食で米炊きが必要ないけど、堅パンをスープなしで食べるのはしんどい。

 だからとて煮炊きをする危険性はさっき述べたね。

 だから味付きの水分が取れる瓶詰めの需要はかなりあると思うよ。


「……一年以上も続く戦争? 流石に備えると言っても考えすぎではないかね?」


 誰がそんな長期にわたって戦うんだ? とジンク室長がそう怪訝そうに目で尋ねてくる。

 あー、うん。そっか、ジンク室長ですら「そんな長期間の戦争なんて起こりうる?」っていう認識になっちゃうか。


 ……そうなんだよな。体験しなきゃ分からないよな。アルヴィオスは建国から殆ど国家間戦争やってないんだもん。

 数百年も前の話なんて、記録がないなら起こらなかったことと同じ認識になる。


「何故一年以上も続く戦争が起きないとジンク室長はお考えで? 国防総動員法が発令されるということはそういうことでしょう?」

「……アンティマスク君は国と国との戦争が起こるとお考えか?」

「起きるか起きないかではありません。重要なのは、考え得る限り最悪を想定して計画立案を立てておくことです。それが研究の仕事ではありませんか」


 国防総動員法が発令された場合、この国は一体どれだけ戦えるのか。どれだけの騎士を戦闘可能状態で運用できるのか。

 それを把握しておかねば、この先の戦争をどう勝つかも考えられないからね。この先の大戦略を描く上で、この国はいったいどれだけの期間戦争を続けられるのか、という数字を掴んでおくのは何よりも重要なことだ。


「教え子に教えられるとはこのことか。確かにそれが研究の仕事だな」


 ジンク室長が納得してくれるの、ホント、学者先生ってのは話がツーカーで終わるからありがたいわ。

 貴族の場合すぐ利権だ地位だ立場だ身分だなんだでごねるからなぁ……


「兵の健康を維持したまま、現在のアルヴィオスにどれだけの継戦が可能か、よかろう。補給研究の雄として生徒の期待には応えねばな」

「ありがとうございます、ジンク室長」


 さあ、いよいよ私も対魔王戦の未来絵図に手が届いてきたよ。

 これでお父様を排除しても魔王討伐できる目が残っていればいいんだけど、そこはジンク室長の試算次第だね。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る