■ 153 ■ 腐敗防止の為のあれやこれや Ⅰ






 さて、皆が皆自分のやれることを精一杯頑張ってくれているので、私としてもやれることを精一杯やらねば皆に顔向けできないわけで、


「というわけで、兵の士気を保てる食事というのを前に少し考えてみたんですよ」


 私が訪れたるは学園戦学部補給研究科のキャブリオレ研である。

 ジンク室長は前に馬車の共通規格について打ち合せした先生だね。現時点で仮に戦争が起こった場合の食糧事情などを確認しておこうというのが再訪の目的だ。


「アンティマスク君は変わったことに興味を持たれるな。いや、私としては嬉しい限りだが」


 ジンク・キャブリオレ準男爵(室長兼学園教師だよ)が髭を擦りながらご機嫌で頷いてみせる。

 ジンク室長がご機嫌な理由はあれだ、馬車の統一規格の件。冬の貴族院も開催され、早々に企画案が提出されたんだけど、


「まさか採択されるとは思いませんでしたねぇ、統一規格」

「私もだよ。案外馬車のトラブルにはみな頭を悩ませていたようだな」


 これが割と賛成多数で貴族院で採択されて、王国規格として来春から各領地に展開されることとなったのだ。

 何でこれが通ったのか、知り合いの貴族令嬢たちから当主ちちおやに質問してもらって回答を集めてみたんだけど、



『毎年二回の王都、領地間移動で予備の車軸を幾つも持って移動するのが面倒』



 という、極めて真っ当な理由が大半であった。

 ……いや、おめーら全員面倒だって思ってたのに行動しなかったのかよ、と軽く頭を抱えたね。


 まあ、わからんでもない。全員が大変だと思っていたけど、じゃあどこを基準にするの? の旗振りなんて、半封建制で各領地の独立性が強いこの国だと面倒なだけだもんな。

 なので王国騎士団輸送馬車の設計図から抜き出してキャブリオレ準男爵が提出した、車輪と車軸の数値が全国規格となったわけだ。


 そりゃね、移動した先の街で同じ車輪と車軸が手に入るなら、予備は一組あればいいもんね。

 これまでは馬車の規格が統一されてなかったから皆が皆自分の馬車の予備部品を持って移動していたわけで――そりゃ無駄な荷物でしかないもんね。


「まさか全ての馬車の規格を求められるとは思いもしなかったが……アンティマスク君には助けられてばかりだな」


 ただまあ、今回ジンク室長が提出したのはあくまで荷馬車の統一規格だったのだが――あれよあれよと話が進んで貴族馬車も規格があった方が良いと王様が判断。

 貴族馬車も何故かジンク室長にそのまま規格案を提出するよう王命が下り(戦学部補給研究科ですよここ……)、私は私で成人貴族の知り合いが多い学生なので、ジンク室長の手先として働いていたわけさ。


 なお、この件に関してはありとあらゆる貴族が私に圧力をかけてきた。だれだってそりゃ、自分とこの規格を共通規格にできればそのほうが楽だからね。

 珍しくお父様まで私に干渉してきたもんなぁ。

 まぁ、私がお父様の言うことに唯々諾々と従うわけはないのでね。平然と実測値から値を決定したよ。


 なお実測値をどうやって集めたかだけど、王城でのダンスパーティーが開かれると、各貴族家は馬車で来るからね。

 当主とそのご婦人たちが乗り降りしている僅かな間に、王家御用達の職人たちに一台一台計らせたわけさ。


 その結果からある程度の遊びを保たせた上で、一番近似値が多くなる値を採用したわけだ。さすがにこれにはどこからも大きな文句は出なかったね。

 何せちゃんと測定台数と測定結果を貴族家の名は伏せた上で付録として付けたわけだし。これで文句言ってくる奴は精々オウラン公ぐらいだろうよ。


 ただ仮にオウラン家が敵に回ったとして、貴族院では世襲貴族家一つで一議席だから、オウラン公が文句言っても所詮は一票、問題にすらなるまいよ。


 さておき、車輪と車軸が共通規格になる、ということは積載量もまた共通規格になるということである。

 だって耐荷重、車輪と車軸の強度で決まるからね。


「今回の規格化により、国防総動員法発令下における輸送計画もかなり立てやすくなると思います」

「そうだな、これまでは各領地の馬車の積載量が統一されていなかったが、これからは荷馬車一台当たりの輸送量が全国共通になるわけだ」


 流石に補給研究科の教師もやっているだけあって、この改革には無茶苦茶喜んでいるよジンク室長。

 最近じゃ「授業の内容を刷新しないと」ってものすごく毎日楽しそうだもん。


 いいなー、私も前世はエンジニアの端くれだったからその喜び、楽しさはよく分かるとも。

 だから、私としてもそこに新たな問題の提起をするわけさ。


「平たく言えば、戦争が長期化した場合、騎士の健康維持のための野菜や果物、戦意維持のための嗜好品をどれだけ戦地に持ち込めるか、を考える必要があると思います」


 アルヴィオス王国は長らく戦争をしていない。各領地間で多少の小競り合いはしているが、どちらも自領に広大な後方安全地帯と補給路を維持しての合戦だ。

 つまり、短く安全な補給路が前提での戦いしかやってないってことさ。だがいざ国防総動員法が発令されて国防騎士団として活動するとなると、輸送路は長大なものとなる。


「つまり戦地にどれだけ美味しくて栄養のあるものを運び込めるか、つまり保存食の改善ですね」






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