アーチェ・アンティマスクと万水の天地
■ 152 ■ ミスティ陣営の今空 Ⅰ
さて、お姉様の身の回りを新入りたちに任せたこともあり、これからは少しばかり自分の時間を用意できるようになったアーチェ様である。
「この短期間でかなり上達しているわね。すごいわシア!」
「あ、ありがとうございます!」
まだ元通りとはいかないものの、少しだけ握力も回復してきた左手の平をグーパーしてみせると、プレシアが嬉しそうに頬をほころばせる。
実際、まだ重い物は持てないけど筆記作業をする分には問題ない。元々私は右利きだったからね。
「お礼を言うのはこっちの方よ。私の予想を上回る成長ぶりは全て貴方の尽力の結果だもの。貴方はとても努力して、頑張ってくれてるわ。ありがとう、シア。貴方は私の誇りよ」
「ふへ、えへへへへへ、そんな、それほどでもあるけど……ふへへ」
ま、実際はプレシア一人が出した結果ってわけじゃあないんだけどね。数少ない褒められポイントだし、褒めちぎっておくよ。
何でもここら辺はアリーの助言だそうで、雷が体内を奔る感覚を強く意識して治癒をかけてみてはどうか、ということだそうだが……
そんなアリーは何で神経の構造について詳しくなったのやらねぇ。いや、大体の予想は付いてるけど。
だってアリーの眼、瞳孔の型が明らかに変わってるし。あれ絶対ストラムと二人で何かやったんだよ。まぁ本人も納得の上なら構わないけどさ。
「と、それでですねアーチェ様、上級ポーションの前に増血ポーションの作成に取り組みたいと思うのですが」
どうやら私が失血死しかけたことで、プレシアは総合的な治癒ポーションではなく専門ポーションの有用性に目を付けたようだ。
確かに増血は必要かもね。普通のポーション作る際にも血が必要だし、ただでさえ女の子は生理で貧血気味だもん。
「貴方が自ら進んで立てた目標ですもの、否やはないわ。貴方の成長を頼もしく思います、好きなようにやってみなさい。引き続き頑張ってね、シア」
「はい! アーチェ様!」
嬉しそうに笑うプレシアからお金を受け取って、師匠リタさんより一割引で増血ポーションの製法を購入。
私は私で必要な素材を確認しておき、これらはダートの部下たちに採集をお願いしようね。
プレシアが黙々と聖属性の上達に励んでいることもあり、最近のアリーはフィリーと行動を共にしていることも多い。
「少しくらいは私でも手伝えることがありますので」
と穏やかに笑うアリーは何か最近自信みたいなものがついてきたみたいで、よく分からないけど良いことだと思う。
ただ時々周囲を見回しては「うわっ」って顔になる辺り、多分見てはいけないものとか見てるんだろうね。後天的魔眼か何かかな。
「貴方がいないとうちの陣営は円滑に回らないし、本当に助かるわアリー」
「そんな、大袈裟ですわアーチェ様」
アリーは照れくさそうに微笑むけど、これマジだからね。プレシアもフィリーも扱いやすい人材とは言い難いし、その間を取り持ってくれて大半のことをそつなくこなせるアリーはハンバーグの繋ぎみたいな存在だ。
見た目に目立たないし主役とは言い難いが、いてくれないとひっじょーに困るのだよ。
プレシアが騎士団に薬の出来具合を確認しに行くときも付き添ってくれるし、お姉様の新しい配下の仕事の最終チェックもしてくれるし、いや本当に助かってるのよね。
とりあえず仕事を割り振る際の支度金を少し増やすくらいしか報いれない私が情けないわ。
フィリーは相変わらず走り出したら止まらない暴走具合だ。延々とマーク準男爵宅から押収した資料と王国魔法陣の模写を手に、図書館やら貴族街の歴史的建造物やらを練り歩いている。
ただグラムが割とよいストッパーになっているみたいで、前みたいに寝不足になったり食事抜いたりはしてないみたいだ。
多少強引な位じゃないとフィリーや、あとルジェとかは止められないからね。
そういう意味ではグラムはよい人選だったかもしれないよ。力でフィリーを無理矢理引き剥がせる、という点でね。
学園内新聞は閲覧者が未成年しかいないとは言え、もっとも沢山の貴族が目にする文章である。故に広告効果を期待する成人貴族からのお誘いが増えている。
それらはシーラに回しているけど、よほど芸術に興味のある知り合いができたみたいね。シーラが文句を言わず対応してくれて助かっているのは事実だ。
ただ、
「どう思うよリトリー」
「アーチェも気づいたか。お仲間の匂いがするね」
リトリーと顔を見合わせて、やはりそうか。
シーラのゴーストライター、割と私たちにノリが近いんだよね。
こいつの好きな分野は漢どうしが魂を削り合う慟哭と、あと真実の愛だ。後者はさておき前者はかなり拗らせていると思う。
正々堂々とした決闘、つまり誇りと意地のぶつけ合いじゃなくて、相手に好意を抱いているのにしがらみに囚われ拗れてこじれて、もう執念で殺し合うしかないみたいな悲劇が好きっぽい。
多分五○悟&夏○傑とかア○ラン&キ○とか大好きなんじゃないかな。作り話ならそういうのも大アリさ。現実だと地獄だけどね。
まあ、宣伝記事を書いてくれるなら私としては文句は言わんよ。部外者だから忖度も一切しないし、私も何だかんだで記事を楽しみにしてるしね。
ただ、夜の間しか外出が許されない娘らしくて、昼間に開催される演劇とかは見に来れないらしい。
一応素性も尋ねてみたのだけど、シーラ曰く「恐らくだけど、大商人か貴族に囲われた庶民の妾」だそうで、人目に付く場所には出られないのだそうだ。
夫とは白い結婚で、夫の父親に囲われているっぽく、しかも今の夫の父親は別の女にゾッコンなんだとか。なんだその魑魅魍魎一家は。
ただ、そういうのもこの貴族社会には少なくないからなぁ。観劇が数少ない楽しみかぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます