■ EX42 ■ 閑話 それぞれの悩み:エミネンシア家 Ⅲ





 この状況においてミスティが配下に望むべき人物とは、ならば、


「まだ芽が出ていない子、あとは現時点での才はそこそこでも無害な子、かしらね」


 どんなに優秀でも協調性のない、他人を非難することを全く抑えられない人間はナシだ。

 社会とはそもそも、なにもかもが違う人たちが協力して生きねばならない世界なのだから、どれだけ才能があっても社会性の欠如した者は単純に絶賛できる存在ではない。象牙の塔魔術研究室室員としてならまた別だろうが。


「そうですね。無理して能力で選ぶ必要もないと思います。下手に才能があるとアーチェ様やシーラ様を敵視しかねませんので」


 スレイも賛同してくれたように、優秀でも棘を持つものはミスティ陣営に入れるべきではない。


 そもそもミスティ自身が掲げた目標が「国全体が今の私たちみたいに和気あいあいと生きられたら」なのだ。自陣営がギスギスしているようでは話になるまい。

 才がないなら、育てればいいのだ。そもプレシアやアレジアだって最初から優秀だったわけではない。アーチェが育てて優秀になっただけだ。


 そうやってミスティ自身が大事にしようとしたところで、教育の成果だけ得て去って行くものもいるだろう。だが、


「重要なのは、目をかけて去られても怒らず、残ってくれた子を大切にすること」


 アーチェは一年生の時に十人を集めて、残ったのはアリーシアの二人だ。アーチェですらそれが限界だったのだ。

 そしてそれをアーチェは全く不満に思っていなかったから、あとでフィリーもまた帰ってきてくれた。ミスティが見習うべきはまずそこだ。アーチェのように広大無辺とまではなれなくとも、懐を広く開けて閉ざさないことだ。


「それと、アリーやプレシア、フィリーの意見も聞かないとね」


 ミスティがいいと思っても、三人が不快に思う相手は敬遠すべきだ。

 アーチェとシーラならどんな相手だろうと呑めるだろうが、この三人はそうではないだろうから。


 そうやってお茶会に伴ったアフィリーシアに、出席者に対してどう思ったかも確認する。

 だがアレジアは自分の思ったことを告げてくれるのに、プレシアとフィリーは何故か護衛の白竜にどうだったかを尋ねる体たらくである。


「いやー、私よりアムの方がそういうのよく分かるんで」

「グラムが顔も見たくないっていうなら却下したいです」


 白竜たちと彼女たちが仲を深めているようなのは結構であるが――お前たちはそれでいいのと問いたい。君ちゃんと令嬢やれてる? と。君が意見を求めてる相手はこれまで山暮らししていた、人の社会を知らない竜であるぞ? と。


「いいんじゃないですか? 自分で決められないなら配下の意見を聞き、その責任は自分で負う。お姉様と同じですよ」

「そっか、そうよね」


 これはどうなの? と軽く聞いてみたアーチェがあっけらかんとそう答えたので、ミスティも気にしないことにした。

 ミスティはアフィリーシアを信頼しているし、その三人が白竜を信頼しているなら、それは受け入れるべきだろう、と。




 そうして、


「グルーミー侯マルドリットが次女クローディア・グルーミー、本日よりミスティ・エミネンシア侯爵令嬢にお力添え致したく存じます」

「プロウズリー伯バースが長女、コラーナ・プロウズリー。ミスティ新聞部長の配下として全力を尽くします」

「オーネイト子爵家次女、ネイセア・オーネイトです。至らぬ身ではございますがミスティ様の一助となれればと!」


 アフィリーシアの誰からも反対意見が出なかった一年生三人が、以後ミスティ陣営として一翼を担うこととなった。

 なおクローディアは姉がオウラン陣営にいる為の生存戦略とあっけらかんと答え、コラーナは新聞を作りたいからとこっちも分かりやすく、ネイセアはミスティが仕掛けた衣食コラボの流行に感銘を受けたからだそうだ。


「転んだ甲斐はあったようですね。数はさておき、裏切りにくい面々ですので人選としては悪くないかと」

「はい。お姉様はまだ二年生です。あと一年半あるのですから、脇を固めるのを優先したのはよいことですよ」


 そうアーチェとシーラに褒められ、ホッとミスティは胸をなで下ろした。

 アーチェが仕掛けてくれた流行発信の勢いを以てしても、たった三人だ。それでもこの三人はミスティが初めて自分で選んで陣営にと求め、それに応じてくれた初めての同胞だ。


「せっかくですので、先ずは四人で二年生後期の活動を進めて下さい」


 アレジアは最近少し目を患って、持ち直しはしたもののまだ慣れが必要らしく(慣れというのがミスティには意味不明だが……)、プレシアは上級ポーション作成へ手を伸ばす為に聖属性を磨いている。

 フィリーは王国魔法陣の解析で家に籠もることを宣言し、然るに後期はその四人で学園社交界を乗り切れと言われて、いきなり側近扱いされた新入り三人は吃驚仰天である。


「……姉がミスティ様に失礼を働いたので干されると思っていたのですが……」

「そんなことをしている余裕はうちの陣営にはないのよグルーミー侯爵令嬢。姉は姉、貴方は貴方よ」

「えっと、いきなり取材に同行ですか? いいんですか」

「以下略」

「わ、私は名ばかり子爵家で実家は男爵家程度の収入しかないのですが……」

「実家の収入で言ったらフィリーやアリーのほうが低いから気にすることはないわ」


 この後期日程、ミスティは勉学の予定が詰め込まれているため茶会に割ける時間が限られている。だからこの三人がミスティの名代として招待を受け、茶会で交わされた会話を纏めて報告するのだ。

 自分の代わりに名代として腹心を茶会に送り出すのは、引く手数多の王妃やウィンティもごく普通に使う上位貴族の基本だ。ミスティがこれまでそれをやらなかったのはアーチェもシーラも忙しくて、単にそれを任せられる人がいなかったからだ。


 クローディアは侯爵令嬢としての通常の交流を、コラーナは新聞に載せる新しい取材用の茶会を、ネイセアはミスティが仕掛けた流行についての茶会をそれぞれ受け持つよう言われ、どうやらミスティは本気で自分たちをこき使うつもりだぞと三人は背筋が寒くなった。

 大変な仕事だ。だがいくらでも主に嘘の報告を仕込める名代を任されるというのは、主からの信頼の証でもある。

 その上、


「貴方たちが必要と判断したら自己の裁量で配下を増やしても構いません」


 とミスティが後押しすれば、この中で地位が一番低いネイセアは若干物怖じしてしまったようだが、クローディアとコラーナは俄然やる気を出してくれたのはありがたいことである。


 少しずつだが、ミスティは前進できている。

 だがその間にウィンティも前に進んでいるだろう。両者の差が縮まっているのか開いているのかはミスティには分からないが――ただ進み続けるだけだ。


 己の歩む道はもうこれだけだと、ミスティはとうの昔に覚悟を決めているのだから。






 

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