■ EX42 ■ 閑話 それぞれの悩み:エミネンシア家 Ⅱ





 ミスティの入浴を終えた後、悩んでいる主を見かねたか、スレイがそっとミスティの髪を梳りながら口を開く。


「全く才のない令嬢、というのもそうそうはいないものです。一つずつ長所を見定め、一つでも褒められる点があれば配下に加えればよろしいかと」

「……そうね。こういう時アーチェならどうするかしら」


 スレイに髪を整えて貰いながら、ミスティはアーチェ・アンティマスクの行動を思い返す。

 アーチェが人を評価するのは、実際に働かせてみた手応えを除けば――


「授業の取捨選択をどのようにしているか、かしら?」

「確かに、アンティマスク伯爵令嬢はそれを重視しておりますね」


 アーチェはあれだ、お前は私の母親か? と疑いたくなるくらい(いや、いずれ義母になるのだが……)学園での授業の取捨選択に煩い。

 一年生の時には乗馬の授業を必須と受けさせられたし、しかしそのおかげもあってミスティはルイセントとフェリトリー領へ向かうことができたし、二年時にはモン・サン・ブランまでの往復の脚として馬を活用できた。


 必要だから、授業を受けさせられたのだ。何が必要かを一年次のミスティは自分で決められなかったから、アーチェが口煩くそれを決めたのだ。

 逆に言えば自分の目標が定まっている者は、それに必要な授業を選んでいる筈、ということになる。


「よし、先ずは将来何を目指しているか、その為にどの授業を受けているか、から取っ掛かりを掴んでいきましょう」

「はいお嬢様。それでよろしいかと存じます」




――――――――――――――――




「能力の高さと性格ってのは比例しないものだと、わかっているけど」


 狙いを定めて幾つかの茶会を終えたミスティだが、再び夕食後の自室で頭を抱えてしまう。

 確かにスレイの言うとおり、ある一点においては能力のある者、というのは結構いた。


 令嬢に求められる技能というのは、茶会においてだけでも多岐にわたる。

 服装、作法、茶とお茶請けの相性、部屋の準備、話術、好き嫌いの事前把握、ゲストの現状把握の為の下調べ、流行の話題、今現在の政治の詳細。茶会に絞ってもこれだけの技能が求められる。


 これらは逆にアフィリーシアが疎い部分でもあるので、そこを補強する意味では使える人材というのもいるにはいるが……


「何で皆ああも攻撃的なのかしら……」


 プライドが高い。誇り高い。そしてある意味狂暴ですらある。

 自分ができることを鼻にかけて、他人より優れていることに絶対の自信を持っている。そして他人の長所を認めない。


 全身鎧で身を固めて馬上槍ランスを手に馬を全速で走らせている騎士よろしく、立ちはだかるものを蹂躙する。

 一度そういう態度をやんわりと窘めてみたこともあったのだけど、その結果が、


「エミネンシア侯爵令嬢は私の才能を鼻で笑ったばかりか、男爵家の令嬢にも劣ると馬鹿になさるのですわ!」


 なんて縁を切られて噂をばらまかれる始末である。これにはミスティも逆に凄いと感心してしまった。いや、感心している場合ではないのだが。

 そこにオウラン陣営も荷担した結果としてミスティへの招待状はかなり激減することになってしまったし、アーチェらが言うようにミスティは見事にすっ転んでしまったわけである。


 まあ、感心してしまったくらいなので、ミスティ自身は痛みもなくすぐに立ち上がれたのは幸いだが。




――――――――――――――――




「駄目だわ、アーチェやシーラに後光ハロウが見えてきちゃった」


 そうやって転んでみてからのミスティには、アーチェやシーラがもはや天使か女神のようにしか見えなくなっている。


 アーチェとシーラはお互いの思考と能力を認め合い、尊敬し、その上で相手の欠点を見つけるや否や素早く指摘し、その指摘を感謝と共に受け入れる関係だ。そして二人してミスティの欠点を容赦なくあげつらってくる。

 ミスティからすればこの七年間ずっとそれが当然だったのだが、当然だと思っていたのは自分だけだと今更気付かされたのだ。


 ミスティ陣営のように、互いの欠点を容赦なく指摘し合い、それに感謝するのは令嬢たちの普通ではないのだ、と。

 普通の令嬢たちは欠点を指摘されると、どんなに言葉を丸めても指摘されたと感じた時点で、勝手に侮辱されたと傷ついて怒るのだ。


「こう言っては何だけど、使いやすい人材ってあまり転がっていないものね」


 己のデスクで、これまで茶会で出会った面子の情報を整理していると、思わず溜息が零れてしまう。

 空き時間の全てで令嬢と茶を交わして、陣営に是非にと誘いたい相手がほとんどいないのだ。


「当たり前ですよお嬢様。よい人材がいればまずオウラン陣営が確保するに決まっているではないですか」


 ああ、とミスティは今更ながらに思い出した。

 最大陣営はオウランなのだから、そこからあぶれたものしか自分のところにはこない、当然の話だ。


 今の自分に寄ってくるのは、何らかの理由でオウラン陣営が不要とした人材だ。使い勝手のよいものなどそうそう手に入るはずもない。

 もしくは家の保険や繋ぎのためにひとまず取り入っておこう、なんて親に言われて来るものもいるだろうが、それはしょせんかすがいに過ぎない。保険はあくまで保険であって主力ではないのだ。


「……とすると、選び方を変えないと駄目ね」


 オウラン陣営に対抗することばかり意識して「即戦力になるものを、優秀なものを」とミスティは考えていたが、優秀かつ使い勝手のいい面々はオウラン陣営にもう奪われていると思った方がいい。

 とすればミスティが狙うべきは――






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