■ EX42 ■ 閑話 それぞれの悩み:エミネンシア家 Ⅰ
『せっかくの機会ですので、お姉様は今冬は私たちに縛られず自由に動いてみて下さい』
という配下からのお言葉により、アーチェとシーラという
「……つくづく、私ってば環境に恵まれた状況でこれまで生きてきたのね」
自室にて今日のお茶会を振り返ったミスティは、改めて自分がどれだけ幸運な娘であるのかを再認識した。
アーチェとシーラの指示通り、幾つかのお招きに応えてアフィリーシアを伴い茶会に参加したわけであるが、
「どうして私を褒めながらプレシアたちを貶し、それで自分は私の味方だ、と言い張れるのかしら……」
子爵家以上の令嬢の八割方が、まずプレシアたちを貶して自分の優位性を語り、お役に立てますと主張してくる。
アーチェたちが、「そんな奴でも味方は味方」というので付き合いを何度か続けてみたが、どう見てもこのご令嬢がた、アフィリーシアより先見の明がない。
なんというか、視点が学園社交界で留まっていて、そこから先に広がっていかないのである。
「こう申し上げては何ですが、社交界の外を見ている令嬢の方が少ないものですよ」
スレイにそう窘められて、いささか増長していたか、と思わなくもないのだが、
「でもスレイ、あれ、あの子たちと私はどうやって付き合っていけばいいの? 総合的な能力に関しては男爵令嬢でしかないアリーたちの方がよっぽど上よ?」
それが最大の問題なのだ。
これまでアーチェやシーラに付き従い、男爵家の再建や対魔族戦、新聞の取材と記事の取捨選択を行なってきたアレジアたちのほうが、明らかにあらゆる面において上だ。
無論、茶会という狭い環境のみを考えるのなら、アフィリーシアでは子爵令嬢以上には敵いっこない。だが王家を支える側近として見るなら、国内外の状況を前提として視野に入れて考えているアフィリーシアの方がよっぽど頼りになるのだ。
しかし子爵家以上の令嬢たちは自分たちの方が実家の爵位が上、というだけでアフィリーシアを徹底して下に置こうとする。
これを容れればアフィリーシアは間違いなくミスティを恨むだろうし、じゃあアフィリーシアを立てれば今度は味方を増やすことができない。
「アーチェは無能でも頭数は頭数だから確保するもよし、しかし敵に回す愚だけは絶対に犯すな、って言っていたけど……」
どう考えても
「王妃ともなればそれが日常ですよ、お嬢様」
スレイの忠言がミスティの耳に痛い。
実際その通りなのだ。アルヴィオス王国二百諸侯は封建制と王制の中間みたいな社会で生きている。
即ち王に対しては臣従しているが、各貴族家それ自体の政治は独立に近く、利害を巡って対立するのが常である。
即ち彼方を立てれば此方が立たない、という状況が常態化しているわけで、これを捌けないようでは確かに王妃失格なのだろうが……
「あえて言うなれば、お嬢様。お嬢様は部下に求めすぎております。アレジア様やフィリー様のように働ける男爵令嬢がまず異常なのですよ?」
「……やっぱりそうなのね」
ミスティもそれは頭では分かっているつもりなのだ。だからこそ自分はつくづく恵まれている、と客観的に考えられているのだから。
ミスティ最大の幸運にして欠点は、最初に得た二人の配下が部下として恐らく文句の付けようがない――どころか、どれだけ感謝をしてもし足りない存在であったことだろう。
堅実で忠誠心が篤く、学んだことをすぐに身につけ応用できるシーラ・ミーニアル。
不敬極まりないが、視野と知識は広大無辺で国の内外を、その過去と未来まで交えて検分しているアーチェ・アンティマスク。
ミスティを決して裏切らず、ミスティに降りかかる問題に親身になって取り組んでくれる、頭脳明晰な二人。
ミスティより優秀なのに、ミスティを全力で支えてくれる二人。それでいてミスティの不備を、過負荷で潰れないようにガンガンとミスティの補強を済ませ終えてから、徹底的に指摘してくる二人。
本来ならこのような忠誠心と鬼才を兼ね備えた人材など、凡庸なミスティが配下に欲するなら三顧の礼ですら足りないような、貴重な人材であるはずなのだ。
「闇神の加護を授かったあの絶望の中で初めて得た部下が、ウィンティ様ですら得難いほどの国内最高の逸材だったとか。私はどれだけ幸運な女なのかしらね」
主たるミスティ自身の価値が然程でもなかった――と言うより底辺だった七歳の頃から、侯爵家どころか国を基準に考えても配下として比類無し、としか言い様がない二人が両脚としてミスティを支えてくれているという、この奇跡。
これ以上理想的な配下など存在せず、しかし労せずして最初に得た部下がそれだから、ミスティが部下に求めてしまう条件は極めてミスティにとって都合のよいものになってしまう。
その都合の良さにアフィリーシアがある程度応えることができてしまっていることも、更に問題をややこしくしているのだ。
ただそれでも、自分が都合のいいことを部下に要求しようとしている、とミスティが驕らずに判断できているのはやはり、シーラとアーチェの教育が功を奏しているからだろう。
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