■ EX39 ■ 閑話 それぞれの悩み:フロックス家 Ⅱ







「できることを増やすって、どうやって?」

「貴方の目を弄る。それで貴方には常人に見えないものが見えるようになる」


 ストラム曰く、アララールが眼の子と呼ばれるシュガール一家は常人より優れた目を持っているとのことらしい。


「姉弟で一番優れてるのはアムだけど、私でもそれなりには視えるし。その視点を貴方に移植する」

「それって……そんな簡単にしていいの?」

「問題ない。これまで私たちの眼を受け入れた人間は半分が失明して、半分が自殺したらしいから」


 至極当然のように言われたアレジアはやはり、と額に手を当てて呻く。

 もういい加減、世の世知辛せちがらさに慣れきったアレジアはそんなうまい話がないことくらいはとっくに理解しているのだ。


「……それ、移植しちゃ駄目なんじゃ」

「私たち的には不具合はないから。それで困ることもないし」


 なるほど、とアレジアは理解した。要するにストラムとしてはアレジアが万が一人間が持ち得ない能力を得るもよし。

 仮にアレジアが失明したり自殺したりすればアレジアはお役御免になるし、そうなれば自分はもう少しマシな仕事を割りふられる筈という目論見らしい。


「つまり私が死ぬのを期待してるのね」

「え、違う。どちらかというと貴方にお金儲けてもらってご飯沢山食べたい。御子の家では……その、肩身が狭いし、けど貴方の部屋は居心地が良い」


 ただそんなアレジアの自嘲にストラムは本気で驚き、拙いなりに己の心境を紡いでアレジアの言を真っ直ぐに否定した。

 一応ストラムからすればフロックス家のまま、アレジアが食事を増やしてくれるのが最も好ましいということのようで、


「誰にだってやってあげるわけじゃない。してあげてもいい相手にだけ。神器の御子には絶対やらない」


 フロックス家の他の面々はさておき、どうやらアレジアはストラムにいたく気に入られたということらしい。

 実際のところミスティ陣営で最も柔軟、かつ他人に気を使えるのがアレジアである。というか他の連中がトゲトゲ個性の塊であるので、ある意味アレジアの緩衝能力が磨かれたのは当然の帰結なのだ。


「どうする、やる?」


 アレジアは大いに逡巡した。何せ能力拡張か死かのほぼ二択である。

 このままを維持してもアレジアとしては致命的なことはない。ただ役目と立場を失うだけで、ミスティ陣営立ち上げ初期からの面子なのだし派閥から切られることはないだろう。

 そういう意味ではヴィンセントが王位に就くまではアレジアの命は安泰である。


 対してストラムの提案を受け入れ失明の方を引いたら陣営に残るどころか貴族として終わりだ。

 目の見えない男爵令嬢など、次期当主であるあの兄が切るだろう。

 アーチェが何を言っても最終的に一族の者をどう使うかは当主に決定権がある。

 アーチェが圧力をかけても、あの兄はミスティ陣営からの圧力など無価値と断ずるに違いない。あの兄の中ではまだミスティ陣営は弱小で評価に値しない集団という認識が改まっていないのだろうから。


 父親の仕事ぶりはしらないが、アレジアは兄の政治的センスを全く信用していなかった。そんな兄を掣肘しないのだから父も同じなのだろうと、そう考えている。


 そんな環境で。失敗したら身の破滅で、しかし破滅の可能性のほうが高いのだ。しかも身につく能力がどんなものかはストラムには上手く説明できないらしい。

 これに身を預けるなどまさに狂人か分の悪い賭けが嫌いじゃない、やはり狂人の所業である。


 だからこそ、


「ええ、お願いできる?」


 アレジアはあっさり決断する。

 今後ミスティ陣営が拡大すれば、自分程度の才能なんてゴロゴロ転がり始めるだろう。

 それが悔しいか否かで言えばやはり悔しくはあるが、それよりも自分の存在がアーチェの役に立てないのが何よりも悔しいのだ。


 自分が平均に埋没することは一向に構わない。自分に才能がないことは誰よりもアレジア自身が理解している。

 だが自分を手元に置くことがアーチェにとって何らの利益もなくなるどころか害にすらなるなら、それこそがアレジアにとってもっとも許しがたいことだ。


 才を得るなら良し。得られないならそれこそ死んでしまえばよい。

 最早身の丈に合った別の主を仰ぐ気など、これっぽっちもアレジアの選択肢には存在しない。


「いいけど、本当にいいの?」

「ええ」


 ここで命を懸けるに足る扱いを、これまで十分にアレジアは受けてきた。無償で教師を付けてもらい、普通の男爵令嬢ならばあり得ない破格の経験を積んでいる。

 ましてやこれからの王国を左右しかねない情報まで与えられ、それに対して意見することすらできている。だからこそ、


「私が私として今後のアーチェ様のお役に立つには、今のままではいられないもの」


 自分の能力の限界をアレジアは聡く感じ取っていた。これから先は更にミスティ陣営は綱渡りを強いられることになる。

 いや、ミスティ陣営だけの話に留まるならありがたいもので、ことはディアブロスとアルヴィオスの生き残りにまで発展しかねないのだ。

 そんな状況で今の自分が役に立てることなど何もない。

 知恵も経験も力も財もないアレジアに差し出せるものはだから、自分の未来ぐらいしか残っていないのだ。


「やるなら【治癒】役が必要なんだけど、ポーションでもいい。ある?」

「ええ、中級と初級が一つずつ、アーチェ様に持たされているから」

「ん、なら寝る前にやろう。翌朝には結果が分かると思う」


 そうして身の回りのあれこれを片付けいざ就寝、となったところで、


「蓋開けた中級ポーション準備して寝てて」


 ガリッと己の人差し指と中指の先に噛み傷を作ったストラムがアレジアの枕元に腰を下ろし、


「よっと」


 前ぶりも躊躇もなく逆の手でアレジアの口を塞ぐと、その血に濡れた二本指をアレジアの両眼へと突き立てる。


「――――ーッ!!」


 アレジアの悲鳴が漏れるより先に、目玉の奥まで深々と突き刺さった指を引っこ抜いたストラムがポーションをだばだばアレジアの両目に振り掛け、涙のように零れるそれを己の指で掬ってついでに噛み傷を癒やす。


「はいおしまい。明日が楽しみだね」


 じっとりと全身冷や汗塗れのアレジアの心臓は今や早鐘のようで、口を解放されても荒い呼吸しか繰り返せない。

 眼球はポーションで癒やされたようだが、まだ肝心の視力は戻ってきていない。傷の取っ掛かりもない、滑らかな瞬きができるから眼球は元通り癒えたようだが、視界は未だ閉ざされたままだ。

 この視界がちゃんと開けるか否かは――神ですら知りようがない話だろう。






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