■ EX38 ■ 閑話 それぞれの悩み:フェリトリー家 Ⅳ







「勉強、勉強かぁ」


 だが、そう呟きつつもプレシアは考えざるを得ない。


 二人は今、場の空気の悪化が耐えがたくて半ば示し合わせたかのように無難な方向へ話を収めたが、それで現実に変化が訪れるわけでは無い。

 依然としてアムが最初に指摘した、『プレシアに責任を負う覚悟がないから強さを拒絶している』という事実に変わりはないのだ。


 今回は運良く【治癒】が間に合いアーチェは一命を取り留めた。だが、だがもし誰かが今後プレシアの医療知識と【治癒】を以てしても癒せない程の重傷を負った場合、自分は果たして何を思うのか。


 所詮は庶民シンシアの娘だから駄目でも仕方ない、という免罪符を自ら破り捨て、地殻活動すら抑え込むという魔王に比肩する存在であることを認めるのか?

 その結果として遠くない未来に起こるかもしれない戦争時、対魔王戦に投入されることを良しとするのだろうか?


――私一人なら、絶対に嫌だ。


 たった一人で魔王と戦うなんてプレシアは絶対に御免だ。もしその命令を国王が下したら、いっそ首吊って死んでやるのもやぶさかではないとすら思う。そのまま国が滅びればざまあみろだ。


 だが、だがしかし。

 もし誰かとともに魔王と戦うなら、己はいったい誰と一緒なら恐怖も不安もなく戦うことができるだろうか?


――そんなの、決まってるじゃない。


 その人は絶大な魔力を秘めているわけでもないし、沢山の軍勢を指揮できる地位にいるわけでもない。

 特別ではないと先程アムに保証されてもいるし、しかも今は片腕が動かなくて、仮に動いても加護はハズレで突出した武力はない。


 だが、それでも。


 断言できることがある。

 プレシア・フェリトリーが仮に無様な死を遂げたとしても、その横に彼女がいてくれるなら多分、それは何一つ後悔することのない生き様だったのだと思える。

 この人とならたとえ行く先が冥府魔道であろうと、プレシア・フェリトリーは恐れずに進んでいくことができる。


 そう、思い返してみれば、


「なんだ、悩むことなんてなかったじゃない」


 プレシア・フェリトリーはアーチェ・アンティマスクと共に生きて共に死ねるなら、たとえアルヴィオス三千万の民と二百諸侯を巻き添えにしてもなんら恥じることなく悔いもしない。


 あの時、学園の中庭で。

 誰一人手を差し伸べてくれない、誰もが己を視界に留めては唾棄し嘲笑するあの場所で伸ばされた手の温かさを、プレシア・フェリトリーは生涯忘れることはないだろう。

 それに、自分がどれだけ及び腰で逃げ出しても決して見切りを付けず、教養を、文化人としての価値が少しでも上がるよう絶えず尽力してくれた恩義も、永久に。


 聖属性なんぞおまけだと断言し、プレシアが一人の男爵令嬢としての価値を持ちうるように根気強く手助けしてくれていたのだと、そう理解した時の胸の温かさを、プレシア・フェリトリーは絶対に忘れない。


 そう、この手をアーチェ・アンティマスクが掴んでくれている限り、プレシア・フェリトリーは決して絶望しない。諦めない。力を振るうことを後悔しない。

 己の道を、彼女が切り開いてくれることを信じているから。その存在が、己に勇気を与えてくれるから。


――でも、甘えているだけじゃ本当に駄目だ。私より魅力的な人なんてアーチェ様の周りにはいっぱいいる。


 何よりアーチェの比翼たるを狙っている者は、既にアーチェは婚約済みだというのに信じられないほど沢山いるのだ。

 アーチェは案外純情なのか今のところ婚約者であるバナール・エミネンシア以外を恋愛対象と見做していないようだが……それはつまりプレシアもまたアーチェの横にこのまま一生いることはできないということでもある。


――そんなのは、嫌だ。


 現時点では国がアーチェとバナールの婚約を認めていて、それをプレシア・フェリトリーの権利で覆すことはまかりならない。

 だが、だがもし仮にデスモダスとやらがアーチェを奪いに来て、バナールがアーチェを守り切れなくて。そしてバナール以外の誰かがデスモダスからアーチェを奪い返せたなら、その者にはバナールはアーチェに相応しくないと関係を否定する権利が生じる。

 自分の嫁一人守れない男など国も肩を持つまい。そういう意味ではまだ勝ち目は残されている。

 だが、その為には。


――力が、必要だ。


 アーチェ曰く、そのデスモダスは歴代魔王をも抑え込めたからこそ国の要としてディアブロスに君臨できているらしい。

 であればプレシアもまたこのままではいられない。こんな弱々な聖属性で、魔王国最強からアーチェを奪い返すなんてできるはずもない。


 プレシア・フェリトリーには力が必要だ。強くなって、力をつけて、そして。


――アーチェ様は渡さない。エミネンシア侯爵閣下にも、アイズ様にも、ケイル様にも、フレイン様にも、ダートさんにも、デスモダスとやらにも。誰にもだ!


「御子様、わりと雰囲気が変わりましたね。今はストラムとは随分と違うみたいです」

「……そう」


 まだしがらみや不安が足を引っ張っていて、完全に吹っ切れてはいないけど。プレシア・フェリトリーの人生はこれで定まった。あとはその濃度の違いがあるだけだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る