■ EX38 ■ 閑話 それぞれの悩み:フェリトリー家 Ⅲ






「どんな感じに視えてるのその眼」

「えっと、説明しにくいです。どう言えばいいかな……その、鼻のない生き物に匂いについて語るみたいな感じで、多分わかってもらえないかと」

「あーうん、分からないけど説明が難しいってのは分かった気がする」


 と、いうよりプレシア自身、匂いについて説明するとなると既存のものになぞらえて説明するぐらいしか、うまい方法を考えつかない。

 例えばバナナのような匂い、とか言われてもそれはバナナの匂いを知っていることが前提になるわけで、香りを嗅ぐ機能がない者には絶対に伝わらない。

 自分が知覚できない情報について聞くのは、ならば最初から通訳を通してしまった方がいいだろう。


「それで、私が強くなりたくないってのはどういうこと?」

「ええと、はっきりそうだということじゃないんですけど……御子様は在り方がストラムに似てるんです」

「ちょっと! あれより私のほうが絶対マシだって、一緒にしないでよ!」

「あ、その、威張ってた時のストラムじゃなくて、山に居たときのストラムです。あの子、甘えん……いえお母さんのことが大好きで」


 アム曰く、特殊能力はアムが、力押しはグラムが長じていて、ストラムはその中間、平均的な能力に収まっているらしい。

 ……表向きは。


「表向き?」

「ストラムは山では珍しく強化バフが得意なんですよ。自分の強化もできるっぽいので、それを駆使すればグラムとも互角に戦える、筈なんですけど」

「筈、ってことは出来ないんだ。なんで?」

「その、できなければまだお母さんに甘えていられるし、何より危険な責任を負わなくて済みますから」


 そのアムの一言は、まさしくも錐の一突きとなってプレシアの心臓に突き刺さった。


「私、そう見えるの」


 なるべく穏やかに語ったつもりのプレシアだったが、その剣呑さは隠しようもなく声音からボロボロと漏れ出している。


「ぐ、具体的にそう、というわけではないです。ただ色と流れがストラムに似てて、ストラムがそういう性格だからそうだと……思った……だけで」


 アムが尻すぼみになってしまうのと同程度に、プレシアもまた暗く気持ちが沈んでいってしまう。


 心当たりは……ある。

 確かにプレシアはアーチェの配下でいたいし、特別な才能なんて欲しくもなかったし、もしそうであれば今だってまだアーチェ云々以前にシンシアと親子仲睦まじく、レリカリーで貧しくも小ぢんまりした温かさの中で生きていられた筈だ。


 全てはプレシアに聖属性が発現してからおかしくなった。これは自分が本来歩む人生ではない、と心のどこかで考えている自分がいる。

 自分の手に負える力じゃないんだから、偉い人の指示に従っておけばいいと考えている自分がいることをプレシアは誰よりもよく知っていた。


 だってプレシアはプレシア・フェリトリー男爵令嬢なんて御大層な肩書きが似合う筈もない、みそっかすで、ありふれた、どこにでもいる村人に過ぎない。

 その、筈なのだから。



――特別には、なりたくない。そんなもの私には背負えない。



 それを背負うべきはミスティ・エミネンシアのような上位貴族やアーチェ・アンティマスクのような天才であって、まかり間違っても自分のような元村人ではないはずだ。


「特別なのはアーチェ様だよ、私なんかじゃない」

「いいえ、特別なのは神器の御子様です。あのアーチェ様という方には何ら特別な力はありません。その……心がかなりお年を召していらっしゃるように見えますし、首飾りはとんでもなく危険なものですが、それだけです」

「そんなことないよ! アーチェ様はすごいんだもん! 適当なことを言わないでよ!」

「……適当じゃありません。あの方にできることは全て他の誰かにもできることです。少なくとも私にはそう見えます」

「ならその目がおかしいんだよ!」

「かもしれません。私のように見える竜は他にはいないようなので、私は私が見たようにしか語れませんから」


 プレシアの叫びを前にしても、あの夜にストラムと狂獣ルナーシアの間に立ちはだかったように、根底ではアムは絶対に譲らない性格のようだった。


「でも、出鱈目ではありません。少なくとも御子様はストラムに似てますし、ストラムはそういう性格です」

「じゃあ何? 私には本来ならアーチェ様の腕なんて簡単に治せるのに、国を背負う覚悟がないから私にはアーチェ様の腕を治せない、全て私が悪いってわけ!?」

「いえ、どう考えても悪いのは怪我させた人だと思います」

「死んだ人のことはどうだっていい! 今アーチェ様を治せるか治せないかだけを私は言っているの!」


 掌に掴んでいた中級キュアポーションが床に叩きつけられる。ただ極めて頑丈にできているポーション瓶は割れることなくただ一度跳ねて転がり、アムの足元にて静止する。


「全て私の覚悟次第っていうならこんなの作っても意味ないじゃん! 医学の勉強も!」

「いえ、人間にはアストラル界を読み取れないので、正常な肉体の動きを理解してそれを押し付けることは、治癒の効果を高めてくれる筈です。アーチェ様の指導は理にかなっています」

「じゃあなんでアーチェ様の腕は治らないのよ!」

「それは私たちがどうして腕が動いているのかを知らないからです」


 アムがシュガールから聞いた話によると、正しいと言われている医学を学び、それを参考に【治癒】をかける。それで【治癒】の効率が上がるか変わらないかを探ることにより、聖人アスクレスは当時としては飛躍的な医療技術の向上を成し遂げたらしい。


「ですので御子様も諦めず試行錯誤を続ければ軛を外さずともアーチェ様の腕を治せるようになるはずです」

「あがぁああっ! 今度は勉強不足じゃん! やっぱり私が悪いんじゃない!」

「そ、それは私にはなんとも言い難いです」


 結局は己が悪い、という点に帰結してしまうプレシアであるが、それでもアムと会話し出した当初よりかは前向きになることができていた。

 どうやら国を背負う覚悟などしなくとも、アーチェの後遺症を癒やすことができると分かったからだ。






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