■ EX38 ■ 閑話 それぞれの悩み:フェリトリー家 Ⅱ
懸想されている? ということは……ベティーズの知識に誤りが無ければ慕われている、ということの筈だが。
「……何故?」
「あの晩に彼女を護るようにルナーシアの前に立ちはだかったではありませんか」
何を今更、みたいな態度をわざわざシーバーが見せているのは、それだけベティーズが鈍感だと暗に教えてくれているのだ。それは分かるが……ベティーズにはどうしても納得がいかない。
「私は騎士団の模範としてそうしただけだし、そもそも私より彼女の方が強かろう?」
「その強くなければ価値がないみたいな騎士団的思考はそろそろお止めになった方が宜しいかと。アンティマスク伯爵令嬢に呆れられますよ」
もう当主なんだから脳筋は止めろ、と言われてベティーズは小さく呻いた。
「アムが奥手でようございましたな。彼女が積極的なら今頃こうも鈍い旦那様など力ずくでベッドに押し倒されておりましょうぞ」
「……怖いことを言うなシーバー」
確かに力比べとなったらベティーズはどうあってもアムには敵うまい。なにせ人の姿を取っているだけの、彼女は最強たる竜種なのだから。
彼女に力ずくで押さえつけられている自分を想像したベティーズは、あまりの虚しさにその思考を振り払った。頭では勝てないと分かっていても
「よい機会ではございませんか。アンティマスク伯爵令嬢にも妻を迎えてはと勧められておりましょうに」
「笑えない冗談は止めろシーバー、白竜をお義父様と呼べというのか?」
そうベティーズが顔をしかめると、途端にシーバーがいっそ怖いほどに表情を引き締める。
「私は貴族令嬢と旦那様が婚約すればアムも諦めがつくだろうと申し上げたかったのですが……そちらがお望みであればどうぞそのように」
そっちを検討するとかもしや少女趣味か? とシーバーに問われてベティーズは頭を振った。
まだベティーズには貴族的言い回しは難しいようであるが、そのようなことを言っていられるモラトリアムなどもうとっくに失われている。シーバーが指摘したいのも多分その点だろう。
平たく言えばシーバーはアーチェと同様に、いつまでも言い訳してないで自分を支えてくれる伴侶を探して子を作れ、と言っているのだ。
これは子を作るのは貴族の責務という話だけでなく、プレシアに護衛が必要な状況であるなら、万が一プレシアが失われても家が傾かぬように支柱を増やせ、という意味でもあろう。
未来はさておき、今年のフェリトリー家の収入はほぼプレシアのポーション頼みである。嫁を貰ってパイプを作れとシーバーが言うのは侍従として至極当然の指摘。
シーバーは既に名実ともにフェリトリー家の忠実な家臣なのだ。家の存続を第一とするのはシーバーからしても最優先事項なのである。
「当主の責務か……」
王国貴族にとって婚姻とは仕事であって幸福実現の手段ではない。
真、楽ではないなとベティーズは溜息を吐いた。平民にとっては憧れの世襲貴族ではあるが、その実態はかなり息苦しいものである。
あるいはアーチェを嫁に迎えるエミネンシア侯爵程ともなれば、もう少し楽に生きられるのだろうか。それもベティーズには分からないことだった。
――――――――――――――――
「はぁ……」
完成したばかりの中級キュアポーションを手に取って、プレシアは重苦しい溜息をつく。
品質には問題はない。騎士団に協力してもらって、こちらもある程度品質向上の絞り込みは終えている。
作るそばから売れていくポーションは、だからプレシアの知らないところで今も誰かの怪我や病を癒やしているのだろう。
「これがいくら売れてもアーチェ様の腕が治るわけじゃないんだよなぁ」
誰に語るでもない独り言だ。調薬中はルナーシアの仕事がないため、この時間は使用人として家事に精を出している。
逆に言えば一人になりたい時は調薬をすればいいわけで、プレシアは専ら最近はそんな感じで調合室にこもっている。
ハァ、と再び溜息。
アーチェは気にしないと言っているが、やはりふとした瞬間に不具合を感じるのだろう。
これまで流れるように美しかった貴族としての身のこなしが、最近は妙に固まることが多くなっている。
なんてことはないと笑うアーチェの笑顔を見ていると、プレシアは胸が締め付けられるような息苦しさを覚えるのだ。
「なんで私、こんな役立たずなんだろう」
やれ神器の御子だなんだと言われても、その実プレシアには何よりも大切な人の腕一つすら癒せない。
その程度の力しかないものをわざわざ殺したい人がこの世界にはわんさかいて、それにアーチェは巻き込まれて治らない怪我を負った。
アーチェは己の業であり自業自得の負傷だと言っているが、そもプレシアを殺したい者がいなければ、リブニット準男爵もあのような凶行には及ばなかったのだ。
リブニット準男爵とて国を出る算段が付かなければ行動は起こさなかっただろうし、アーチェの自業自得だけでは断じてない。プレシアの存在が、やはりアーチェの腕を傷つけたのだ。
「どうやったらもっと、アーチェ様の腕を癒せるほどに強くなれるんだろう」
「強くなりたいんですか?」
「ひゃわっ!?」
いきなり合いの手を差し挟まれてプレシアは小さく悲鳴を上げる。
気づけばプレシアの調合室には給仕を終えたアムが戻ってきていて、そのアムにさも意外そうに問われるのがプレシアには納得がいかない。
「そ、そりゃ強くなりたいに決まってるよ。私がアーチェ様の腕を治したいって思うことがそんなにおかしい?」
そう半ば八つ当たり気味の口調で突っかかるも、アムはアムでやはり不思議そうに首を傾げるのみで。
「え、でも、私には御子様は力を抑えたままでいたいように視えるんですが……」
「へぇーふぅーん。ドラゴン様はそんな人の態度が分かるほど人生経験豊富なんだ。山ぐらしなのに凄いねー」
「ええと、山ぐらしと視界ってどう関係するんでしょう?」
うん? とここに来てプレシアはどうにも己とアムの会話が噛み合っていないことに気が付いた。
「もしかして視えるって……感覚的にそう見えるんじゃなくて目に映ってるの?」
「ええ、はい。と言っても感覚的ですけど」
うん? と両者はお互い顔を突き合わせて首をひねる。
話し合いの結果、プレシアは視覚を感覚的とは捉えていない一方で、アムにとって視覚野は感覚の一部に入るという事実に行き着いた。
「よく考えたら種族が違うんだもんね。同じ言葉使ってても意味合いが違うなんて当たり前かぁ」
視覚も五感という感覚の一つだという揚げ足とりを無視すれば、プレシアにとって見たものはパッと把握できるから感覚的と見做していない。だがアムにとってはそうではないのだ。
どうやらアムにとっては視覚というものは解析と直感が必要な情報であるらしいと。
「私は姉弟の中で一番目が良いので余計に感覚的になるんですけど」
「? 目がいいと感覚的になるの」
「え? ええ、だって目がいいってことはそれだけ色々なものが見える……ってことですよね?」
「ふぉお、そこからしてまず言葉の意味が違うのかぁ」
いずれにせよアムは三姉弟の中で一番物理的には弱く、しかし一番各種情報の感知能力が高いということらしい。
その一方でいろんな情報をたった二つの瞳で処理しているため、どうにも反応がワンテンポ遅れるのだそうだ。
この子がすっトロいのもちゃんと理由があったんだなとプレシアとしては少し反省である。
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