■ 151 ■ あれ、時報は? Ⅴ
「しかし、アーチェは何故ディアブロス王国に侵入を?」
改めてソファに座り直し、お茶を頂きながらバナールがそう切り出してくるが、これ言い方に注意しないとバナールがカップを落とすね。
「ここで話した内容は、バナール様の胸の内一つに留めて頂けますか?」
「アーチェが用心深くもそう前置きするのであれば、ああ。約束しよう」
バナールの人格は私も信頼しているので、頷いてくれたならもうぶっちゃけて大丈夫だね。
バナールのカップがソーサーに戻されるのを見計らって、改めて紅茶で湿らせた口を開く。
「元々は、何故お父様が養子にアイズを選んだか、という所からなんですけど」
アイズは貴族の養子としてはそこまで優良ではない。魔術師としては類稀な才があるけど、平和な世ではそれは最優先される項目ではないからだ。
加えてイナードヴァン男爵に対する反逆、患っている目と中位貴族としてかなりの欠点を抱えていた。
なのに何故お父様がその欠点を受け入れた上で、殺意の高い攻撃型魔術師のアイズを養子にしたのか。
「それを考えた結果として、お父様は戦に備えているのではと仮定しました。それを踏まえた上で情報がない仮想敵国がディアブロスだけだったので、知識を仕入れておこうかなと」
お父様が魔族と通じている証拠はまだないからこれだけは伏せて、しかしお父様が戦に備えているっぽいことだけを告げると、
「成程、グリシャは何処からか戦の可能性を嗅ぎ取っていたと」
「はい、お父様も他人に用心を訴える程の確たる証拠などないと仰っていました。なのであくまで自領の範囲で備えているだけのようですが」
特に疑うことなくバナールも納得してくれたようで一安心だよ。
「まぁ、私も流石にディアブロスが人間を血液袋扱いする国だと知ってれば行きませんでした。逆に言えばその程度の情報すらもこの国にはなかったから行かざるを得なかったわけですが」
ただまあ学生に魔王国民の生態を周知できたし、多少は国のためになっただろう。
「家の為国の為よりアーチェにはまず自分を大事にしてほしい、と私は願わざるを得ないな」
「すみません、もう私一人だけの身体ではありませんでしたね。反省しております」
今回は腕だから良かったけど、子供産めなくなったらエミネンシアの跡継ぎを産むという合意が果たせなくなるもんな。
「これは責めるつもりではなく純粋な疑問なのだが、自分で行かなくても良かったのではないかい?」
「情報を得るだけならそうでしょうね。でも私がこの目で違う世界を見に行きたかったんですよ。バナール様だってそうやってお父上にナイショで海を渡られたのでしょう?」
以前お姉様に聞いていた、バナールが海の向こうでお姉様の母親と初めて会った時の話。
親にナイショでバナールが交易船に忍び込んだという話を持ち出すと、
「ミスティから聞いていたのか。成程、私が言えたことではないね」
バナールが着恥ずかしげに顎をさすってあからさまに私から視線をそらす。
あらあら、お可愛いことで。
「つまりは、精神的成長を遂げてアーチェは帰ってきたということなのだろう? 知的好奇心旺盛な婚約者は宝だと私は思うのでね、今後とも宜しく頼むよ、アーチェ」
「エミネンシア侯爵閣下の広大無辺なご配慮に感謝を。至らぬ身ではありますが、以後誠心誠意エミネンシア家の為に尽くす所存にございます」
「バナールだ、アーチェ」
「はい、バナール様」
まあ何にせよバナールとは婚約維持ということで一先ずは安心かな。
本当、良縁だよね。この縁を結んでくれたって一点だけで、お父様を恨めなくなっちゃいそうだよ。困ったことにね。
バナールとの茶会を終え、しばしの時間を今の自分の動き方の把握に努める。
その最中に試しに弓を持ってみたところ、
「あれ、引ける?」
どうやら弓神は何が何でも加護持ちに弓を引かせたいのか、手に弓を携えている間だけ腕力と握力が復活していることが判明した。
まあ、だからって伯爵令嬢様が日常的に弓を握っているわけにもいかないのでね。
日々の生活が向上するわけじゃないけど、非常時の戦力が落ちていないことは少しだけ安心したよ。
弓神の加護持ちが弓も引けないんじゃ、マジでただの足手纏いになっちゃうもんね。
しかしあれだね、弓持っている間だけ身体が動くっての、
「コクピットの中で致した主人公を思い出すわね……」
ガン○ムと繋がってないと身体が動かないからガン○ムの中でおせっせするとか、いやホント凄ぇよミカは。
なーんて馬鹿な事言ってないでこのヒントを私のトレーニングに生かせないかと考えてみたけど、結果は芳しくなかった。
掌サイズの弓とかを持ってみても握力は戻らず、要するにちゃんとした殺傷用の武器じゃないと加護は得られないみたい。弦張ってない弓本体だけでも駄目。やはり横着はできないみたいだね。
某ベルセルクさんとかみたいな装着型ボウガンだとどうなるかは興味あるけど、あんなものこの国の技術じゃ作れないし、何より私の腕が重量に耐えきれないだろう。はぁ、私ってば貧弱貧弱ゥ!
「姉さんが無理に戦場に立たなくても僕がアンティマスク家として戦うのに……」
あれこれ実験する私の横でアイズはそう私のことを心配してくれるが、私にも貴族としての矜持がある。
「貴族としての利益を享受している以上は義務を疎かにしたくないのよ」
いざという時は国防の為に戦うからこそ、私たちには民から税を吸い上げる権利が与えられているわけだからね。
私は無能ではあっても卑怯者にはなりたくないのでね、戦えるなら戦うさぁ。
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