■ 151 ■ あれ、時報は? Ⅳ
いずれどうせ、プレシアは真なる時報へと直面することになるのだから。その苦痛を考えたなら、時報になり得なかった今日この日に苦しむ必要なんてない。
プレシア・フェリトリーは幸せになればいい。幾度となくあのクソゲーを繰り返した私がそう言うんだ。これは真であって然るべきだ。
何遍もプレイしたゲームの主人公を虐げる奴が、本当にそのゲーム好きをどの面下げて名乗れるの? そんな奴が愛してるのはどうせ無双できるゲームシステムだけでしょ? 反吐が出るわ。
そんな奴がいったいそのゲームの何を好いてるって? 私には全く理解できない。どうせそんなのただ、主人公に成り代わってハーレムを作りたいだけでしょうが。
私みたいな夾雑物が紛れ込んだせいで主人公様が不幸になっていく様を見せられるなんて最悪だ。
私は推しと主人公が幸せになっていくところが見たいのよ。主人公を押し退けるだなんてクソ喰らえだわ。
「これは私とマーク室長の因果、私の行いに端を発した私の瑕疵、私の人生なのよ。この苦しみも嘆きも、全ては私が選択した道の先にあったもの。全て私のものなのよ。他の誰にもくれてやったりはしないわ」
私が選んだ道の先にある私の苦しみだ。これを他人に押しつけた時点で、私は最低最悪の屑になる。
だけど私は屑になりたくはないから、この不都合と嘆きを誰にも渡すわけにはいかない。
「私の痛みは私のもの。私の苦しみは私のものよ。他の誰にだって渡さない。私の選択は神にだって否定させないし赦させもしない。私の喜びも怒りも哀れみも楽しみも誰にも、そう、誰にも渡さないわ。私の人生を生きるのは私、私以外の誰でもないのだから」
そこまで言い切ってようやく、プレシアは自虐から抜け出せたようだった。
「私がどれだけ頑張っても、アーチェ様の人生に傷の一つも残せないんですね」
やれやれ、それでも完全に自虐を払拭することは難しいか。
「そんな危険人物みたいなこと言わないの。私は傷を付けるより傷を癒やす貴方の方が好きよ、シア」
右手でプレシアを抱き寄せて、その額にキスをする。
「偉そうなことばかり言っているけど、シア。人を癒やしたいって、そういう優しい心をどうか、貴方は決して忘れないでいて、ね? 私が好きになったのは、私が助けたいと思ったのはそういう貴方なのだから。もしそれを辛いと、苦しいと感じるなら――何度だって、貴方は正しいのだと私が支えるから」
「……はい、アーチェ様!」
そうとも。他人を傷つけたいと思う感情より、他人を癒やしたいと思う感情の方が尊いに決まっているのでね。
というわけで予想外のアクシデントはあったが日常生活に復帰である。
「メイには負担をかけてしまうけど、引き続き宜しくね」
「はい、お嬢様」
実のところ、多少食事が大変になったくらいで、左腕がろくに動かなくてもそこまで問題はない。
というのもお貴族様の生活は基本的に侍従と使用人に任せっきりだからだ。手紙すら直筆は敬意が必要な時のみで構わないわけで、要するに普段から私たちはろくに動いてないのである。いやはや、侍従様々だね。
なおお父様には資料を押収したことを除いて一部始終をちゃんと報告済みである。隠し切れることでもないしね。
「左腕だけで済んだのは不幸中の幸いだったな」
しかしなんと言うか、お父様にしては妙に歯切れが悪い反応である。
「だから魔王国に侵入などしなければこんなことにはなってなかったのにこの馬鹿娘が」くらいは言ってくると思ってたんだけどね。
もしかするとマーク室長の行動、お父様の予定ではなかったのかもしれないね。真相は分からないけどさ。
誘拐された理由はマーク室長が
「この王都にまで魔族が入り込んでいる可能性があります。これはルイセント殿下を通して王家に報告すべきでしょう」
「ああ、そうしておけ」
平然とそれ言えるの大したもんだよね。その自分が魔族と通じている(はずの)くせしてさ。
何にせよ一先ずマーク室長の後始末についてはお父様の協力を取り付けた。
やっちまったのは
まあその前に私は誘拐されてるんだからいくらでも言い訳は立つけどさ、なかったことにした方が誰にもありがたい話みたいだし。
マーク室長は冬の
「外向きにはそれでいいとして、エミネンシア侯にはどう説明するつもりだ」
「一連についてお話した上で、侯にお伺いを立てます。その上でバナール様が婚約解消を望んだら受け入れざるを得ないかと」
「傷物になったのは事実だからな。だが次の婚約者にエミネンシア侯ほどの優良物件は期待するなよ」
「傷物になったのは事実ですしね。致し方ありませんわ」
二人揃ってこれには思案顔の重い溜息だよ。珍しくお父様と私の感情が一致した瞬間だったね。
そんなわけでバナールに面会依頼の文を送り、エミネンシア家の談話室を訪れてバナールへの暴露タイムである。
この夏に魔王国へ潜入したこと、魔王国では人間は血液袋扱いで無茶苦茶焦ったこと、血液袋として市民に買われたこと、しかし純潔じゃないと血液の価値が下がるため貞操は奪われなかったこと。
ただ運悪く魔王国最強に目をつけられこの
プレシアに繋げて貰ったけど前のようには動かないことと、ダメ押しにいずれデスモダスが私を攫いに来る可能性まで告げるとバナールが腕を組んで呻ってしまった。
……情報過多だよね、ごめんちゃい。
「全ては私がディアブロス王国への侵入を企んだ事に端を発しています。責任は全てお父様ではなく、私にあります」
そうテーブル越しに頭を下げると、
「頭を上げてくれ、アーチェ」
ソファから立ち上がったっぽいバナールにいきなり左手を取られて反射的に顔を上げてしまうと、目の前には少し困ったように笑うバナールの顔があって、
「君が無事でよかった。できれば引き続き私との婚約者でいて頂きたいのだが」
そう微笑まれて私の方がビックリだよ。
「無論、そのデスモダスとやらから君を守りきれる、と言い切ることもできない情けない男でも構わないなら、だがね」
「いえ、その、アレは音より速く空を飛び竜をすら単独で殺せるだろう化物なので、バナール様というかこの世の誰にも止められないと思います」
デスモダスの切り札、なんであんな馬鹿でかい両刃の剣なんだって考えてたんだけど、どう見てもあれ竜をぶっ殺すことに主眼を置いているとしか思えないんだよね。
多分あいつ単独で竜の群れに突っ込んでも平然とそれを全滅させて帰ってこれると思うよ。こんな奴どうやっても止められないって。
数で押そうにも【
防御を固めても【
それらを乗り越えられても満を持して【
そもそも空から降ってくる時点で大軍勢集めても意味がないしな。少数精鋭にしたってアム、ストラム、グラムの三人がかりでも間違いなく勝てないだろうし、本当に打つ手がないんだよなぁデスモダス。
「しかし、本当に宜しいのですか? デスモダスを抜きにしても、その、リハビリは頑張るつもりですが、腕力と握力が回復するかは分かりませんし……」
「左腕一本動かない程度ではアーチェの魅力は何ら損なわれはしないよ。気に止むことなど何一つ無い」
うぉ、真顔で言われると結構照れ臭いな。社交辞令と分かってても顔が赤くなるわよ。
王国紳士、やっぱ本気出すと格好良いよなぁ。お父様は決して紳士になれないんだってハッキリ分かんだね。
「左腕の具合はどうだい? 痛みとかはないかね?」
「はい。力が入らないだけで特に痛みなどは」
「それはよか――よくはないが不幸中の幸いだな。まったく、少女の腕を切り落とすなど貴族の風上にも置けぬ……良ければ今後は私からも護衛を付けたいのだが、どうだろうか?」
「いっ、いえ! そこまでして頂くわけには!」
いや、流石にあそこまでトチ狂った奴はもうそうそう出てこないと思うし、何より私のために盾になってくれる存在というのは私には重すぎるのだ。
とりあえずあれこれ並び立てて護衛はお断りしたが、バナールはまだこれ護衛付けるの諦めてないね。いずれまた同じ話をすることになりそうだよ。
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