■ 151 ■ あれ、時報は? Ⅲ
「で、その先は?」
「……はい、あとはそのまま流れです。プレシア様とアムの魔封環を外し、口と両手足を縛られていたメイを解放して館内を探索、地下階段を見つけて姉さんを発見、アムが拘束を噛み千切り即座にプレシア様が治療を施して、ここに連れ帰ったのが一昨日深夜の話です」
おおう、どうやら私は一日中眠り続けていたらしい。その間にプレシアは延々魔力が切れるまで【治癒】を続けてくれていたそうで、これはプレシアには感謝だね。
下級と中級キュアポーションには造血効果は無かったけど、プレシアの直の【治癒】なら多少は血が作られるみたいだ。脳死しなかったのはそのお陰だろう。
もっとも聖属性と言えど無から物資を作れるわけじゃないし、その分筋肉とか脂肪とかが置換されてるんだろうけど。お腹減ってるし。
なおリブニット準男爵家
どうやらプレシアを殺したらサクッと国を出るつもりだったんだろうね。準備のよいことだよ、マーク室長はさ。
「なら丁度いいわね。せっかくの
「それは既にフレインがやってます」
「なぬ?」
一応、とアイズから連絡を受けたフレインはフィリーを伴って即座に地下室の資料の押収を始めたらしい。
何でも「こうした方がアーチェ様が目を覚まされた時にお喜びになるでしょう」というのがフレインの言だそうで……あいつ私の解像度高すぎるな。マジでその通りだよ。大喝采だ。
「粗方押収したところでフレインが館に火を放ちました。既にリブニットは焼死体として処理されているでしょう」
「……あっちもあっちで冷静冷徹な効率化がすぎて少し不安になるわね」
マジかよ丸ごと闇に葬るのかよ。いやまあ、私としても反射的にマーク室長を殺しちゃったから(殺ったのは私じゃないが!)言い逃れはできないし、偽装するのが一番なのは分かるのだが……
まぁフレインならリトリーの間諜がいないことを確かめた上での行動だし、下手に尻尾を掴まれるようなことはせんだろ。
そこら辺は信じるしかないよね。これで少しはフィリーの魔法陣解析が捗るかもしれないし。
「足手纏いが無様にも攫われておきながら偉そうな事言ったけど、アイズもシアもありがとね。今私が生きているのは二人のお陰よ。感謝しているわ」
「でも……アーチェ様、その左腕」
「動かなくなったわけじゃないわ。多少鈍いだけよ」
これまで切り傷、擦り傷、打撲傷などは癒やしてきたプレシアだけど、一度真っ二つになって時間が経ったものを繋げたのは今回が初めてらしい。私の腕が上手く動かないのはそのせいだろう。
まぁこの世界にはまだ神経の仕組みは詳らかにされてないしね。
軸索だのランヴィエ絞輪だの電気パルスの跳躍伝導だのと言ったところで誰にも理解はできまい。
私が勉強させたからプレシアは人が血を流しすぎると死ぬことは分かってる。だけどどういう仕組みで脳が身体を動かしているかまでは分からない。
だからこそ神経の再生治療がイマイチで私の腕は鈍ってるってワケだ。
「でも! アーチェ様の左腕が動かなくなってるの、私のせいじゃないですか!」
「あー、うん。それ違うのよシア」
私も私でマーク室長から聞いた話を皆に伝えるも、プレシアはどうにも半信半疑のようだ。どうやらプレシアが気に病まないよう、犯人が死んだのをいいことに私がでっち上げを話してると半ば思い込んでいるっぽいね。
その一方でルナさんが心底嫌そうな顔になっているの、多分ルジェの解像度がプレシアとルナさんでは全く違うからだろう。ルジェを知れば知るほど、今回のマーク室長の振る舞いに納得できるようになるからね。
「ルナさんは納得できたでしょ?」
「……ええ、はい。ルジェ様の同僚で同じ性格なら、確かにそれやってもおかしくないですね」
プレシアとアイズが当惑して顔を見合わせる中で、私とルナさんもまたゲンナリした顔を見合わせて重い溜息だよ。
はぁ、やんなっちゃうね。
「だからシアは気に病まなくていいの。発端はあくまで私なのよ。巻き込んで悪かったわね」
「で、でも魔族が私を殺せばマークの野郎を国へ誘うって約束したからじゃないんですか!?」
全く、お前のせいじゃないと言っているのに何故食い下がるかね。いやまあそこで、「そうですよね、悪いのは全てアーチェ様ですよね」と言われたらそりゃ私もカチンと来るんだろうがよ。
ハハッ、勝手だね。人間ってのはさ。
「それを言うならまずモン・サン・ブランへ貴方を送ってしまった私の判断ミスが発端だわ」
「そんなの予知できる人いないって言ったのはアーチェ様じゃないですか! それはアーチェ様の責任じゃないんでしょう!?」
「そうよ。予知できる人なんていない。だからこれは事故なのよ。貴方が気に病むことではないわ。ましてや私の命を救ってくれた貴方が苦しむなんて度し難い話でしかないの」
そう。プレシアは私の命を救ってくれた。であるのにこうもプレシアは今、後悔ばかりを抱えている。
「私が前に聖属性はもっとも残酷な加護だって言った意味、少しは分かってきたでしょ」
私が茶化して笑うと、同意したくないけど同意するようにプレシアが顎を引いて頷いた。ただその瞳に宿る光はその所作とは全く逆で、
「でも、私がもっとちゃんと、この聖属性を使いこなせていたら……」
「それも前に言ったわよね。私は貴方の聖属性を最大効率で引き出せるように予定を組んでいる。今駄目なら、それが
「でも!」
「それ以上のでもは止しなさいシア。神ならぬ人にはどれだけ頑張っても限界があるのよ。どんなに努力したって、どんなに焦れたってね。それとも貴方、神器の御子とか言われて心の中では全能の神にでもなったお
「そんな、そうじゃないけど……でも」
これ以上の「でも」はいらない。プレシアが苦しむのは一度きり、時報が鳴った時だけでいい。
今回の私が時報になり得なかったのなら、ここでプレシアが苦しむ意味はない。それはただ無駄にプレシアを虐めるだけに過ぎないのだから。
「胸を張って、ね? シア。貴方は私の命を救ってくれたのよ。その貴方に苦しまれては、やはり私は死んでおくべきだったんじゃないかと考えるしかないのだから」
「ア、アーチェ様が死んでいいはずがありません!」
「それが本心であるなら、先ず貴方は私の命を救ったことを誇って頂戴。左腕の一本癒やしきれなかったから何よ。私の利き腕は右だし、令嬢として困ることは少ないわ。私にはメイがいてくれるからね」
「……はい、お嬢様。誠心誠意、お嬢様が困ることのないようお手伝いさせていただきます」
ほら。私にはメイがいてくれるし。
「それに私が弓を引けなくとも、アンティマスク家に弓ひくものはアイズとケイルが仕留めてくれるわ、そうでしょう?」
「勿論です、姉さん。アンティマスク家は、姉さんの居場所は僕たちが守ってみせます」
ほら、私にはアイズとケイルもいてくれるし。
だから私は大丈夫。左腕の一本ぐらい、大した問題じゃないってそう言い切れる。
何も問題はない。だからプレシア、私の、世界の聖女。貴方は健やかに育てばいい。健やかに育っていい。
いずれどうせ、プレシアは真なる時報へと直面することになるのだから。
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