■ 151 ■ あれ、時報は? Ⅰ






「お嬢様、起床のお時間です……どうか、目を開いて下さい」

「……あと五分ー」


 幸せなまどろみから私を引っぺがそうとする声。

 それから逃れるように横を向いて背を丸めるとハッと息を呑む音のあとに、


「お嬢様!?」


 チキショウ私の目覚まし時計、喋るどころかついに移動まで始めやがったかコノヤロウなんて怒りと共に手を伸ばすと、


「あれ?」


 おかしい、私の目覚まし時計は移動どころか体温まで獲得したのか?

 ついでになんか肩を掴まれているみたいで、腕も生えてるとかル○バも顔負けじゃないかなんて事を考えながら目を開くと、


「お嬢様! 目を覚まされたのですね!」


 薄いオレンジ色の髪を後ろで軽く結い上げたメイド服姿の女性が、その薄紫の瞳を私に向けて――


「メイ?」

「はい、メイにございます、お嬢様……!」


 傍らのメイが止め処もなく流れ落ちる涙を拭いながら、なんとか笑顔を作ろうとして失敗している。

 身を起こそうとして腕を突っ張ろうとするも、


「あれ?」


 なんだろう、左腕に殆ど力が入らない。

 まるで左腕が無くなってしまったかのような錯覚を覚えるも、見た目にはちゃんと左腕はそこにあって……なんだろう、軽く記憶が飛んでいる。

 今日は何日だ? そして妙に固いこのベッドは何だ? これは私のベッドじゃないぞ? というか部屋も殺風景で見覚えがなく……いや、よく見れば見覚えはあるわ。この内装。


「フェリトリー家の冬の館タウンハウス? なんで?」


 うん、間違いない。ここはフェリトリーの館の多分客室だ。なんで私こんなところにいるんだっけ?

 確かルジェの研究室を片付けに行ったところまでは記憶にあるんだけど……左腕が重い、なんかよく動かない。まるで自分の腕じゃないみたいだ。


「えーと、メイ。何がどうなってるの? なんか頭がぼんやりして……うでもなんかよく動かないし」

「お嬢様、記憶が……いえ、あのような目に合わされたのですから、頭が拒否してもおかしくありません」


 片手で身を起こして右手で服をはだけてみるけど、見た目には別段おかしくなっているようには見えないわね。

 あ、いや、肩の一部が少しだけピンク色になっているのはこれ、【治癒】をかけた直後の特徴だね。作られてまだ間もない新鮮(と言っていいかは分からないけど)な肌の色だ。


 状況からしてどうやら私は怪我をしてプレシアの治療を受け、そのままフェリトリー家に運び込まれたらしい。

 一体何で怪我を、まで考えて、


「…………うぇえ嘘ぉ! 時報じゃなかったのあれ!?」


 ボケッとしていた頭がようやく回転を初めて、それで一気に記憶が戻ってきたよ。

 ちょっとまて、本当にあの状況で死ななかったのか私! すげぇな、ということはあの時相当近くにプレシアは迫ってたってことかよ!

 おおお、と謎の感動だか驚愕にわなわなと震えていると部屋の扉がゆっくりと開いて、


「! アーチェ様、目が覚めたんですね!」

「姉さん身体は大丈夫!? 全身が重いとか眩暈がするとかはない!?」


 入口にて目をまん丸に見開いたプレシアとアイズに続いてルナさんとケイルが雪崩れ込んできて、うん? プレシアは分かるが何故にアイズまでここに居るのだ?

 錯乱しているうちに右はアイズ、左はプレシアに縋り付かれておいモテモテだな私、一度目の人生とはエラい違いだぜ。

 こういう時に真っ先に飛びついてきそうなルナさんがわりと落ち着いているのは、恐らく怪我した状態の私を見ていないからかな。多分プレシアは現場にはアムを伴っていたんだろうね。


「よかった……姉さん、もう眼をさまさないんじゃないかって……」

「全く大げさねアイズ、たかだか腕の一本くれてやったぐらいで――いや違うぞなに言ってんの私、普通に死にかけてたわね」


 そうだった、普通に走馬燈見たしな私。時報で死ぬのが予定調和だったから私としてはなんとも思わないけど、アイズたちからすりゃいきなり姉がお亡くなりだもんな。

 ……いかん、前世で休職から復職まで延々面倒見てくれた真古人を置いて死んじまったの、あんだけ悔いた筈なのに。私ってばまた同じ失敗を繰り返すところだったんじゃない。


 でもあれだ、どうやってもプレシアの覚醒のためには生け贄が必要だし、その為に誰が犠牲になるのが一番かを考えるとやはり私しかいないし――

 前世の記憶を取り戻してすぐ、真っ先に消費するのは私の魂だと決めたしね。ままならないわ。


「シアもほら、いい加減泣き止みなさい。可愛い顔が台無しじゃないの」

「ばっで、ばっでアージェじゃまがじにがげだの、わだじのぜいで……」


 なお、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったプレシアの顔はマジで美少女が台無しであることはあえて述べておこう。

 とても男にゃ見せられないね、千年の恋も冷める――って今隣にアイズがいるんだったわ。


 ひとまずプレシアにシーツを頭から被せてやったのだが、そこで私が不自然に左腕を使わなかったせいでどうやらプレシアも覚ってしまったようだった。

 まぁ、隠し通せることじゃないから仕方ないけどさ、そうやって延々泣き止まないのはここで全身の水分を全て流し尽くす気かよ、って心配になっちゃうわ。


 しかし、プレシアは今なんて言ったんだ? 鼻声だからいまいち、ええと……「だってアーチェ様が死にかけたの、私のせいで」か?


「あー……」


 シーツの上からプレシアの頭をポンポン撫でながら、思わず情けない声が零れてしまう。

 あのクソマーク室長にとって最優先が私でプレシアは二の次っての、どう説明すれば信じて貰えるかな。


「えーと、メイ。あそこからどういう経緯でここに至ったのか教えてくれない?」

「それは僕から説明します、姉さん」


 おっとそうだ、メイも私と一緒に監禁されてたっぽいしね。ならアイズに話を聞いた方が詳しく説明して貰えるかな。

 というわけでプレシアが合いの手を挟んでのアイズによる、私が救出されるまでの流れである。






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