■ 150 ■ 時報 Ⅳ






「左腕をチェーンの内側に通して首から外してみたまえ」

「ふむ?」


 言われた通りに左手を下からチェーンの円環内に通して、その上でペンダントトップを掴んで頭の上に上げると、


「……取れた」


 驚くほどあっさりと血杯カリスブラッドが首から離れて今や私の掌中にある。何故だ。何故こんな簡単に。


「なるほど、チェーンの内側に装着者の肉体があれば装着場所は首には限らないわけだ」

「あ……そうか、それは試してなかったわ」


 幾度となく破壊や取り外しを試してみたけど、確かにそういう実験はやってなかったね。めっちゃ基本的なことなのに。

 自由になった左腕を試しにダランと下げてみたけど、やはりチェーンは私の指先に到達したところで重力に逆らい滑落を拒む。


 うーん、やはり究極的には血杯カリスブラッドからは逃れられないってことか。まあそうだろうとは思ったけどさ。


「今はこれで腕からは抜けなくなっているということだね。では次だ」


 次、とマーク室長が机の上に手を伸ばして掴んだのは……おい、ちょっと待て、待ちなさいよ。


「では、ここで魔術を使わず物理的に切り離したらどうなる?」

「ちょ、やめ――」


 私が言い終えるより速くに左手首を掴まれ、剣閃が縦一文字に走り抜け――


「あっ……ガ、あ、ぐぅっ……」


 ボトリ、とうで、わたしのひだりうでが、床に血だまりをつくっていって――ふざ、ふざけるなよ! ぶっ殺すぞきさまぁ!

 腕、私の腕をこんな、よりにもよってデスモダスが押しつけた血杯カリスブラッドの検証なんかの為に!


「ふむ、意外だな。身体から離れないかと思ったが、普通に腕とともに落ちたか」


 マーク室長がおもむろにしゃがみこんで血杯カリスブラッドを手に取ろうと私の左腕へと手を伸ばして――そして、気が付いた。


――血溜まり、血溜まりがない。私の血はいったいどこに消えた?


 私が疑問に思うと同時に血杯カリスブラッドが煌々と赤い光を放ち、そして、


「え?」

「あ?」


 頭をよぎるのは、あの時評議会でデスモダスに意見し、そして抵抗も出来ずに血のウニになったハリセンボーン。

 まさにそれと瓜二つのように、血杯カリスブラッドから飛び出てきた赤い液体の帯が無数に分裂して――目の前のマーク室長を余すところなく串刺しにしてしまっている。


 ズルリ、と巻戻るかのように赤い液体がマーク室長から離れ、そして支えを失ったマーク室長が膝をついてダンと前のめりに倒れ込んだ。

 そのまま、ピクリとも動かない。心臓も脳もズタズタにされたマーク室長はそのショックであっさりと死んでしまったようだ。



 なんだ、何が起こった。

 こいつ、防御だけじゃなくて攻撃もするのかよ。



 さながらそれは私から無理矢理引き剥がされた血杯カリスブラッドがお怒りになったとしか思えない状況で、


「ざまあみろ、は、いいけど、っギ、これ、拙いわ……ね……」


 血杯カリスブラッドから伸びる血の帯がシュルリと私の首に巻き付いて、再び血杯カリスブラッドが私の首、定位置へと戻ってくるが……状況は相当に拙い。


 マーク室長は死んだ。

 それは実に結構、自業自得よとってもいい気味だわ。


 だけど、ここには今私とマーク室長しかいなかったのだ。そして私一人になってしまった。

 肩口から左腕を切り落とされたまま延々血を垂れ流す、私一人になってしまったのだ。


 悔しいが、マーク室長が生きていれば傷口を焼いて止血してくれた可能性もあった。僅かながらとは言え生き延びられた可能性があったのだ。

 しかしそれももう完全におじゃんだ。私はこのまま心臓ポンプの動くがままに血を流し続けて、そのまま死ぬ。


 ……血杯カリスブラッドよ、感情的にはよくやったと褒めてやりたいが――そのせいで完全に詰んじまったよ、おい。


「時報の……前倒し、か……これ」


 獣人によるクーデターを阻止したせいで色々と状況が変わり始めたのだろう。

 ただマーク室長はプレシアをここに呼び寄せたと言っていたし、ということはプレシアはこのまま私の死体とご対面だ。


 要するに、ここがこの世界におけるプレシアの時報ってことに違いない。


 ま、他に被害は出てないし、時報としては申し分ないか。

 お姉様の独り立ちにも間に合ったし、お膳立ても済んでるからダートたちももう迷うこともないでしょ。


「そう……考えれ……悪く、かっ…………ね」


 もう、目が霞んできて――あーあ、私の冒険はここまでか。

 私の死体を見ても、まだとぼけたツラしてやがったら……うらむわよ……プレシア。


 さあ、最後に何を言おうかと口を開きかけて、もう震える程度にしか口も喉も動かないけど、


「悪い……姉ちゃん……ま……早死……ちゃ……って」


 やっぱり私の中から最後に出てくるのはこれしかないかぁ。

 ゴメンよ真古人、姉ちゃん二度目の人生でもやっぱり馬鹿な死に方しかできねぇみたいだわ。

 馬鹿は死んでも治らないって本当だったのね。ホント、嫌になるわ。


 そうして通算二回目の、自分の意識が闇に呑まれていく貴重な体験とともに思考がプツンと途切れて――






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