■ 150 ■ 時報 Ⅲ






「私はね、既に学問に生涯を捧げているんだ。暮らしやすさなどどうでもいいのだよ。今まさに新たな学問の扉が開かれようとしているのに、どうしてそれを拒む必要があるね?」


 あぁ、そういうこと。つまり、


「貴方、魔王国で研究したいのね」

「御名答。もうこの国のやる気のなさにはほとほと愛想が尽きた。私は新天地で研究を始めたい、いや始めるのだよ、これからね」


 要するにルジェの同類だこいつ!

 クソっ、全ての要素がこいつと噛み合ってるわ。


 こいつは新しい研究がしたい。

 魔族はプレシアを殺したい。

 何故か王国魔法陣や熱伝柱トレードピラーの作成が滞っているディアブロスは新しい視点の研究者が欲しい。

 そしてアルヴィオスは既に王国魔法陣を捨てている。


 チクショウめ、これ以上ないウィンウィンの関係ができちゃってるじゃないの!


「一応、聞いておくけど。プレシアを殺されるとアルヴィオス国民はかなり困ったことになりかねないんだけど。下手すれば万どころか数万、数十万という人の生死にかかわるかもしれないわ」

「それをこれからディアブロス国民になる私が何故考慮する必要が?」


 うんまあ、どうせそういう回答になると思ってたよ。ルジェの同類なら当たり前すぎる反応だ。


「……魔族が約束を守って貴方をキチンと研究できる環境に置いてくれるとは限らないと思うけど」

「無論それも承知の上だ。しかしこのままアルヴィオスに留まっていても死んでいるのと同じだ。研究を禁止されては生きている意味がない」


 ……やはり、アルヴィオス王家は魔術の発展をある程度抑えていたか。まあ、魔術が庶民のものになっちゃ困るもんな。

 その点は私もお貴族様に生まれたから、子孫の幸せを考えればその判断は分からなくもない。庶民からすりゃムカつくだろうがね。


 しかし――研究者としてムカつくを超えて業腹か。子孫のこととか考えるタイプじゃないんだろう。

 ならアルヴィオスにダメージ与えられるプレシアの殺害も嫌がらせとして喜んでやるだろうよ。


 悔しいけど、このマーク室長を会話で止められる要素が無さすぎるわ。

 これだからマッドサイエンティストってのは、ってルジェを便利に使い倒してる私に言える台詞じゃないわねこれ。


「私に関しては完全に死に損ね」

「いや、そんなことはないとも」


 言葉と共にいきなりマーク室長が火球を投げつけてきて――こいつの加護は火神か!

 幸い血杯カリスブラッドが反応して防壁を形成、火球を防いでくれたけど危ねぇなあこいつ! 何してくれやがんのよ!


 そんな私の憤慨を他所に、マーク室長は満足げに穏やかな笑顔を私に向けてくる。


「素晴らしいアミュレットだ。この国の誰にもこれ程のものは作れないだろう。研究対象として素晴らしい価値を持っている。つまり魔術の発展に君もまた貢献できるということだ。断じて無意味な死などではないさ」


 その笑みに狂気が見え隠れしているのに気が付けたのは果たしていいことか悪いことか。

 マーク室長がそっと手を伸ばして、私の胸元にあるペンダントトップの赤い宝石を掌に乗せた。そのまま膝を折って目線を合わせてくる。爛々と狂気に輝く目を。


「これがどんなものか、と意見を求められた瞬間からずっとそそられていた。あの時私は恋に落ちたのだろう。正直に言えばプレシア・フェリトリーの殺害などほんのオマケに過ぎないんだ。これが私にとっての本命、これを研究したい。これを解析したい。これが作られた国へ行きたい。私の願いはただそれだけなのだよ」


 き、気持ち悪いヤツだなこいつ! いやギーク、ナードなんてこんなもんだろうがよ。

 ルジェが許されるのは外見が少女っぽいからで中年オヤジにやられるとキモい! 差別だって分かってるけど欲情してるみたいな目の輝きが気持ち悪いんだよ!


 ってかお父様が遠目に解析させた専門家ってこいつか! 本館の研究室とかお父様かなりいい伝手持ってたんだな! 性格は最低だがよ!


 血杯カリスブラッドを手放したマーク室長がやおら膝を伸ばして立ち上がり、三歩ほど後退した瞬間、


「あっ……つぅ」


 足元から火柱が立ち上ると同時に逆四角錐型の赤い障壁が発生、ぎりぎり私の身を魔術の直撃から守り切ってくれたが……息を吸えば肺と喉が焼けるように熱いし、魔術が消えても服の裾に火がついて、チリチリ脚を焼いているのが痛い。


「なるほど、魔術に対する防御は完璧だ。しかし着火してしまったただの火には反応できないか」


 私のドレスに引火した火を揉み消したマーク室長の目は完全に研究に没頭する学者のそれになっていて、もはや私の声が届くかどうかも既に怪しいものだ。

 ジュッと、左腕に痛みが走る。ほぼゼロ距離でマーク室長が私の腕を魔術で焼いて、そんなことをすれば当然のようにマーク室長の掌も火傷してしまうのだが、


「そして密着状態からの魔術も防がない。まあ、取り外せない上に【治癒】も弾くようでは装着者が逆に危険になる。妥当な判断だ」


 眼を蘭々とさせたマーク室長が痛がる素振りも見せないの、普通に怖いわよ。これならマーク室長がアンデッドだって言われた方がまだ納得だわ。


 火傷して焼け爛れた左手と無傷の右手が私の首に伸ばされネックレスチェーンをつまみ、首から抜こうとするも、


「やはり外せないか。着用者の意識の有無は関係ないようだね」


 その物言いだと私が気絶しているときに一度マーク室長は試してみたんでしょうね。

 ドライアズダスト邸で何度も試したようにそれが頭から抜ける前にビクともしなくなる。


 ああもう! まさか血杯カリスブラッド欲しさに私の身が危険に陥るとか、流石のデスモダスも予想外だったでしょうよ。

 だから分不相応な品なんか寄越すなって言ったのにあのクソ酔っ払い強姦魔め!


「であれば次だ。ああ、侍従と後から来るフェリトリー君の身を思うなら抵抗は止めておきたまえよ」

「というか両手両足拘束されてて抵抗もなにもないんだ……とっ?」


 いきなり左手の枷を外されて、ガシャンとたたらを踏んでしまう。まあ右腕がそのままなので結局その場で足踏みしただけだけどね。






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