■ 150 ■ 時報 Ⅱ







「面倒だし、正直この体勢も辛いし。早めにやること済ませない? 貴方の目的を吐きなさい。可能な限り添ってやるから」

「流石、アンティマスク伯爵のご令嬢は話が早いね。と言いたいところだが君にやって貰うことはもうほとんどないんだ」

「なら帰らせてくれない?」

「そうはいかん。まだプレシア・フェリトリーがここにきていないのでね」


 あー、そういうこと。要するにこの男が用があるのはプレシアの方ってこと。確かにプレシアを釣り出す餌としてはアフィリーより私のほうがよっぽど効果的ではあるわな。何せ今の私は時報枠だし。

 ……だが、正気か?


「これは希望的観測というより常識判断に類する質問だけど……貴方、頭大丈夫? 仮に私とプレシアを纏めて始末するにしても、伯爵令嬢を餌に使うのはリスクが高すぎるわよ?」


 さっきも同じことを考えたけど、騎士爵令嬢や男爵令嬢ならいざ知らず、私は伯爵家ながらかなりの知名度があるアンティマスク家の娘で、何よりエミネンシア侯バナールの婚約者だ。


「私を逃がしちゃ貴方に未来は無いのは当然として、殺したって同じことよ。国家騎士団だって貴族の一員。舐められたら終わりだし、貴族街内での伯爵令嬢の誘拐なんて見逃せるはずはない。この先の貴族街に貴方の居場所はないわよ」


 まだ婚約者とはいえ侯爵のほぼ身内を誘拐したんだぞ。オウラン公でも先ずこの事実は揉み消せないレベルだっての、こいつが理解していないのか――此度の企みの背後にいるのは王家なのか。だとしたら手も足もでないけど。


「心配ご無用。この仕事を最後に私はこの国を離れるからね」


 ほむ。どうやらこれが最後のお仕事と決めたということか。確かに二度と王都に戻って来ないという覚悟を決めているなら私の誘拐も有りだわな。

 チキショー、お父様がクライバーとシーバーを使い捨てにした事実から私何も学べてないじゃん。見返りが十分なら優秀な人材をも使い捨てるのが貴族のやり方、って――


「まさか、黒幕はお父様ってこと?」

「雇い主について今この場で話せることはないな。好きに想像したまえ」


 まあ、そりゃそうだわな。シーバーも話せないって言ってたし、クライバーもお父様の手先だとは自分では言ってなかったし。

 そっかー、私を攫ってプレシアを呼び出して殺す。そして私も始末してこの目の前の誘拐犯Aはこの国から去る、か。


 クライバーとの差異は使い捨てられる当人が納得しているか否かね。要するにクライバーと言うよりシーバーの同類ってことか、こいつ。


「そう。お父様には中級キュアポーションを絶賛納品中のプレシアを殺す理由は無いし、であればお父様に誰かがプレシアの殺害を依頼したってことね。はぁ」


 要するに、モン・サン・ブラン襲撃犯の根切りは失敗していた。魔族の間諜が少なくとも一人はモン・サン・ブランから情報を持ち帰ることに成功した、ということだ。

 つまりは魔族側の戦争希望者にはこちらにも神器の御子がいて、それがプレシアであるということはバレてしまったわけだ。


 っかぁー! リトリーに情報が漏れるのを覚悟の上でやれる限りはやったけど駄目だったかぁ!


 まぁ、北方四侯爵家もグルーミー侯爵家領への襲撃で北への警戒は密にしたけど、モン・サン・ブランの間者が北でなくて南に逃げる可能性にはノータッチだっただろうしな。モン・サン・ブランの裾野は北方四侯爵家の領地外だし。

 下山した魔族がモン・サン・ブランを迂回して一旦南に逃れていたなら、そりゃあ生き延びることもできただろうよ。流石にそこまでは手の伸ばしようがないわ。お父様と魔族が手を組んでいる可能性に至ったの、魔王国に潜入してからだったしね。


 あー、眩暈がする。こんなことならリトリーに情報を漏らすんじゃなかったわ。いや、結果論だって事は分かってるんだけどね。私もフレインもできる範囲で最善はつくしたはずだし。

 にしても、あぁ。分かってはいても悔やまれる。所詮はモブAの悪あがきかよ、最善は尽くしているつもりだが取り零してばかりだ。


「この国から人間が逃れて生きていけると思っているの? ドワーフは偏屈だしエルフは傲慢、獣人どもは殺し合いしてるし魔族の中では人間は血液袋扱いよ?」


 このエルギア大陸の近隣諸国は基本的に自分の国でしかその種族は生き難いのだ。多少国外の知識があればその程度は分かるはずだが……


「心配していただき感謝するよ。しかしそこは問題ないんだ。プレシア・フェリトリーを殺害すればディアブロスが受け入れてくれると、そう契神の魔術込みで合意できているのでね」

「血液袋として受け入れるだけかもよ?」

「そこも心配ない。まあ多少入れ墨とかをされるそうだが、その程度ですむなら寧ろ幸運と言える」


 あー、そういうこと。剛鬼フィーンド族とかに偽装するのね。確かに剛鬼フィーンド族なら角は髪に隠れる程度か、瘤くらいの人もいたし、入れ墨彫れば行けなくもないか?

 あとは飾り角付けて角鬼イーヴル族に成りすますとか。牙砥いて血鬼ヴァンプ族もありかもだけど、翼出せと言われると厳しいか? 鱗鬼スケイル族はムリだけどさ。


 何にせよそういう偽装まで込みで魔族が協力してくれるなら確かにいけなくもないか。あとは等級上げればいいだけだもんな。

 こいつも貴族街にいるってことはひとかどの貴族。なら何らかの加護を受けていて魔術は使えるだろうし。


「そうは言うけどさ、どう考えてもアルヴィオスの方が暮らしやすいと思うわよ? 今なら見なかったことにしてあげるから考え直さない?」

「ハハハ、まあ私が普通の貴族なら確かにアルヴィオスの生活を捨てるなど論外だったろうね」


 いっそ朗らかに笑うこの誘拐犯Aがおもむろにヒョイと首元からネームプレートを取り出して見せてくれる。

 えーと、象形魔術研究室長マーク・リブニット準男爵……ってこれ、象牙の塔魔術研究室身分証明証じゃない! しかも本館の!


 よりにもよってルジェを上回るこの国のトップエリート研究者かよこいつ!

 驚愕に声も出ない私を前に、マーク室長がそれはもう晴れやかに笑ってみせる。






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