■ 151 ■ あれ、時報は? Ⅱ






 何でも、私を拉致った証拠としてプレシアの元に私の魔封環と手紙が届けられたのが最初らしい。


「一人で来い、と場所を指定されていましたが、アムが単独行動は許可できないって駄々捏ねたので。貴族なら侍従連れてても一人と数えてくれるかな、ってダメ元でアムを連れて行って――」


 マーク室長の部下に呼び出されたプレシアとアムは指定された場所で魔封環を付けられ、そのままマーク室長の自宅へと連れて行かれたらしい。

 つまり私が監禁されていたのはリブニット準男爵家冬の館タウンハウスってことか。ルジェは研究室に住み込みだけど、別に家を持ってる研究者もごく当たり前にいる、と言うか普通は家を持っているもんだし。


「魔封環付けられてたんじゃ手も足も出ないじゃない。それでよく私を助けられたわね」

「ええと、リブニット準男爵家に入った直後にアイズ様がその部下を秒殺して下さいまして」


 なんと。プレシアが連れ込まれたのを確認したアイズは即座に氷の鍵を作り上げケイルの防音を発動しながら館内へと侵入、問答無用でマーク室長の部下を射殺したのが昨晩の話らしい。


「ええと、そこに何でアイズがいるの?」

「姉さんの帰宅時間が予定になく遅かったので、これは何かあるなと思いまして」

「いや、理由も気になるけどそれより手段よ。短時間でドンピシャとか普通無理じゃない?」


 私が先触れもなく姿を消したのを訝しむのは分かる。が、そこからどうやって私の居場所を突き止めたんだ?


「姉さんのアヤリスをお借りしました」

「……あ、そういうこと」


 ダートから貰った伝書リスことアヤリスは私の魔力を覚えているので、拉致って適当なところで放せば王都内なら私の居場所目指して移動を開始するわけだ。

 おーう、そんな使い道があったとか考えもしなかったよ。にしても私の帰宅が遅いだけで即アヤリスを拉致って行動に移るアイズの手際の良さよ。


「帰りが遅かっただけでよく動いたわね。普通なら仕事が長引いた位に軽く考えて終わりでしょうに」

「姉さんがプレシア様たちの安全に傾注していたように、僕とケイルは姉さんの安全に傾注していた、それだけのことです」


 それをサラッと言っちゃうの、いやはや本当に頼りになる弟を持ったものよね、前世でも、今世でも。

 そう少しばかり感動して動きを止めていると、アイズが少し不安そうな表情になってしまう。


「あの、何か気になることでも? 姉さん」

「そりゃあ信じていた弟に帰宅時間を事細かに把握されていた上、尾行手段まで検討されていたと分かれば普通は気持ち悪いと思うでしょう」


 ケイルの軽口に慌ててアイズが両手を振って誤魔化そうとする。


「い、今が非常時だからですよ!? 普段から姉さんの一挙手一投足を逐一監視しているわけではありませんからね!」

「分かってるわよ、警戒態勢だからでしょ。アイズが私のストーカー紛いのコトする理由なんかないもんね。そんなこと一々疑わないってば」

「お嬢はホント弟様にはだだ甘だよな……」

「地味にアイズ様ダメージ受けてますけどね……」


 ケイルとプレシアが何か言っているが、それより私にとっては別の問題の方が気になるよ。


「にしても前後関係を確認しないで秒殺はないでしょ。アイズ、私が言ったことちゃんと覚えてるわよね?」


 それがアイズには黒いヘドロにしか見えなくても、人間には見えなくても。

 その人にも親があって生きる理由がある、無造作に摘まれていい命ではないと。


 私たちが姉弟になってすぐアイズに伝えた言葉をちゃんと覚えているか、と問いかけると、


「でも姉さん、姉さんを拉致監禁して殺そうとした相手ですよ」


 アイズが少しむくれたように言うが、まだその時点では容疑者に過ぎないだろうに秒殺は、やはり私としては不安になるのだ。


「助けて貰って何だけどアイズ、家族の敵は皆死んでヨシ! みたいな考え方だけはお願いだからしないで頂戴。悪いけど――正直に言うわ、そういう考え方は私にとって怖いのよ」


 何だろな、前世の恋愛小説ではそういうの持て囃されたけど、ヒロインを傷つける全てを徹底して消したがるの、普通に考えてサイコ野郎だよ。

 というかヒロインはさ、自分に危害を加える全てを根絶するみたいな行動を取るヒーローのこと本当に格好いいと思うの? それ完全に自分こそ正義と信じてやまない独裁者の思考だよ? それこそが愛の証って頬を染めるの?


 もし己を傷つける全てを叩き潰す行為を愛と呼ぶのなら、私はそんなものは欲しくはない。聖帝サウザーじゃないけど愛などいらぬと言い切れるわ。


「気持ちは分かりますが、アーチェ様はそれ、優しすぎると思います」


 これをルナさんに言われてしまう辺りが完全に、私がこの世界基準だと箱入りお嬢様であることの証なわけだけどさ。前世でパワハラ受けて休職したことがある身としては辛いんだよ。

 「え? こいついなくなって何か問題でもある?」みたいな扱いされて潰される人をこの目で見るのはさ、心が軋むんだ。


 そうやって潰されるのは私だ。真古人おとうとが助けてくれなければそのまま死んでいたのが私だ。

 「いてもいなくてもいい、自分に関係ない相手」ではなくガチで「別に潰れても次を雇うから使い捨てていい人間」扱いされた私なんだよ。そうやって死んでいく人たちは私なんだよ。


 優しいんじゃない。トラウマなんだ。

 だけどこれはここにいる誰にも分からないだろうね。何せ私の前世の記憶を元にした思考なんだからさ。


「そうかもね。別に私の思考がこの世の正義じゃないし、鬱陶しければ私が今言ったことは忘れて頂戴。で、その先は?」






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