■ 149 ■ 阿修羅すら凌駕するのは無理 Ⅱ







「そして春に私たちの行動が二人に採点されるのね……」

「ア、アーチェ様、指示してくれないんですか!?」

「今までで一番不安になりますね……」

「あ、わ、私魔法陣の解析もあるから後回しにしてくれると嬉しいです!」


 まあね、自由ってのはその責任は全て自分で負わねばならないからね。それをちゃんとアフィリーシアも分かっているようで嬉しいよ。


「何言ってるんですかお姉様、お姉様が王妃になったらお姉様を採点するのは全王国貴族ですよ?」

「お姉様の一挙手一投足全てを全貴族令嬢がご覧になっているとお考え下さい。それに比べれば私たちなど涼風同然、なんら恐るるに足りません」


 これまでずっと弱小陣営だったお姉様は、上の立場から他人の要求を退ける経験を殆ど積む機会がなかったからね。

 今はお姉様へのお誘いが飽和しているのは誰の目にも明らかだし、断ってもある程度は角が立ちにくい。この機会は無駄にするべきではないだろうよ。


「あと念のため言っておきますが、スケジュールのその空欄はあくまで現時点での予定なし、ですからね。今後いくらでも別の予定が横から割り込んでくることは想定しておいて下さい」

「例えば今年も多分アーチェに婚約者探しの依頼が来ると思いますので、どこかで夜会を開かねばならないでしょう。そういう突発的なバッティングも発生しますのでお覚悟を」

「……いや、どう考えても手が足りないわよ、これどうしろというの」


 お姉様がほとほと困り果てた顔になってしまっているが、やれやれ。

 お姉様、最も基本的なことを忘れているね。


「足りないなら手を増やして下さい」

「え?」


 現時点で手が足らないと言われても私たちは阿修羅にはなれないのだ。三面六臂になれない以上、ない手は他所から調達するしかない。


「やるべき仕事タスクに対して人手が足らないなら勧誘して人手を増やすんですよ。何のための陣営だと思ってるんですか」

「あ……そうか、そうよね。すっかり忘れてたわ」


 忘れんなや、と言いたいところだけど、まぁこれまで苦節七年間、ミスティ陣営に入りたいって直接お姉様に言ってきた人はいなかったからなぁ。


「当たり前ですけどお姉様にお茶会のお誘いを出してくるってことは、その中には多少なりともお姉様と距離を詰めたい人たちがいるってことですよ。相手の詰めたい距離がどれくらいなのか、を見誤ると痛い目見ますけど」


 そろそろお姉様の「顔だけ令嬢」って見方はかなり最近は鳴りを潜め、案外優秀なのでは? という意見も出はじめている。

 いくらオウラン陣営がリカバリに注力したって、最初に北が不安だと意見を出したのがお姉様という事実は揺るがないし、茶会でも影響力を発揮し始めた。新聞は今や学園における一大情報発信ツールだ。


「これまでは評判が評判だったので保険をかける意味すらありませんでしたが、これからは違います。お姉様の優秀さが外に出たことで一応保険をかけておこう、と考える貴族も出始めます」

「次女や三女など利用して両陣営と薄く繋がりを持とうとするわけです。これらは味方としてさほど信はおけませんが、人手としては有用です。お姉様の手腕で上手く使ってみて下さい。もうお姉様にはそれだけの力量が備わっているのですから」


 しかもこれは全くの偶然だけどモン・サン・ブランでお姉様一行と魔族の間諜が戦闘になった事実が王家から公表されたことで、俄然お姉様には先見の明があるんじゃないかと噂されているのである。

 だったら乗るっきゃないよな、このビッグウェーブに!


「でも……シーラもアーチェもいない状況で、陣営に誘う人を私が選ぶの?」


 自分の洞察力に自信が無いからだろうか、お姉様がそう不安そうにしているが、当然である。


「はい。正直私たちとしてはお姉様がうちの陣営向きじゃない人を引くリスク込みでこれを想定しています」

「擬態して媚を売るだけの人や間諜紛いが紛れ込んでも構わないと?」


 正気か? とばかりにお姉様がシーラと私の間で視線を彷徨わせるけど、


「はい。今ならまだ浅い傷で済みますから」

「より有り体に言えば失敗を学んでおくことができるのは今のうちだけ、ってことですね」

「二人とも本気なのね……」


 私たちがそれを承知だと知って、お姉様は僅かに肩を落とす。まぁ、お姉様としては失敗はなるべく避けたいだろうしな。


 でもいざ王妃になったその時に、自分の配下を全員全身全霊で働く者たちで固められるとでも? そんなのは無理に決まっている。

 忠臣なんて一割いれば大絶賛できるほどで、配下の半分以上は風見鶏だし、只の寄生虫だって普通に存在するのが組織というものだ。


「アルヴィオス二百諸侯の全員が王家に忠誠を誓っているとお姉様は思います? 大半が自分の利益しか考えていませんよ。だけどそういう連中を纏めるのが王家の仕事なわけです」


 だからウィンティがそうしていたように、「使えなくてもキープしておく」みたいなやり方を覚える必要があるし、役に立たない部下を誉め称えて無害を維持するみたいなマネジメントも必要になる。

 初代鎌倉殿みたいに「私はお前一人だけを頼りにしているのだ」と一人一人別個に呼び出して伝えるわけだね。

 姑息な嘘吐きだけど、それで国が維持できるなら安いもんだよ。

 でもお姉様はまだそういうやり口を知らないからね。まだ緩い学生でいるうちに、使えない部下を得ておくのもいい経験さ。


「だから今のうちに転んでおきましょう。転んだ時に怪我を最小限に抑える受け身の取り方と、いち早く立ち上がる方法は転んでみないと分かりませんから」


 一度失敗すると人心ってのは凄まじい勢いで離れていくからね。勢いに乗って連戦連勝でもたった一敗で全てを失う、というのは前世の歴史上でもよくあったことだ。

 けど今のお姉様はまだ失敗しても失われるものは何もない。私もシーラもアフィリーシアもここでお姉様を見限ることはないし、であれば転んでみる体験は今がベストだ。


 これまでのお姉様では自分の選択で転んだ失敗したという事実にまず自身が耐えられなかったけど、今のお姉様ならほぼ問題はない。

 人の話を聞き、自分に何ができて何を人に任せなきゃいけないか。そして何を成すために自分がここにいるのか。モン・サン・ブランから生還したお姉様ならもうよく理解しているだろう。


 平たく言えば、お姉様はもうほぼ一人の大人として一応の完成を見た、ということさ。

 後は最悪私やシーラが倒れてもお姉様は死ぬまで自分を貫いて生きられるだろうよ。その結果が勝利でも敗北でもね。


「私どもが見る限り、まだウィンティ様は自分の判断で失態を犯したことがありません。転びそうになったときは周囲が完璧にカバーしてくれています」


 これはシーラと私でこれまでのウィンティを洗って確認したことだ。完璧令嬢であるが故に失敗をしない。まだ転ぶことそれ自体ができていない。

 ではウィンティが転んだときにどうなるかは――まあ転んでみないとはっきりとは言えんよ。あっさり人心を失うかも知れんし、あるいは完璧にすぐさま立ち上がってくるのかも。


 ただそれはそれとしてウィンティがやれてないことはうちのお姉様には体験させておく、それは私とシーラの大方針だからね。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る