■ 149 ■ 阿修羅すら凌駕するのは無理 Ⅰ
とまあ、そんな感じでオウラン陣営幹部二人とのお茶会を乗り切った後、既にお茶会を終えた面々に頼んでいた黙秘を解除してから数日が経過。
エミネンシア家冬の館の茶会室にて、
「……一応、成功と見てよいのかしら?」
「よいと思いますよ」
机の上にフルヘッヘンド積み上げられたお茶会の招待状を前にしてお姉様が頬を軽くひくつかせる。
お姉様が仕掛けたお菓子と衣装のコラボレーションは瞬く間に学園女子の心を鷲掴みにしたようだった。
いや、うん、予想はしていたけどね。
前世記憶常識で言えばたかがお菓子と衣装を合わせた程度で何が? って思うじゃん? そんなの日常茶飯事に行なわれていたし。
だけどこのアルヴィオス王国ではそうじゃない。
お菓子作りは基本的に各貴族家の料理人の仕事であり、貴族家の食卓を任されるのは料理人にとって栄誉でもある。
そして服飾はといえば基本的にはお抱えの呉服所がデザインした中から気に入ったものを選ぶか、こういうものが欲しいと概要を伝えて後は任せるのが普通だ。
なにせこのアルヴィオス王国貴族は政治と軍事以外の労働は下々の民が行なうこと、と位置づけているからね。
これまで学園社交界を先導してきたブランダとシェプリーもこれは変わらない。あの二人だって自ら新しい料理を作ったり服のパターンを引いたりするわけじゃない。
お抱えの職人にそれをやらせて統括的な指揮を執る、つまりあの二人もあくまで全体のイメージを定めて職人を引っ張るプロデューサーでしかないのだ。
とはいえ上位貴族のお抱え程の職人とあればみな自分の技術に誇りを持っているからね。部外者から横やりを入れられる事なんて徹底して嫌うし、雇い主はそのプライドに配慮する必要もある。
そんなこともあって完全な門外漢同士を付き合わせてトータルコーディネートを行なう、というのがそもそも埒外だったのだ。
「お姉様がお願いすれば協力してくれる。すなわち人徳有ればこそ今回の仕掛けが成功したわけですし」
そう、エミネンシアお抱えのお針子に、エミネンシア家の料理長。そのどちらからもお姉様は高い信頼を得ていたからこそ、彼ら彼女らの領分を侵すような提案も受け入れてくれた。
真摯に提案し、否定し、その根拠を述べ、改善案を提出し、それらを踏み台に新しい創造へと着手する。そういう新しい考え方を受け入れてくれた。
ウィンティがシェプリーとブランダに、「どちらのほうがウィンティ様に相応しいと思いますか」って詰め寄られたという話をリトリーから聞いた時にはつい苦笑してしまった。普通はそうなるのだ。
味方内で争いを起こさずに今回の仕掛けを成功させられたのはお姉様の調整能力が優れていたからに他ならない。
「勿論人徳だけじゃないわ、知識も重要なのよ。服飾と料理、そのどちらにもある程度の理解がなければ針子も調理人もお姉様の意見など『こちらの苦労を何も知らないお貴族様が』と内心で唾棄して終わりだったでしょうね」
そうプレシアとアリーを見やると、
「あう……またアーチェ様があの手この手で勉強しなさいって圧力かけてくる」
「シアは料理に詳しいけど服飾はさっぱりですし、私は料理のことは分かりませんからね……」
二人が少し困ったように肩をすぼめてしまう。
「貴方たちは貴族令嬢だから、自らの手で料理やドレスを作れる技術が必要なわけでは無いわ。だけどそれらが今何が主流でどのようなものが持て囃されているか、なにが高等技術で何が簡単なのか。貴族ならそれを見極める審美眼は磨いておく必要があるという事よ」
そう、何が優れたものかをちゃんと読み取るのは貴族にとって必要な技能の一つだ。
それができないと安物の宝石や骨董品を高値で掴ませられる裸の王様まっしぐらだからね。価値を値踏みできる知識は貴族にとって必須スキルとも言えるわけだ。
一流の令嬢は宝石を見ただけでそれの産地まで分かるらしいからね。私はそこは早々に投げたよ。分かるかんなもん。品質に伴う値が付けられれば十分じゃん。
「まあ二人の言いたいこともわかるけどね。どんな豪勢なドレスや芸術品も火をつけりゃ灰になるのは同じだし、どんな美食も所詮は甘さと油とうま味の調節でしかないわ。そんなものをご大層に崇め奉るとか馬鹿みたいってのは私も思うし」
「いやそこまでは言ってないです」
「相変わらずあんた、話が両極端ね」
シーラが呆れるけど、まあねぇ。前世では国民皆で我慢しましょうなんて戦時みたいな社会の方針を国から受けてたし、その影響もあるんだろうよ。
あと金がなかったから僻みもあるだろう。グ○チやシ○ネルみたいに、ブランドに金を払うのはただの無駄ってね。
人が何故ロレ○クスの腕時計を買って所有しておくかなんて、そんなのいざという時に
そんな私がいまやブランドを作る側とは、なんの因果だって話だよ。
「さておき、お姉様はその招待状の山から親好を深めたい相手を好きに選んでみてください」
「全部は……とてもじゃないけど無理よね」
「はい、一割も無理です。お勉強もしないとですしね」
私がシーラ及びスレイと協議を重ねて作成した予定表をお姉様の前に滑らせると、
「あまりに空欄が少なくない?」
「笑顔ですお姉様」
「……身内なんだからいいでしょう」
お姉様のみならずアリーシアまで口がひくついてるのは実に情けない。王都で平和にやれるのはこの冬が最後なんだから、ここで勉強と陣営強化に取り組むしかないでしょうに。
「これだと……お誘いの一割どころか五分ぐらいしか受けられなくない? せっかく皆が誘ってくれてるのに」
お断りするのは勿体なくない? とお姉様が怪訝そうにしているが、
「お姉様、王妃の仕事ってのはどちらかというと他人にお断りするのがほぼメインですよ。誰もが自分の欲望を叶えるべくあらゆる手練手管で王妃の関心を買おうとしてくるんですから」
今までミスティ陣営は弱小だったから他人からのお誘いをお断りすることは殆どなかった。
が、ここからは違う。本気で王妃を目指すには何より断り方が大事になる。
「何はどうあれ、ここから先は上位貴族にもお姉様に選ばれた人と袖にされた人が出てくるわけです。当然お姉様にお断りされた相手は大なり小なりお姉様を恨むでしょう」
招待状が山ほど届くのはステータスではあるが、同時に面倒な話でもある。
当然だが、人間ってのは大なり小なり自分のお誘いが断られれば相手に不満を抱くからね。こいつは私を軽んじてるんだなって考えるんだよ。
これはもう事実がどうとかその人の忙しさや余裕がどれぐらいか、とかを超越した感情論の話なのだ。
だから実りがなくてもお誘いに応じる、みたいな社交が価値を持つような、面倒くさい状況が生まれるわけだ。
「敵対感情を最小限に抑えつつ、しかし自分にとっての益も引き出せるように限られた時間の中で効率よく動く、その練習としては悪くないでしょう」
王妃なら、敵を作らないように立ち回ることが大前提となる。
どのお誘いは断れないか。どれを断ってもよいか。断る口実は適切か。そういう判断をお姉様は出来るようにならないとだからね。ここで経験を積めるのはありがたい話だよ、
「また上位貴族との茶会は審美眼を磨くよい機会ですので、これらの茶会には私とシーラは同行しません。プレシア、アレジア、フィリーの中から随伴を都度お選び下さい」
「せっかくの機会ですので、お姉様は今冬は私たちに縛られず自由に動いてみて下さい」
私とシーラに頭を下げられたお姉様は自由を得たというのに滅茶苦茶渋い顔だよ。
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