■ EX37 ■ 閑話:持ち味、イカしやがったなァ Ⅳ






 エミネンシア家冬の館を後にしての帰り道、そろそろ声も届かぬだろうという距離まで歩みを進めたところで、


「クソッ、やられた! よくもやってくれたわねエミネンシア!」


 ブランダが頭を掻き毟りながらギラギラと眼を光らせる。


「全くだわ。ケーキもドレスも普通だったけど、あんな相乗効果で叩きつけられるとはね」

「ケーキが普通? この馬鹿舌! 分かってないのねそう分かってないとかなんて情けない! 恥じるべきよそう恥じるべきだわ!」


 どうやらシェプリーのみならずブランダの方にも何かミスティは仕掛けていたらしい。シェプリーとしては分からないのだが……やはり普通のケーキではなかったか?


「あいつ、あんな……料理への着香じゃなくて香水の方で味覚を操作するとか、なんて奴!」

「香水? ああ、あのハーブ系の?」

「ハーブじゃなくてミント!」


 いやハーブはミントを内包するだろ、とシェプリーとしては思うのだが、地団駄すら踏みそうな今のブランダに言っても無駄だろうと口を噤む。


「ケーキは普通、そうよケーキ自体は普通だわ。あえてケーキには手を加えず周囲の香りを操って味覚を変えてきた! クソッ、完敗だわ。そんなこと考えもしなかった!」

「え、味変わってた?」

「この馬鹿舌! いえ悪いのは頭ね、料理は身体全体で味わうものだものね!」


 正直ブランダの言うことがシェプリーにはよく分からない。いや味は舌で味わうものだろうとシェプリーとしては思うのだが。


「貴方、豚小屋で食べるフルコースが美味しく感じられて? その日の体調でだって味の感じ方は変わる。苺の匂いを嗅ぎながら赤い砂糖水を飲むと人は頭の中で苺の味を調合する。苺の果実水だと思うのよ。それくらい人の味覚は環境で変わるってのに……!」


 叫ぶだけ叫んだブランダが急に魂が抜けたかのように大人しくなった。


 今のブランダの中には複雑な感情が渦巻いているのだろう。

 元々ウィンティが流行らせた素材の持ち味を生かした流行の発端はブランダだ。

 本来、料理に調味料や香料を多様する必要などないのだ、と。鮮度が良ければ生のままで大半の素材は美味しく食べられるのだ、と。

 エミネンシアが得意とする着香などもってのほか、茶葉は茶葉の香りを楽しめばいいというのがブランダのポリシーだった。


 それを知ってか知らずか、いや知っていたのだろう。ミスティはケーキには着香せず、自身が纏う香水を利用してブランダの味覚に干渉してきた。

 小憎たらしい手管だが、相手の面子を潰さずに自分のやり方を通すその発想は賞賛に値するだろう。

 これもまたアーチェの手管ではあるまい。ミスティが考えた、ミスティの手管だ。


 これ以上ミスティ・エミネンシアを顔だけ令嬢と侮るのは危険だとブランダははっきり覚った。

 ミスティは成長している。それもウィンティたちの予想を大いに上回る速さで。


「流行るわね、あれ」

「ええ、間違いなくね」


 ブランダの呟きにシェプリーもあっさり賛同した。その証拠に、ほら、


「何よりこの私自身がやりたがっているのだもの。私ならエミネンシア侯爵令嬢よりもっと上手く、もっと美しく表現できるってね」


 そうとも。シェプリーも全く同じことを考えている。やりたいと思ってしまっている。

 オウラン陣営の自分たちですらそうなのだから、ミスティ陣営ならば憚ることなくこの流行に手を出すだろう。


 子供っぽいアイデアだ? 確かにそうかもしれない。だが淑女になることを急ぐあまりに、己は表現の幅を狭めていたのではないだろうか。

 そんな後悔よりも――早く自分もあれをやってみたいという情動がシェプリーの足を急がせる。


 かわいいお菓子を着てみたいなんて、シェプリーだって幼い頃に一度は夢想したであろうに。

 そんな可愛らしい夢想をいつの間に己は捨ててしまっていたのだろうか。早く一人前の淑女になりたいという焦りゆえだろうか。


 茶菓子とのコラボレーションという題目ゆえその工夫の方向は無数にあり、しかし一目見てミスティが仕掛けた流行だと分かる。予算のかけ方もピンキリで上位下位を問わず誰でも楽しめる。全くうまい仕掛けを考えたものだ。


「シェプリー、貴方やるの?」


 そんなこと、問われるまでもない。ウィンティからは許可も既に貰っている。


「ブランダもやってみたいんでしょ?」

「そうね、公表するかはさておき」


 そう、仮に他人に見せなくとも、とりあえず自分で試してみなければこの創作意欲を鎮めることなんて出来やしない。

 一先ずはどの菓子が良いだろうか、ウィンティはもう成人済みだからあまり子供っぽい意匠は――まで考えてシェプリーは気が付いた。


「ブランダはとりあえずどんな菓子を想定している?」

「そうね、まずはジュレじゃない?」

「えぇ、これから寒くなるんだから焼き菓子でしょ? タルトとか」

「は? 無いわよ透明感がない。ウィンティ様には似合わないわ」

「は? 似合う似合わないは私の分野よ。というが服飾に合わせて菓子を作るんだから服飾がメインでしょ?」

「は? 貴方今日のお茶会で何を見てきたのよ。ケーキにエミネンシア侯爵令嬢たちが合わせてたじゃない。メインはお菓子よ」

「はぁ!?」

「はぁ!?」


 シェプリーもブランダもウィンティの片腕を自称する、己の専門分野では一流の腕前だ。

 であるがゆえに意見は完全に平行線を辿るしかない。どっちだって己の分野がまず先にくる。その認識は代えがたいのだ。


「……仕方ないわ。二種類のコーディネートを作成してウィンティ様に決めて貰いましょう」

「よくってよ。それなら優劣が明らかですものね。私の方の服飾に手を抜いたら承知しないから」

「手を抜く? このシェプリー・ビダイズンによくもそのようなくだらないことが言えたものね、それともしょっちゅう手抜きしてるからそう考えてしまうのかしら」

「つまり貴方はしょっちゅうそのような卑しいことを考えているのね。嘆かわしいわ」


 そしてどちらも一流を自認しているからこそ、ブランダもシェプリーも自分のコーディネートには絶対の自信がある。今やバチバチと火花を散らす両者はまさに竜虎相搏つが如き様相を呈している。


「まあいいわ。全てはウィンティ様がお決めになることよ」

「えぇえぇ、その通りね。泣きべそかいても知らないから」

「その言葉、そっくり貴方にお返しするわ」


 先ずは形にするにしても、お互いがお互いの助力を必要としているのだ。形にする前からいがみ合っていては話にならない。


 そうして後日に己が推すドレスを手にしたシェプリーとブランダに鬼気迫る表情で左右から責め寄られたウィンティは、


「お、おのれアーチェめぇ……」


 と呪いの言葉を吐くことになるのだが、まあそれは些細な話だろう。






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