■ EX37 ■ 閑話:持ち味、イカしやがったなァ Ⅰ
「それでは次にブランダ、何か報告はあるかしら?」
オウラン陣営の定例会議にて、ウィンティに尋ねられているブランダを見ながらシェプリーは思考を巡らせる。
その態度は落ち着いたもので、というのも今日のオウラン陣営会議の開催場所はビダイズン侯爵家冬の館の談話室、つまりシェプリーの実家であるのだから緊張するはずもない。
ウィンティは部下との親交を深めるためと称して陣営会議を自らの家で行なわず、配下の家を順繰りに訪ねる方針を取っている。
その真意がファスティアス・オウランの影響下から逃れるためであるのだと知っているのはシェプリーやブランダ他数名だけだ。
ここでウィンティは父親には聞かせたくない報告をこっそり受け取り、頭の中にだけ保存して帰って行く。
その為の報告書はシェプリーも既に用意してあり後でウィンティに見せる予定なので、ここでの報告は一般的な話をするだけだ。
「では次にシェプリー、特筆すべき事はあって?」
「はい。付き合いのある呉服所からの報告ですが、今年は何故か山吹色の反物が下級貴族を中心に例年より売れているそうです。今年の流行色になりそうだと」
「山吹色?」
ウィンティが軽く首を傾げるのも別段不思議なことではない。
山吹色、即ち黄系統の染めはマリーゴールドやサフラン、クローブなど多岐にわたる染料が用意されており値段もお手頃、布地自体には別段流行になり得る要素がないからだ。
平たく言えば、ドレスの素材として安価だけに個性を出しにくく、その色を選ぶことで益になる理由がないということだ。
「これに関しては調査を進めた結果、エミネンシア侯爵令嬢の茶会に招かれた者たちが購買層として買い求めているようです」
「その理由は?」
「すみません、エミネンシア侯爵令嬢もわりと口が堅い自分寄りの令嬢にまだ絞っているらしく、意図が掴めないでいます」
しかも、尋ねた相手の一人にはこちらの意図を見透かされたか、
――実際にお茶会に呼ばれてみないと分かりませんわ。そういう趣旨でしたの。
そんなふうに煽られていて、シェプリーとしては悔しさ半分期待半分といったところだ。
もっともシェプリーとしても調査を全く行えていないわけではない。一つ、これを伝えてもいいものかどうか迷うネタがあるのだが……結局隠さず伝えることにする。
「
他人の目耳がある学園の
はたしてエミネンシア侯爵令嬢たちが本当に茶会で纏うドレスは本当にそれなのか分からない。ブラフなのかも知れず、これをシェプリーがウィンティに伝えることで、なにか落とし穴にでも嵌る可能性も否定できない。
それでもシェプリーが報告したのはウィンティとてその程度は理解しているし、ならば隠す方が不利益になるだろうと予想したからだ。
「ミスティたちはダークブラウンのドレスなのに、そのお茶会に招かれた子たちは山吹色?」
「恐らくエミネンシア侯爵令嬢が新たな流行を創出したのだと思いますが……繋がりが分かりません。ただ、近いうちに私にも招待状が来ると思われます。如何致しましょう」
必ず、己はエミネンシア侯爵令嬢の茶会に誘われるという確信がシェプリーにはある。
何せブランダが招いた茶会においてアンティマスク伯爵令嬢は、
――もし私たちの流行がスカ―ラム侯爵令嬢のお眼鏡に適うようでしたら取り入れて下さいますでしょうか?
ぬけぬけとブランダにそう言い放ったからである。そんなミスティ陣営が服飾で流行を発信しようとしているなら、当然シェプリーにも同じことを言うだろう。
流行を発信する以上、それを隠しているのでは意味がない。だというのに何故隠しているかと言えば、その理由も早々にシェプリーには予想が付いている。
即ち、
――茶会に招くまでに答えがわかるかな?
そう、アンティマスク伯爵令嬢はシェプリーを試しているのだ。お前が学園における服飾のクイーンを気取るなら、この程度は当然分かるだろう? と。
そうシェプリーを挑発していて、つまりアンティマスク伯爵令嬢は自分たちが作り出す流行にそれだけの自信があるということだ。
と、
「あー、横から口挟みますけどアーチェたちのこの秋のドレスがお揃いのダークブラウンなのは多分間違いないです。私も採寸の場に居合わせましたし」
そうリトリーが小さく手を上げて補足してくれたお陰で、シェプリーの予測はもはや揺らぎないものとなった。
「どんなドレスだったの?」
「ええと……私そういうの疎いんで正直よく分かりませんが、エミネンシア様式とは違う無難なドレスでしたよ? センスはよかったですが、一見して分かる創意工夫は特になかったと思います。ビダイズン侯爵令嬢なら何か分かったかもですが、私にゃそれ以上は分かりません」
ミスティがいつものエミネンシア様式を捨ててきた、というのは流行のために阿ねったのであろうが、しかしそこで個性を捨てて無難に落ち着いては意味がない。その筈だ。
しかしミスティの茶会に招かれた者たちは刺激を受けたかのようにごく無難な色合いの山吹色の反物に何故か揃って手を伸ばしている。ミスティたちがダークブラウンのドレスだというのに、だ。
それはつまり、上位貴族であるミスティのドレスを見て下位貴族たちが自分たちもと続ける、財源にあまり依存しない新しい様式をミスティたちが発しているということに他ならない。
だが、どうやって?
挑発され、悔しいと思う一方でそれを心待ちにしている自分がいることにシェプリーはとっくに気が付いている。
元々、勝ち負けを競う以前に服飾それ自体が好きなのだ。それをもっとも生かせる場として最大貴族オウランの派閥に与した。シェプリー自身には別に、ミスティに対して失望はあっても敵意はないのだ。
ウィンティに熱意を買われウィンティただ一人のデザイナーとなったが、その際にウィンティに「服飾に対しては真摯でいさせろ」という条件を付けるほどに、シェプリーは服飾を愛している。
正直に言えば、アンティマスク伯爵令嬢がバナールの相手をするときのみ着ているという外つ国のドレス、あれもシェプリーは自分なりのセンスで仕立ててウィンティに纏わせてみたいと思っているのだ。
ミスティが手を加えて自分なりにアレンジした方ではなく、オリジナルの方にはなんとも言えない味わいがあった。それに比べればミスティのドレスはこの国に受け入れられるために尖った個性を捨ててしまっている。
シェプリーから見てミスティのドレスに対する評価はあくまで『有りだが無し』だ。
この国で着るために違和感を上手く消しているが、しかしそれ以上でも以下でもない。上手く纏めたと感心はするが、短所と同時に長所も削がれてしまっている。
自らを唯一無二として突出する気が無い。ミスティの覚悟とセンスには期待できないと思ったからこそ、シェプリーはオウラン陣営に、ウィンティに付いたわけだが――その判断を下したのはあくまでミスティが今のドレスの原型を作った、彼女がまだ幼かった頃だ。
今ならどういう勝負を仕掛けてくるか――楽しみにしている自分がいることをシェプリーは自覚している。
「まあ、いいわ。服飾に関してはシェプリーに一任しているもの。良さそうなら貴方なりに取り入れなさい。采配は全て任せます」
「ありがとうございます」
そう、いいデザインならば取り入れるのも有りだとシェプリーは思っている。
先のウィンティの言、オウラン陣営の皆はウィンティがミスティに対して度量を見せているのだと思っているが、実際はウィンティとシェプリーの盟約「服飾に対しては真摯でいる」を侵さないためである。
そこが崩れぬ限りはシェプリーはウィンティに忠誠を尽すだろう。そういう意味ではシェプリーはあまり質のよい忠臣ではないだろうが、
「で、リトリー。貴方ついに自分の小説にアーチェも登場させたのね。しかもこの役割は何? なんでアーチェに虐められるミスティを私が慰めてるのよ!?」
「いやー、ほら姑に虐められるヒロインとか王道じゃないですか。しかもそれ庇ってあげればさらに好感度稼げますしよくありません?」
「いいわけないでしょ! しかもなんかミスティといい雰囲気になってるし! と言うか何でアーチェはこの原稿に許可出したのよ!? アーチェの奴完全に悪役じゃない!」
「いやあいつ大爆笑しながら喜んでましたけど。『この私が悪役令嬢とは随分と高く買われたモノね!』って」
「何でよ! 頭おかしいのではなくて!?」
ただ、こいつよりは多分マシな部下だとシェプリーは思っている。少なくとも主を投影したキャラをミスティと恋仲にするようなこのリトリー・アストリッチよりかは確実に、多分。
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