■ 148 ■ 持ち味をイカせッッ Ⅲ







「で、でもそのスタートラインがまずおかしくありませんか? 普通の人はそんな、土塀に風景が写るなんてこと知りませんよ!」

「あら、じゃあそれを知っていたフィリーは普通の人じゃないのかしら? シア」

「それは……」


 フィリーとプレシアは、魔術の加護を除けばどちらも普通の人だ。その両者を今ここで分けているものは単に知識の総量に過ぎない。


「分かるかしら? 私にはティーチ先生が教えてくれた、他人より少し多めの知識がある。それはつまり貴方より思考の引き出しが広いということを意味しているのよ。私が貴方やアリーに勉強しなさいと口を酸っぱくして言っているのはこれが理由なのよ。今ならそれが分かるでしょう?」

「流行の創出とはつまり、その者がどれだけ学んできたかの証でもある、そういうことなのね」


 そうお姉様がどこか悔しげなのは、自分の知識がウィンティに及ばない故に遅れを取っているのだと痛感しているからだろう。

 だからまだお姉様は勘違いをしているね。知識ってのは座学で学んだことだけが全てではないんだよ。お姉様は幼い頃からちゃんと貴重な経験を積んでるんだ。


「しかし、どれだけ知識があってもそれらを結びつけられなければ意味がありません。発想と美的感覚も重要になりますが、こちらはもうお姉様は備えている筈です。お姉様が今着ているドレスがいい証拠ですよ」

「え? あ……!」


 皆の視線がお姉様のドレスに集中する。私のほぼ和服なドレスとは違う、和ドレスとでも言うべき海外の文化とアルヴィオス文化の融合。


「気付かなかったわ。そうか、これも新規の創出だったのね」

「左様にございます。ただそれは残念ながら私みたいな例外を除いてそこまでアルヴィオス国民を熱狂させるほどのデザインではありませんでした。しかし疑いなくそれはお姉様のオリジナル、新規の創出。ならあとは周囲が何を好むかという知識があれば、お姉様は今後いくらでも新規の創出が可能になるんですよ」


 そう言いおいて、トンと指で机を叩く。机の上にあるのは、私がまとめて先程皆に回し見せたアンケート結果だ。


「そ、その為の新聞とアンケートだったのね……あんた、どこまで先を読んで考えてるのよ……」


 シーラが怪物でも見るような顔で私を見てくるが、違うぞシーラ。お前はいまこの場の空気に呑まれているだけだ。


「そうは言うけど貴方だって周囲に何が受けて何が嫌われるか、お姉様がどうすれば皆に好かれるか、そういうことには注意を払っているでしょ?」

「それは、やってるけど……ここまで効率よくは考えられないわ」

「考える必要はないわ。効率を突き詰めた先にいるのは私のお父様やシーバーよ。前に言ったでしょ? 皆に好かれなかった王様の話」


 効率を突き詰めた人間は敬されども好かれはしない。それはお父様然り、そしてそのやり方を踏襲する私然り。


「そうやって生きてきた結果が私の『淑女嫌いのアンティマスクの娘』という評判よ。これが好ましいと思うなら貴方も私の真似をするといいわ」

「尊敬はされるけど、か」


 シーラが私を気遣って言葉を選んだが、べつにそういう配慮はいらんよ。


「その先に『好かれない』とちゃんと続けてもよいのよ? 自覚してるから」

「わ、私はアーチェ様のこと大好きですよ!」

「私もですわ、心からお慕いしております!」

「アハハ、シアもアリーもありがと。でも蓼食う虫も好き好き、二人は自分が例外だってことは自覚しておいてね」

「アーチェ様、魔王国の最高権力者にまで求愛されてそれ言います?」

「……シア、嫌なこと思い出させないで」


 プレシアテメー、人が忘れようとしていることを掘り起こすんじゃねぇ。嫌な記憶は芋じゃねーんだぞ。

 少し呆れている二人を軽く睨んで、改めてお姉様に向き直る。


「もう一つ例を挙げましょう、エミネンシアの着香した紅茶、あれもそういう意識はないでしょうが、過去に誰かが開発した新規の創出です。香水と紅茶の組み合わせ、たったそれだけのことですけどね」

「既存のものに足す一、確かにその通りね」

「左様にございます。さて、それらを踏まえた上でお姉様の力を学園に知らしめてやりましょう。せっかくですから私たちの弱点であるファッションとグルメ、その両方をここで巻き返します」

「え、そんなことできるんですか?」


 いやいやアリー、私にはできんよ。やるのはお姉様だ。私はただアイデアを出すだけさ。形にするのはお姉様の仕事だよ。


「お姉様に才能があれば、ね。多少金はかかりますが最初が肝心です。ケチらずいきましょう」

「あれ、でもそれだと下位貴族がおいてけぼりになりませんか?」


 アリーがもっともなツッコミを入れてくるがそれは問題ない。


「お姉様は上位貴族なので派手にやる。大丈夫、要は予算に応じて創意工夫できる余地を示せばいい。それは多分誰の目にも明らかになるから問題ないわ」


 さあフルスイングでブランダ・スカーラムウィンティのお料理係シェプリー・ビダイズンウィンティのドレス係、両侯爵令嬢の面をぶん殴ってやりましょうかね。

 女が女の頬を張るのに手加減は不要、お姉様のセンスで以て、その高ぁく伸びた鼻に手袋ぶつけてやろうじゃないの。






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