■ 148 ■ 持ち味をイカせッッ Ⅱ
「価値観が一つだけだと勝ち筋が固定されちゃうでしょ? ある意味では流行の創出とは新しい競争ルールの創出でもある。固定化されかけた影響力の刷新とも言い換えられるわね」
「ああ、自分の望むタイミングで刷新を何度も繰り返すことができるなら――確かにそれは強者の証ですね」
「それともう一つ。人は退屈を嫌い熱狂や熱中を愛するものよ。だから自分を退屈させないでいてくれる人を持て囃すってこと」
「そっか、だから新聞が皆に愛されているんですね。私も退屈は嫌いですし、よく分かりました」
フィリーが納得したように頷いた。そう、だからこそ流行を発信できなければ女性社交界では頂点に立つことはできない。況んや王子の婚約者など名乗れるはずもないということさ。
「そんなわけで我々ミスティ陣営はお姉様より出でたお姉様の才、と傍目にも明らかな流行を作り出す必要があるわけですね」
現時点で私はお姉様より目立ってしまっていて、だからお姉様より私のほうが得意な分野の流行を創出しても誰もお姉様を崇めてはくれない。
つまり私が苦手な分野から流行を創出しないと、この状況は覆せないということだ。ハッハー! 分かっちゃいたけど中々にしんどい――わけでもないんだよなぁ。
「とまあ、そんなわけでお姉様には頑張って貰い――なんです?」
私としてはお姉様に丸投げ、で終わりにするはずだったのだが、お姉様は何故か不安いっぱいの表情で私の顔を上目遣いに伺ってくる。
「私に何とかできる分野……なの?」
お姉様は大いに不安そうなのだが、いや、私には手も足もでないからお姉様に頼るわけで、ある意味お姉様の独壇場でもあるんだけど……あー、これは私のミスだよな。
「先にも触れましたが、私はお姉様がどのような状況であれ生き延びられることを優先してお姉様に課題を課していました。つまり今までお姉様は自分の得意とする分野を私に封じられてきたわけです。その結果としてお姉様が軍事、戦術に対しての自信を付ける一方で社交界への自信を失ってしまっているのは全て私の責任です。申し訳ありませんでした」
いきなりぶっ込まれた魔族との戦闘でも指揮官として働ける程度に、お姉様は成長した。ぶっちゃけこれは令嬢としては唯一無二の破格の才能であると私は自信を持って言える。お姉様は武寄りのルイセントの婚約者として申し分ないってね。
だがそれは愛玩型の令嬢として育てられたお姉様自身の経験の一切を否定し重んじてないということでもある。だって令嬢に指揮官適性、どう考えても不要だもん。
しかし社交界の才というのはどちらかというと愛玩型の令嬢に求められる範囲の課題なのだ。
自ら政治を理解し、軍備をも視野に入れ始めたお姉様の意識が流行の創出に疎くなってしまうのは当たり前だ。
あらゆる方面に才を示せるのは一握りの天才だけで、それはウィンティにも成し得ない奇蹟であるのだから。
「それを振るう機会を封じてきた私が言うのも何ですが、お姉様はことセンスに関してはとても磨かれた才をお持ちなのです。それを駆使すれば本来、流行の創出などそう難しくはないのですよ」
「嘘だぁ、だってそれができるなら誰だってやってるじゃないですか」
プレシアが茶々を入れてくるがバカめ、私はお姉様ならできると言っただけで誰にでもできるとは言ってないぞ。
「皆は流行というと新規の創出だと思い込んでいるみたいだけど、何もないところから新しいものを作る必要など一切ないのよ。今あるものに足す一するだけで十分に流行になり得るのよ」
「でもあんたは写真を開発したじゃない。あれは完全に一から創り上げたんじゃないの?」
あー、シーラ程の才があってもそこ勘違いしちゃうのか。そんなわけないんだよ。
この世界でも化学知識が薄い私にあっさり写真が再現できたということはね、その下地が既にこの世界には転がっていて、それを私は一纏めにしただけってことなんだ。
「違うわ。写真の基本は『密室小孔の漏光、必ず倒景を成す』よ」
何それ、と皆が首を傾げてしまうが、
「平たく言うと、真っ暗な建物に小さな穴を一つあけて放置しておくと、外の風景が白い土塀に焼き付くのよ」
「あ、それなら知ってます。以前読んだ『この世の不思議辞典』に載ってました――え? 写真ってあれなんですか!?」
おお、フィリーはその本読んだことあったか。私も読んだぞそれ。
「私も小さい頃にティーチ先生に貸してもらってその本は読んだわ。あれ面白かったわよね。あの本がなければ写真は完成しなかったもの」
うそぴょん。前世知識だからね。
ただ前世知識をいきなり持ち込む前に、私は逸話としてそれがこの世界にあるかということは調べておいたのだ。いきなり変な技術が出てくるとお父様に怪しまれるからね。
実際に領内にある小屋をお父様に一つ工面して貰って実験もしたし。私が写真なんてものをいきなり作ってもお父様が疑わなかったのは、そういう私の下積みが功を奏したからだろう。
「つまり白い壁と黒い部屋、小さな穴があれば白い壁は時間経過で黒ずみ、穴の外の倒景がそこに残される。であれば黒ずみをものすごぉーく加速させることができれば黒い箱と白い紙で風景を写し取れるということでしょ」
「ほ、本当だ……写真機ってそういうものだったんですね……」
フィリーのみならず皆が目を丸くしてしまっているが、まあそんだけなんだよ。
「ちなみに何故そうなるかは私にも分からないわ。ただ、とにかく私にもできる手法で、時間経過で黒ずむ身近なものは何かと考えて、最初に思いついたのが銀食器よ」
「ああ、銀食器は磨かないとどんどん黒ずんでいくものね……え、感光ってそういうことなの?」
お姉様が今知った、みたいな顔になってしまうのはまあ仕方ないか。
私には化合物とか酸化とか塩化の知識が(ほんの少しだけ)あるけど、それがない人にはここらへんはもうただの銀の劣化としか見做せないもんね。
「そういうことです。これにリージェンス室長の研究成果を用いることで写真機の基本は完成しました。ただこれだとどうにも一定の距離以外ではボケた像しか撮影できませんでした。なのでボケた像をハッキリ見えるようにできる道具が必要でした、これが何かはもう分かりますね?」
トントン、と私が指でこめかみを叩いてみせると、それでアリーがハッと息を呑んだ。
「眼鏡、レンズですか」
「御名答アリー。はい、これで目の前の光景を鮮明に写し取る写真機の完成よ。ほら、一つ一つバラしていくと、皆の知っている知識でできているでしょ」
そう説明しても皆完全に狐に摘まれたかのような顔になってしまっている。
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