■ 148 ■ 持ち味をイカせッッ Ⅰ






「さて、流行です。これを作り出すには強制力ではなく下々の熱意が必要ですね。上から押しつけられたものでは意味がありません。各自が各々に興味を持ち、自分もやってみたいと思わせるお手本を創出する。これが流行の始まりとなります」


 私が語り始めたせいだろう。皆も改めて顔を引き締め、くにがまえ状に組んだ長机の前で私に視線を向けてくる。

 視線でアイズとフレインに合図を送ると、二人もまた頷いて部屋から退室していった。間諜リトリーもいなくなったし、ここから先は女の世界だ。男がいてもあまり役に立たないから、だったら彼らの貴重な時間は鍛錬に使わせてあげるべきだろう。


 護衛としてストラムとグラムがこの場に残っているから戦力としては申し分ない。会話に参加せず侍従としてアフィリーの背後にも立たずクッキーを頬張っているのはまぁ、ご愛敬だよ。いてくれるだけで彼らは十分頼もしいからね。

 ちなみにヴェスは今日は最初から欠席だ。最近はずっと新型ネガのこともあってルイセントの方が忙しいので、そちらのお手伝いだそうだよ。


 そんなわけでいつものミスティ陣営グループ会議だ。


「アーチェ様、新聞は流行の創出にはならないんですか?」


 アリーが挙手と共に質問してくるが、これは是であり非でもある。


「皆が足を止めて読んでくれているという点では皆が興味を持つ新しい物の創出ではあるわね。だけど真似をして後に続くものが出てこない、つまり自分もやってみたいと思わせるものではないし、何より周囲の認識が『既存の』情報を拡散する道具と捉えている。つまり新聞を新規の創作物と見做してくれていないのよ」


 新聞は確かにこれまでなかったものの創出だけど、学生たちには新聞がお姉様の新たな創作物だという認識がないのだ。

 これは情報を作るのではなく、情報を集めて紹介しているという新聞の特性によるもので、残念といえば残念だし同時に安心でもあるね。


「学生たちにとって新聞は流行ではなく、流行を教えてくれるものという認識に納まってしまっているの。私たちがどうこう言ってもその認識は変わらないわ。事実がどうというより周りがどう思ってくれるかが社交界では重要だからね」


 もっと言ってしまえば新聞は情報を操る、つまり流行を制御できるという時点で流行よりさらに外枠を握っているわけだけど……これは皆には言えんわな。情報を好き勝手に操れるという立場は不正の温床にしかならないし。

 あくまで私たちは可能な限り秘匿せず隠さず歪めずのスタンスを維持だ。そうしておけば活版印刷の時代に至るまでは報道の腐敗は最低限に留められるだろうよ。新聞作りが手書きであるが故に大変でコスパが悪い、この時代ならね。


 マスゴミが権威ごっこ始めるなんざ悪夢も悪夢、前世でお腹いっぱいさぁ。


「要するに新聞はやってみたいことを教えてはくれるけど、新聞を作ってみたいと思う生徒が現状後に続いていない。だから新聞は流行の創出ではない、ということね」

「はい、その通りですお姉様」

「むぅ……難しいですね」


 アリーが考え込む横でフィリーがハイと手を上げる。


「では写真が流行として見做されている理由はなんですか? これもまたアーチェ様にしかできないことですよね?」

「簡単な事よ。写真を撮ることではなく取られる側、つまり被写体としての流行という事よ」


 撮影すれば創作物として写真が残る。そしてその写真の内容は人によって異なる。

 こういうふうに撮って欲しいという要望に添った写真が新たに作られる。被写体の願望に添った創意工夫が創出されるのだ。


「クルーシャル侯爵親子によるポートレート、北方四侯爵領の風景写真、それらの出来、見栄えで競い合うことができるわ」

「しかし新聞もその一面があるのでは? 取材される側としての――あー、取材される側の個性が新聞では薄まるんですね」


 私に問い返しながら、しかしフィリーは自分で答えに辿り着けたようだ。やはり思考実験ではアフィリーシアの中で頭一つ抜けてるね、フィリーは。授かった加護が知神だけのことはあるよ。


「聡いわねフィリー。そう、あくまで私たちの手で記事は書かれるし、何より新聞は手元に残らないからね」

「聞いた言葉を私たちが文字に起こすのとは違い、姿をそのまま切り取るのが写真。だから被写体側の主張が形として出てくると」

「そういうこと。実際には写真にだって、撮影側の腕という差分要素はあるんだけどね。今は撮影者が私しかいないから実質ここは均一化されてるのよ」

「なるほど。撮られる側の切磋琢磨だけがそこに現れると」


 フィリーが頷いて、しかしフィリーは勉強以外に興味が薄いからだろう。


「しかし、なんで競い合うネタの創出がお姉様には求められるんですか?」


 めっちゃ基本的なことを真顔で聞いてくる。

 そうだね。貴族社会では流行の発信が求められる。自ら流行を作り出し、その権威として振る舞うことが女性社交界での争いということだ。

 逆に言えばそれができない限り、どれだけ知識があっても只の頭でっかちとして敬遠される。それは何故か?


「まあ、貴族社会というのは権威を誇る場だから、としか言いようがないわね。あるいは平和的な勝負をしましょうと人々が暗黙の了解をした結果とも」


 女性の政治進出を嫌う男性貴族が多いのは単なる男尊女卑だけでもないのだ。なにせパートナーまで一緒になってそっちに傾注してしまうと、後方支援である女性社交界がなおざりになってしまう。

 貴族社会とは予算管理と領内統治、政治政策を進める男性と、その男性にとって有利な環境を作るためのロビー活動を浸透させる女性の二人三脚によって成立しているのだ。


 そこを軽視しているお父様は、だから今の社会では現状維持以上の権限を手に入れられない。

 逆に言えばこれから先の未来を変えるつもりがあるから、お父様は妻の座を空位にしていても問題ないということでもある。


「人は二人いれば互いに比較しあい、どちらが優れているかを競わざるを得ない愚かさを宿業として抱いているわ。生存競争いきのこりでこれを争うのは苦痛が伴うから、より平和的な価値観で今は競っている。そんなところじゃないかしらね」


 ある意味では社交界は女尊男卑でもあるわけだよ。旦那の理解があれば女性が領地経営や政治に口を出すこともできるけど、男性はどうやっても女性社交界に席を得ることはできない。

 そしてそういう品質と品格が国家運営に影響する世の中がムカツクから、お父様は初代王の時代にまで価値観を巻き戻そうとしているわけだね。


 傲慢な話だよ。それは武力による手柄だけを唯一の価値観にしたいってことなんだからさ。






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