■ 147 ■ 流行発信 Ⅲ






「とまあそんなわけで次の新聞ではブランダに一面を飾って貰うとして、私たちも流行の創出をやらないといけないわけです」


 以前の取材時にそうブランダにツッコまれた内容を新聞部内に開示すると、皆が困ったように顔を見合わせ始める。


「えーっと、写真では駄目なんですか? ミスティ陣営の唯一無二だと思いますが」


 大人の社交界ではダンスの撮影が今大人気だし、実際のところ高感光度ネガの製造が追いつかないというのも嘘なのでそれでいいんじゃない? とプレシアが提案してくるが、


「駄目ね、先手を打たれてるわ」


 一応私もブランダにこっちにゃ写真があるがよ、お? と軽く言ってはみたのだけど、


――ええ、確かにアンティマスク伯爵令嬢とリージェンス男爵閣下の発明は素晴らしいわ。でも、そこにエミネンシア侯爵令嬢は一切関係ないわよね?


「とまあ、事実をそのまま返されちゃいまして」

「要するに、オウラン陣営はそういう話を言いふらしているということです」


 写真は確かに素晴らしい技術だ、しかしそれはリージェンス研に属する研究員が優れているのであって、エミネンシア侯爵令嬢が優れているわけではない。

 そういうふうに論点をずらすことで、私を上げてお姉様を下げる形の賞賛をオウラン陣営がばらまいているということだ。


 要するに褒めてるんじゃなくて、私がいないとお姉様は何もできないって貶してるんだね。お貴族様らしいやり方だよ。



「これではどれだけ写真が話題になっても、ルイセント殿下の味方は増えますがお姉様の評判が上がりません」

「つまり我々はどう見てもお姉様の手柄であると見える流行を発信しなければならないわけです」


 私とシーラがそう言い募ると、皆の視線がお姉様に集中する。

 そう注目を浴びたお姉様は実に居心地が悪そうである。まあ、ねぇ。こう言っちゃなんだがお姉様、あまりそういう方向の活動してないもんな。

 というか私がさせてないんだけど。


「か、肩身が狭いわ……実際に私、アーチェとシーラにおんぶに抱っこだものね」

「ああ、そこは気にしなくていいです。やれ乗馬の授業だのモン・サン・ブラン行きだのお姉様に武寄りの行動させているのは私ですからね」


 これは慰めでも何でもないというか、私自身がまず戦争を前提としてお姉様の教育計画を立てているので、社交界への影響力とかがなおざりになっているのだ。

 だって一度戦争が始まれば、お茶会での影響力なんて軽く皆の頭の中から吹っ飛ぶからね。


「ルイセント殿下が武寄りということもあって、お姉様の意識が意図的に其方に寄るよう教育計画を組みましたから、そこの反省は一切不要ですよ」

「そ、そうなんだ。気が付かなかったわ。知らない間に誘導されていたのね」


 逆に言うと私たちは戦争が起きなかった場合、ウィンティに対して極めて不利になるわけだけど、それを踏まえてでも戦争が起きた場合の生存率を上げておく方がいいじゃん?

 実際お父様は戦争を起こそうと画策している筈なわけだし、無論私はそれを全力で阻止するつもりではあるけどさ。命あっての物種だから、そこがちぐはぐになってもまぁ仕方ないと諦めるしかないよ。一方に全振りせず保険かけておくのは大事だからね。


「重要なのはモン・サン・ブランの時と同様、お姉様が一から全てを考える必要はないということです」

「ええ、一見して外からはお姉様が仕掛け人であるように見えればそれでいいわけですし」

「君ら私がいるところでそれ言っちゃうんだね」


 リトリーが呆れた顔で突っ込んできたけど、まあそんなの当たり前だろ?

 実際オウラン陣営で茶会を仕切ってたのはブランダだし、服装に関してはシェプリー・ビダイズン侯爵令嬢が担当してたんだろうがよ。


「ああ、そういえば次の新聞はブランダの茶会だし、小説にも茶会のシーンが欲しいわね。宜しくリトリー」


 せっかくなのでそう話を振ると、


「はいぃ!? そんなこと突然言われても私にもプロットってものがあるんですけど!」


 リトリーが寝耳に水とばかりに目を見開いた。おーおー、今まで退屈させて悪かったなぁ。


「貴族なら茶会なんて毎日のようにやるもんでしょ、茶会のシーンぐらいどこにだってねじ込めなくてどうするの。書きなさい」

「無茶苦茶だぁー! 副部長による横暴を許しちゃいけませんよ部長! 何か反論を!」

「やかましい。次の新聞は貴方のお仲間のブランダの記事なのよ。相乗効果シナジーで仲間を応援するぐらいの気骨をみせたらどうなの。ああ、もうブランダには先のお招き時にリトリーの小説も記事に合わせる、と伝えてあるから宜しく」


 そう告げると、リトリーが完全に血の気が引ききった顔で口をパクパクさせてやがる。


「い、嫌がらせの仕事が早すぎる……こいつ本当に悪魔かよ」


 なんだよお前だって貴族令嬢だろ? 茶会なんてもう何十回も重ねてるんだからお茶の子さいさいだろうがよ。


「あのさアーチェ、これまで私が真面目に茶会に参加していたとでも思ってるの?」

「それは私には関係ないわ。いいから、だったら今からでもウィンティ様にヴィンセント殿下との茶会開かせて、その様子をそのまま原稿にでもしなさい」

「ウィンティ様とヴィンセント殿下の恋は異性間の純愛だから書いてて面白くないんだよぅ! ペンが奔らないんだよぅ! あいつが面白い女なら最初からキャラ改変なんてしてないんだよぅ!」


「凄いナチュラルに不敬がポンポン飛び交ってますね……」

「ここまで配慮も遠慮も無い腹心どうしの会話もそうないんじゃないでしょうか」


 アリーとフィリーがなんか言っているがうるせー、知らねー!


「ならその屈辱を発条バネに私ならこうするのにっておんねんを燃やしてペンに込めるのよ! いいから次の新聞までに茶会の原稿を用意しておきなさい。書き上げるまで新聞部の門戸は貴方には開かれないわ、いいわね!」

「くそっ、鬼、悪魔、淑女嫌いのクソアンティマスクめ、覚えてろよぉー!」


 リトリーが泣きながら去って行ったので、さて、


「じゃあリトリーが空気を読んで離席してくれたので、私たちは真面目に流行の発信でも考えましょうか」


 誰もが「どこの空気を?」みたいな顔になってるが私は別段おかしな事はしてないだろ? 邪魔者を追っ払ったんだから逆に感謝して欲しいくらいだよ。






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