■ 140 ■ 口止め料 Ⅱ






「約束しようじゃないか。一つに付き一つ。私が知りたいことを二つ教えてくれたら三つとも黙っていてあげる」

「……消しちゃった方が早そうね。貴方は北方侯爵家の動乱に巻き込まれて死んでしまった、と」

「本格的に手駒の潰し合い始める? それ始まると辛いのそっちだと思うけど」


 だよなぁ。何をどう繕ったってリトリー一人が帰ってこなくなればウィンティは事情を察知する。先に私が口封じを始めたのなら遠慮なく向こうもやってくるだろう。

 そして流言の流布であれば頭数の多いあちらの方が有利だ。何でもありの衝突が激化すると不利になるのはこっちなわけで――


 要するに私は今目利きを試されているわけだ。

 リトリーが信用に足るなら情報を渡して沈黙を選べばいい。

 リトリーが信用に足らなければこれ以上の情報漏洩は避けるべきだ。要はそれだけだね。


「黙っている、というのはどの程度の強度で?」

「当然、ウィンティ様に名指しでこれを知ってるか? って聞かれたら知らんりはできないね」


 ……まあ、そりゃそうだ。そんなことしちゃ粛正が待ってるもんな。主からの質問を回答拒否する間諜なんて裏切ったとしか考えられないし。

 つまりウィンティが固有名詞を出して尋ねてきたら答えるけど、それ以外では自分からは喋らないと、その程度ってことだね。


「いいでしょう。質問の内容にもよるけどね。何が知りたいの?」


 してやったり、と言わんばかりの笑みをリトリーが浮かべて、さあ何を聞いてくるのかと思ったら、


それ・・、どこのどんな殿方から貰ったの?」


 ウィンティが私の首元にある血杯カリスブラッドをフォークで指し示して――そう来たかぁ!


 やっべー、これが男からの贈り物だって証拠付きで吹聴されたら私は確かに社会的に詰むわな。だって私バナールと婚約しているわけだし。

 私の未来が終わるのは一向に構わんが、ここで社交界から爪弾きにされると打つ手がなくなる。私の醜聞は多少お父様の足を引っ張る役には立つだろうけど、その程度であいつが潰れるとは思えん。


 要するに私を徹底的に叩き潰す一手をこれでリトリーは手に入れられるわけだ。

 最終的に私が落ちぶれて死ぬのは一向に構わないさ、だけど今ここで潰されることだけは駄目だ。その質問には答えられない。


「……円界セフィラについては好きに報告するといいわ。私たちへの直接的な影響は薄そうだし、モン・サン・ブランに行かないと意味なさそうだしね。残る一つの質問を」

「え? そんなに隠したいほど大事なお相手――あー、そういうことか。私としたことが迂闊だった、そうか普通の婚約済み令嬢ならそれ答えられないかー、そうだよなー」


 ん? なんかリトリーの反応が変だぞ。もしかしてこいつ、あの質問をただの純粋な好奇心で聞いてきたのか?

 それだったら答えてやっても何も問題がない――いややっぱ駄目だ。ウィンティが「アーチェのあの首飾り、あれが誰から贈られたものか調べなさい」とか言ったらアウトだもん。


 おのれデスモダスめ、下手な婚約の証より豪奢なペンダントなど拵えよって。目立って仕方ないじゃないか!

 まあ婚約の証ってのは目立ってナンボだから仕方ないっちゃ仕方ないがよ!


「悪いけど、貴方が今察した理由でその問いには答えられないわ。貴方にその気が無くてもウィンティ様なら攻撃に使えるし」

「だよねぇ……あ、これを残る一つにするつもりはないから嫌なら答えなくていいけど、外さないの?」

「外せないの。呪われてるのよ」


 これはどうせいずれ私のほうから周知する予定だったから、隠さずリトリーの前でチェーンを握って思い切り左右に引っ張ってみせるが、赤い光を纏ったペンダントチェーンはやはりびくともしない。

 それを興味深そうに眺めていたリトリーは実に悔しげな顔で「送り主、知りたかったぁ……」なんてソファに体重を投げるように浮かせかけていた腰を落とす。


「くっそー派閥なんぞに属したせいで知りたいこともろくに知れなくなるとか、人生ままならないなぁ」

「気持ちは分からないでもないけどね、で、最後の問いは?」

「どーすっかなぁ。一番知りたかったのがそれで後は二の次なんだよなぁ」


 クソッ、やっぱりこいつも私と同じで拗らせてやがるからな。三角関係とか想像するのもそりゃ好きだろうよ。

 納豆ミサイルが名物のSFアニメのメインテーマだもんなそれ。どこの世界でも人の興味を引くのは同じ、ある意味定番の人間関係ってワケだ。


「じゃあこれだけ聞いとこう。アーチェはさ、それ贈ってくれた人のこと愛してる?」

「……念のため質問に質問を返すけど、本当にそれが唯一私に聞きたいことでいいの?」

「いい。で、どうなの?」


 愛か。どうなんだろうね? 恋してる? と聞かれたならそれは絶対に有り得ないと即答できたけど。

 愛の幅ってのは広いからなぁ。恋愛が一般に想像しやすい愛だけど、友愛も愛だし、家族愛も愛だ。親愛も隣人愛も愛だし、異性としての好ましさは愛には必ずしも必須ではない。

 もっと有り体に言ってしまえば、不快でない人間関係が成立している場合、そこに愛は遍在していると言えなくもないのだ。


 私はアルヴィオス王国民として女としてデスモダスを嫌ってはいるが、公人としての仕事に向かう心構えには感心したし、国を支える意識については立派だとは思った。だからデスモダスの一切合切が嫌いで憎い、というわけでもない。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いみたいな考え方は疲れるからね。怒りはお手軽な娯楽だけど、その分消耗も激しいし。


 散々悩んだ結果ではあるけれど、


「敬意みたいなものは多少はあるけど――やっぱ愛はないわ。死んで欲しくはないけど側に居たくはないもの。できることなら完全に縁を切って私とは別の世界で生きていて欲しいわね」

「そっかー、脈が皆無じゃないけどほぼ無しかー、残念」


 そう答えたリトリーはどこか残念そうで、いやはや最後までリトリーが残念な女でこっちは助かったよ。

 そのまま死ぬまでオウラン陣営より趣味の覗き見活動を優先する輩でいてくりゃれ。


 そう胸をなで下ろしていると、何を閃いたかリトリーがパチンと指を鳴らしてニンマリとした笑みを向けてくる。


「しかし伯爵家のアーチェですら外せない、いや侯爵家、王子でも多分それ外せないんでしょ? なら面白い未来が待ち受けているってことね!」

「……ご想像にお任せするわ」

「ヒャッホウ! 将来の楽しみが一つ増えたわ! 期待してるわね!」


 チッ、やっぱり私あのときビビらないでデスモダスにリトリー・アストリッチって名乗っときゃよかったよ。

 そうすりゃデスモダスも間違ってアストリッチ伯爵家を襲撃するだろうし、そこでデスモダスがリトリーに一目惚れする可能性もあっただろうしね。

 そんなの天文学的に低い確率だって? そんなの私が一番よく分かってるよ。でも希望的観測に身を委ねたくなる時ってのもあるでしょ? 今がその時ってことさ。






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