アーチェ・アンティマスクと二年生の秋
■ 140 ■ 口止め料 Ⅰ
さて、そんなこんなで第二グループもレティセント領へ帰還して、いよいよ後は王都へ帰還するのみである。
「すみませんアーチェ様、アーチェ様の魔王国入り、もうアストリッチ伯爵令嬢は確信している模様です」
挨拶と休憩もそこそこに報告に来てくれたアリーによると、リトリーはそれを織り込み済みとのことだった。
まぁねぇ、諜報活動が目的で新聞部に入ってきたわけだし、その程度は突き止めるよな。というか前情報からだけでも推測可能だろうし。
でも普通の貴族令嬢にあるまじき他国への潜入調査って妄想を確信できる辺り、リトリーの人物像把握は相当に正確だね。
数字があれば予想はいくらでも立てられる。だけど普通の人間なら可能性として考えても、それでも「いや、まさかなぁ」って考えちゃうし。前世の私もまさか某大国があんな雑な理由で侵攻開始するとか想像すらしていなかったし。
可能性として考えられることと、それを事実と仮定してその先を思考できることは全く別だからね。
そういう意味でも他人の解像度が高いリトリーは間諜として極めて優れているって事さ。仮定が間違ってると推理が明後日向いて遠回りするだけだからね。
「謝る必要はないわ。よく取材を終えて皆無事で戻ってきてくれたわね。お疲れ様、アリー」
「あ、ありがとうございます!」
北方侯爵家への取材も、正攻法で「楽しい」を増やしていくと決めた私たちにとって欠かせない仕事だ。
非常事態に対応する第一、第三グループだけが生命張ったとか考えるのは、有事の人間だけを持て囃す思考でしかない。
世の中は有事より平時を基調として回っているのだから、平時を軽んじるなど愚の骨頂だ。
「三グループの情報整合は王都に戻ってからやりましょ。一先ずは旅疲れを癒やして頂戴」
「畏まりました」
アリーを帰して、しばし休憩する時間を与えてからリトリーに面会依頼の文を書いていると、逆にリトリーから面会依頼が送られてきた。
ふーむ、あっちもやる気こっちもやる気か。まあ私としてもリトリーがウィンティの元へ返る前に口止めは依頼しておかないとだし、こっちの整合はレティセント領で済ましておかないとね。
そんなわけでメイと共に歓待の準備を終えて、さて、リトリー・アストリッチのご登場である。
「とりあえずそっちの望み通り動いたわけだしさ、なんか私にもご褒美欲しいなって」
お茶を堪能した後、開口一番のリトリーの言がそれで、要するに四侯爵家に厳戒態勢を取らせたんだから手間賃おくれよ、ってことよね。
そこら辺は私の判断じゃなくてフレインの判断なんだけど……配下の行いは私の責任だ。私が何とかするしかないね。
「ご褒美ならもうあるでしょ? これでウィンティ陣営は先見の明を讃えられるようになったわけだし」
「それはウィンティ様のご褒美であって私のご褒美じゃないし。新聞部員として労って欲しいなぁ」
それを平然と言うあたり、別に自分はウィンティに忠誠を尽してないよと言ってるも同然なのだが。
「そのご褒美ももうあげたでしょ? モン・サン・ブランで得た情報、投資先次第では利益に換えられるでしょうに」
「残念ながら私としてはそーゆー方面は疎いんだ。それにそっちだって大事な部下を危険に晒したくは無いんじゃないの?」
言葉の意味は分からなくても、それが交渉材料になる程度は予想が付く。だけどそれを先ず私に対しての交渉に使うか。はてさて、ここで価値がないかのようにすげなく却下するべきか、それとも認めるべきか。
まあ後者よね。だって白竜が三体、護衛に付いてきていることをリトリーはもう知ってるって事だし。
……ただ、こちらが口止め料を払ったところでこいつが黙っているって保証もないんだよね。
そう考えるとここでリトリーを消してしまうのが一番安全と言うことになるんだよなぁ……お父様みたいな考え方で嫌だけど。
「私の夢はね、小説家になることなんだ」
ティーカップをソーサーに戻したリトリーがケーキにフォークを入れながら何気なく、しかし唐突にそんなことを言い始める。
「間諜としての能力があるからウィンティ様に引き抜かれたけど、分かるでしょ? 間諜なんて正体が分かったら殺しちゃうのが一番だって」
ああ、なるほど。要するにこいつも自分の手管がバレたことをウィンティに知られたくないってことよね。
ならそれでトントン、ってことにしておけばいいじゃんかと思うのだけど、
「神器の御子、
要するにあれか、こっちがバラせるのはリトリーが間諜に使う手段一つだけ。それに対してリトリーはヤバそうな情報を三つ持っている。
であれば暴露合戦をしたときにどっちがダメージを食うか。
個人で考えればリトリーとプレシアが対消滅、男爵令嬢一人で伯爵令嬢一人を潰せるんだから対外的にはウチのほうがお得には見えよう。
だけど隠された真実を含めて考えればここでプレシアを失う方が私たちには痛手だ。というか、聖剣の勇者にはちゃんとした強者を選ばないと戦争が起きたときに魔王が倒せなくて詰む。
まかり間違っても名誉欲なんかでオウラン公にプレシアを攫われたりしたら権力差からして覆しようがないのだが――
そういう国としての利を無視して我欲で行動するのが権力争いなわけでね。聖剣の勇者に相応しい猛者ならこっちで用意する、まで言いだす様が目に浮かぶようだよ。
「つまり、そっちの秘密を追加で二つ教えてくれると? それがバランスって事よね」
「いやいや、流石にそんな美味しい話はないでしょ」
リトリーが苦笑しながらケーキを口元へと運ぶ。紅茶で濯いで、改めて私を見やる。
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