■ 140 ■ 口止め料 Ⅲ







「じゃあさじゃあさ。円界セフィラについても黙ってるから本音を聞かせてよ。アーチェの本命って誰なの? 結婚するしない出来る出来ないに関係なく!」

「貴方本当に自分の欲望に正直に生きてるわね……」


 あたまがいたくなってきたけど、それでリトリーが黙ってるなら有り難いわけで。しかし……本命か? 私の本命? そも恋って何だっけ? 髪に芋けんぴつけてトゥンクだったか?

 うーん……何だろうな、二次元の推し活しかしてこなかった私にそれは難易度の高い質問だぜ。散々悩んだわけだが……


「取引だから、ちゃんと真面目に考えたけど――結局はバナール様だろうなって結論になったわ」


 地位、財力、性格、生活環境などを踏まえるとやっぱりエミネンシア侯バナールが一番よくね? となるんだよなぁ。いや本当、お父様はよくやってくれたよ。

 と私としては大満足なのだが、リトリーは目に見えてつまらなそうにがっかり肩を落としている。


「アーチェよぉ、お前さん自分の恋愛に関しては時化た女だなぁ」

「うるさい! 婚約者が本命で何が悪いのよ!」


 何が悲しゅうて正当な関係で文句言われなきゃならんのだ。ハイもうこの話はお終いだよ終わり、閉廷!




 まあ、そんなこんなもあってリトリーへの口止めは一応終わったこともあり、しばしの時をフレインの庭でゆっくり過ごさせて貰った後。


「では父上、母上、先に戻ります」

「うむ、最後まで気を抜くなよ」

「王都でまた会いましょうね、行ってらっしゃい」


 もう少し後にドグマステクを発つというレティセント夫婦に先んじて、私たちは後期日程に間に合わせるためレティセント領を出発である。


「こうして見ると私たちも結構大所帯ね」


 私たちミスティ陣営中核に三バカ、ルイセント、エルバ騎士爵以下、リタさん、ダートら獣人の人足に人化ドラゴンと五十人を超える一団である。

 なおルブラン室長はお姉様たちを護衛の騎士たちに合流させた時点でモン・サン・ブランへとんぼ返りしているのでここにはいない。あの人年末報告と金の無心以外で王都には戻ってこない奴だからね。今さら気にしないよ。


「後期日程はどうするんだい? アーチェ」


 リトリーが興味深げに尋ねてくるけど、この冬は多分私たちがゆっくりできる最後の時間になるだろう。


「取材もしたし、暫くは新聞部での活動優先ね。あ、貴方の連載小説だけど、張り出す場所毎に違う内容書いて貰うから宜しく」

「ハイハイ任せて――え?」


 ギギギ、と油の切れたブリキ人形みたいな動きでリトリーが私を凝視してくるけど、当たり前だろう?


「……ちょっと待った、それ私の負担だけ多すぎません?」

「分かっていると思うけど私たちの卒業まで一年半しかないのよ? その中でちゃんと話を盛り上げてかつ完結まで持っていくのに一体何号の新聞が必要になると思ってるの」


 考えてもみて欲しい。毎日千文字のストーリーを書いたとしてだよ? 一年半で書けるのは50万文字程度。

 文庫本で言うなら三冊ほどだ。一つの世界観をある程度膨らませて閉じるには丁度よい分量だね。


 ただそれはあくまで毎日書いて毎日更新したらの話、私たちの新聞はどう急いだって一週間に一号の発行が限界である。

 つまり一年半で発行できる部数は最大で七十部程度。文字数にして一部千文字で七万字。前世の小説本ならたったの百ページ相当だぞ?


 ちゃんと小説を完結させるなら文庫一冊分、つまり十五万字程度は欲しい。

 であれば――新聞を掲載する場所によって違う内容を載せるまでしなきゃどう考えても文字数足りないだろう?


 という事実を前世事情は抜きにしてつらつらと説明していくと


「物語を完結させるのに適切な文字数とか……考えたことなかった……」


 リトリーの顔が完全に真っ青になっていき、同時にアフィリーシアは「楽できるはずないよね、わかってた」みたいな顔になってしまうのちょっとだけ面白かったわ。


「言っとくけど、私未完結エタるのだけは絶対許さないから。ちょっと書いては飽きたからってすぐ投げて新しい連載始めるようなのはウチの新聞に載せる気は更々無いわ。死んでも物語を完結させなさい。いいわねリトリー」

「ちょ、私にばっかり厳しくないですか副部長様? 酷いですよ!」

「は? 読者に楽しみをお届けするのが新聞の役目よ。それをやれ途中から月一年一更新だの挙げ句に放置だのふざけんじゃないわって話だわ。私の新聞を貴方のチラシの裏にする気など更々無くてよ。死ぬ気で書きなさいリトリー、それが嫌なら私たちの新聞に貴方のスペースなどないと思いなさい」

「なんてこった……」


 リトリーが馬上で頭を抱えてしまうが、こればっかりは譲れないよ。愉しみにしていた小説の更新が止まることほどストレスになることはないからね!


 とまあ、散々リトリーのやる気に火を付けながらの道中は巻いて、さぁ到着しましたアルヴィオス王都クリティシャス。


「帰ってきたわね王都。願わくば、今年の冬に忙しいのはリトリー一人だけであらんことを」

「そこは私も外して欲しかったぁ!」

「小説家になりたいんでしょ? いくらでも応援するから死ぬ気で書きなさい」

「あぁあー!!」


 苦悩するリトリーを肴に皆自分の冬の館タウンハウスへと散っていって、さぁ明後日には後期日程の始まりだ。


 この冬を超えると、ゲームではいよいよ時報が待ち構えていた。

 この期に及んで獣人の暴動は起きようがないだろうが、お父様が代替案を用意していないわけがない。


 嵐の前の静けさ、ゆっくり英気を養いたいものだね。






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