■ Ln06 ■ 枝話:高無彰子 Ⅰ






 右のディスプレイを睨みながら左のディスプレイでエクセル操作をしていたところ、


「ひゃわっ!」

「おっ、可愛い悲鳴」


 ぴと、とほっぺに冷たい何かを当てられてつい悲鳴を上げてしまう。

 何かと首を捻れば程よく冷えたほろ○いグレフルソルティの青い缶が薄らと汗をかいていて、


「彰ちゃん最近ちょっとのめり込みすぎ。休憩しないと目に悪いよ」


 夫がそう、コトンと私の目の前に缶を置いて、休憩を促してくる。


「ゲームは一日一時間、って? もう大人になったんだからそういうの勘弁してよマコちゃん」

「いつの時代の騙り文句を言ってるのさ」

「さあ? 平成かな」

「ハズレ、昭和だよ確か」


 そっかー昭和かー、でも正直既に令和も六年を回ってるわけだし、平成も昭和もどうせ誤差の範囲じゃない?

 まあ夫の言うことももっともなので、一旦セーブをしてゲームを終了。ほろ○いの缶をカシュッと開けて、


「んじゃかんぱーい」

「ん、彰ちゃんの穏やかなゲームプレイに乾杯」


 夫にそうちまっと釘を刺されて苦笑い。私ゲームでキレると変な声でるからなぁ。

 マコちゃんは地雷犬まゆみの弟だから慣れてるっちゃ慣れてるだろうけど、発狂したような声上げてヘッドフォン床に叩き付ける妻は普通に嫌だよね。分かるよ分かる。止めないけどさ。


「最近は殆ど荒れてないね。あのゲーム止めたの?」

「うんにゃ、絶賛進行中よ」


 夫が開けたポテチの袋にトングを伸ばして口に放り込む。一休みしたら再開するから指は汚せない、その為のトングである。

 なお、夫はコンソメパンチ好きなのよね。私はのり塩派なんだけど。


「あのクソゲー進行中なのに荒れてないんだ」

「うん、多分これグッドエンドじゃないと思うんだけど、派生ルートで始まるミニゲームが無茶苦茶面白くって」


 なんて言うか本編が進まないんで気分転換に始めたんだけど、これがとんでもなく良くできてるのよね。


「ぶっちゃけ本編より面白いかも」

「ああ、時々あるよね。妙に出来がいいミニゲーム」


 昔のRPGは結構そういうの多かったらしいよ、と教えてくれた夫が苦々しげなのは、最近のソシャゲのミニゲームがそんなに面白くないかららしい。

 そりゃまあ、ミニゲームの面白さを突き詰めたって別に売り上げ上がらないもんな。それより魅力的なキャラを作った方がよっぽど儲かるし。


 そんなわけで私が今進めている『この手に貴方の輝きを』アペンド版は魔王国ルートを絶賛巡回中である。


「多分さー、これバッドエンドなんだと思うんだけど……」

「ん? 彰ちゃんバッドエンドを周回してるの?」


 夫が不思議そうに首を傾げながらパキッとポテチをかみ砕くけど、うん。

 私も汚部屋連中ボイチャなかまも正規ルートガン無視して皆して絶賛バッドエンドを回っているのである。


 なおシナリオ担当が愉悦部である以上、バッドエンドは本編を上回る鬼畜さになるのは仕方ないね。このバッドエンド、魔王国に侵入したアーチェ、アイズ、ケイルのうちアイズとケイルはデスモダスにやられてあの世逝き。

 そうやってアーチェはデスモダスの嫁にされて同衾生活が続くも、魔王は降臨することなく、危機感から土地を求めてディアブロスはアルヴィオスに攻め込んだはいいものの、ついに魔王不在のタイムリミットが到来。

 第十圏キムラヌート他、複数の大穿孔都市セントラルシャフトが溶岩に沈んで魔王国が殆ど崩壊の憂き目に遭ってしまうのである。


 その非常事態のどさくさに紛れてデスモダスが何物かに殺され、執事のウィアリーもデスモダスの娘アイシャを反デスモダス派から守って死亡。

 デスモダスという纏め役を失いアルヴィオスとの戦争中でありながら四種族がバチバチにやり合う中、後ろ盾など何もない食糧民未亡人アーチェとその娘アイシャが、国土が半壊して誰もが自分が生きるだけで精一杯の魔王国に残される、という悲惨さっぷりだ。これを愉悦部と呼ばずして何と呼ぶ。


「……救いようがなくない?」

「うん。ただシナリオ担当のあまりの外道っぷりにゲーム担当がブチキレたんじゃないかって汚部屋では話されててね」


 ストーリーだけ見ると超絶バッドエンドだ。

 ただ、ここからのゲーム担当(勝手な予想だけど)の挽回っぷりが凄まじくてね。


「アーチェが伝手を利用して一闘士民と結託、とっととアルヴィオス、ディアブロス両国間の講和を結んで、ここからいきなり魔王国再建編が始まるのよ」


 とりあえず戦争なんぞしている場合じゃねぇ、とアーチェがさっさと話を付けて戦争を終わらせ、魔王国の立て直しゲームが始まるのだ。

 これがもう無茶苦茶面白い。何をやるのも許されるマインクラフトみたいなアレでね。


「一闘士民の誰と手を組み誰を敵に回すのも自由。ディアブロスって国の立て直しをそれこそどうやっても構わないとあって、汚部屋は完全にこっちにかかりっきりよ」


 勿論、超絶クソゲーと名高い『この手に貴方の輝きを』だけあって、難易度は無茶苦茶高い。

 個人差はあるけど、どのプレーヤーも最初の三十周ぐらいはアーチェに天寿を全うさせられず、再建の途中でアーチェは死ぬ。だいたい身に覚えのない責任を理由に酷い目に合って死ぬ。

 主人公がとにかく死にまくる点においてはこのアペンド版、思いっきり徹底しているからね。


 何せこのルートに入った時点でアーチェは後ろ盾であるデスモダスを既に失っていて、あるのは彼の元妻であり娘を授かったという事実だけ。その娘もデスモダスと違ってたいして強くないし、強さが等級を定めるディアブロスではこれは無力に等しいわけで。

 ただ、アーチェが賢いってのは一闘士民の誰もが既に理解しているのでね。最初にアーチェがディアブロス再建のパートナーとして十二人いる一闘士民の誰に付くか、によって難易度が結構変わってくるのである。


「一闘士民、これまで魔貴将として敵に四人ばかしが出てくるだけだから、ただの障害物だったんだけど。ここに来て一気にキャラが開拓された感があるのよね」


 まぁ、このルートだとデスモダスはやっぱり影薄いけどね。さっくり暗殺されちゃうし。

 一応主人公が結ばれるのがデスモダスなのでデスモダスルートの筈なんだけど、扱いこれでいいのかな? まぁ半ば強姦に近い関係だから、殺しておくのはヘイト管理の面ではある意味正しいのかもしれないけど。

 実際、さっくり死んだからデスモダス出番少なくて可哀相って言われるけど、生きてりゃ生きてたで未成年のアーチェを無理矢理孕ませただけのクソ野郎だしね。


 まあいい、さておきデスモダスが死んでからの一闘士民ルートの始まりだよ。






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