■ EX33 ■ 閑話:デスモダス・ドライアズダスト Ⅱ






 そうして一眠りした後に、


「モダス様」


 ベッドの傍らに膝を付いたウィアリーに、デスモダスは身を起こしながら気だるげな視線を向ける。


「起こすなと言ったはずだが」

「冥属性使いとやらが死にました」

「……何?」


 ベッドの縁に腰を下ろして立ち上がったデスモダスに、手早くウィアリーが服を着せていく。


「魔封環を嵌めて牢に繋げと言ったはずだが」

「そのように手配しました。しかし魔封環は『体内で発動する魔術』は阻害できません」

「……冥属性魔術による自死か」


 フレイン・レティセントがそれで苦しんだように、体内で暴発する魔術は魔封環では防げない。

 故に冥属性持ちが自らの体内で魔術を行使すれば、当然のように死に至る。だが、


「いえ、冥属性魔術はあくまで自死に見せかけた仮死に留まります」


 ウィアリー曰く、見張りが檻を開いて生死を確認していた最中に息を吹き返したそうだ。

 そのまま狼狽する見張りの首を折って殺害、牢から逃走。後を追う憲兵たちをあざ笑いながら溶岩の中へと飛び込んだ、とのことだった。


「現場を確認なさいますか?」

「……不要だ。いや、死んだ見張りに誰の息がかかっていたかは調べておけ。本人も知らぬうちに、あれを逃がす為の駒にされていた可能性がある」

「畏まりました」


 着替えを終えて再びベッドに腰を下ろしたデスモダスは考える。自死したかったならば、体内発動の冥属性一つで何ら問題なかったはずだ。そのまま死んでしまえばいい。

 なのにわざわざあの冥属性持ちは己の魔術では死なず、脱走の後に溶岩へと飛び込んで死んだ。何故そんなことをする必要があったのか? 逃げ切れる可能性にかけて、しかし失敗し追い詰められた? いや、


「証拠隠滅か。どうやら探られては痛い腹を抱えていたとみえる」


 あの冥属性持ちは自分自身を跡形もなく消し去る必要があった、そしてそれは目撃者がいる中で行なわれねばならなかった。

 証拠隠滅であると同時に、誰にでもそうと分かる形で自分が死んだという事実を残さねばならなかったらしい。

 見張りも死んで、誰があれを逃がそうとしたかも追えなくなっている。結果として、手掛かりが纏めて消し去られているのだ。


「策動しているな。狙いは――実力確認といったところか。さしずめ一対一で私に勝てるか否か、それが知りたかったのだろう」

「次なる魔王は、モダス様を上回る力の持ち主となる。誰かがそのように蠢動していると」


 傍らに控えるウィアリーの相槌に、デスモダスは目だけで頷いてみせた。


「可能性の一つではあるが。陛下の降臨がここまで遅れているのも、私を上回る力を溜めているからと見ておいたほうが油断はあるまい」


 デスモダスに対する魔王国民からの忌避感。それが本当に形を得てデスモダスの前に現れてきた。


「アーチェが言っていたな。魔王陛下は若者から選出される。であれば若者に私への忌避感を植え付けておけば自然と陛下は私を敵視する、と」


 それを聞いた時は随分と運に任せた計画だ、とあまり本気には取らなかったが。

 ただそこからもう少し思考を進めれば別の側面が見え始めてくる。


「一つに、魔王陛下として降臨する対象を選べるのならそれは机上の空論ではなくなってくる」

「若者にモダス様への反感を植え付けるのはダミーストーリーという可能性もございますよ」


 それもあるな、とデスモダスは頷いた。其方に視線を引きつけておいて、実は本命は全く別の手段である。そう考えた方があの冥属性持ちについては説明がしやすくもある。

 あの冥属性持ちが、最初から何者かの手で現時点での魔王の実力確認として準備され、デスモダスに差し向けられたのだと考えるならば、だが。


「王国魔法陣それ自体がそもそも人の手による、神器の御子を人工的に作る手段であれば――人が介入する手段が無いわけではない、か」

「魔王陛下をその手に収めて、見えぬ敵は何を望んでいるのでしょう?」

「さてな、支配欲か、私怨か。ただ国を思っての行動ではなかろうよ」


 ディアブロス王国のことを考えるなら、国益に忠実で、万が一魔王が国を治めることを拒否した場合に眷属化できるデスモダスを排除するなど、唯一の安全装置を自ら破壊するようなものだ。

 それとも狙った相手を自在に魔王にする技術を確立でもしたから、デスモダスをいよいよ排除するべく動き始めたのか。


「いよいよ私も時代遅れと除け者にされるようになったか。まぁ、それでこのディアブロスが良くなっていくならそれも悪くはないが」

「とても良くなっていくとは思えませんので全くよろしくありません」

「で、あろうな」


 デスモダスは笑ってウィアリーにワミーを呼ぶよう指示を出した。自分と共に先代魔王の魔貴将を務めたワミーのことを、ある意味オーネストやニンファよりもデスモダスは信頼している。




 そうやってドライアズダスト邸に招かれ、自分が死んだ際の後を託された角鬼イーヴル族の一闘士民にして族母、ワミー・アナセーナは天を仰いだ。


「もうすぐ老衰でくたばっちまうような、老い先短い老婆に託すのは間違っちゃあいないかね? 親父殿」

「あと五、六年は其方も生きよう? だが恐らくあと一、二年で陛下は降臨なさる。その時どうなるかは誰にも分からんさ」

「お前さんの実力すら上回る歴代最強の陛下、か」


 ワミーは呻いた。

 何のためにそんな魔王が必要なのか? 決まっている。デスモダスであれば絶対に許容できないことを実現するためだ。


「アイシャからルミナを通じて上げた話は頭に入っているな?」

「アルヴィオス、ディアブロス両国を交戦状態に持ち込みたい輩がいるかもしれぬと……もしや、全てが繋がっておるのか?」


 魔王が降臨しないから畜舎を一つ潰した。そのせいで人狩りが必要になった。襲撃を受けたアルヴィオス側にも交戦気分が高まるだろう。

 そして魔王が降臨しないのは、デスモダスを超える魔王の誕生を目指して誰かが裏で手を引いているからだとすれば、全てが一本の線で繋がってしまう。


「可能性はある。正直私は戦で力を得たからな、魔王陛下が開戦をお望みであれば強く反対はできぬ」


 魔王の命令には基本的にはデスモダスは逆らわない。それにディアブロスという国が開戦を選ぶ理由はキチンと対外的にも存在しているのだ。

 農地が足りない、領土が足りない。正当な理由があるのに反対をしては、デスモダスは血鬼ヴァンプ族の中からも非難を浴びることになるだろう。


「デスモダス様は戦争で力を得て今の地位にあるくせに、私たちがそれに続くのを禁じるのですか?」と。


「いっそ戦争をして口減らしをするのも一つの手なのかもしれぬがな――まあ、そう簡単には私は倒れぬ。だが万が一の場合は任せたぞ」

「その万が一がないことを祈っておるよ、デスモダス」


 そう語るワミーの声には裏表のない気遣いが籠もっていて、だからデスモダスはワミーを他の一闘士民の誰よりも信頼しているのだ。


「すまぬな、ワミー。其方は真善き娘故、其方には甘えてばかりだ」

「七十を超えた老婆を小娘扱いするのは止めろと何度言えば分かるんだい、ええ? 親父殿よ」


 苦笑するワミーに後を託して見送った後、デスモダスは館の外に出て前庭を歩き、貴人用に大きく彫られた横穴の縁から殻柱クリフォを上から下まで一瞥する。

 デスモダスは、まだこの第十圏キムラヌートが完成する前からずっとこのディアブロスで生きている。


 だが、もう他の魔王国民にとって大穿孔都市セントラルシャフトはあって当然の存在でしかない。

 これを築き上げるためにどれだけの者が溶岩に沈んだか、そんなことに思いを馳せるのも難しくなっているのだ。


「我が敬愛した真摯なる主たち、偉大なる魔王陛下の御歴々が92代にもわたって建造、維持してきたこのディアブロスだ。そう簡単には恣にはさせんぞ、俗物」


 アーチェに語ったように、もしかしたらこのディアブロスも老いが進んでいて、もう一度死ぬしかないのだとしても。

 それでも、黙って死んでやらねばならぬ理由はどこにも無い。国を傾け国民を危険に晒してでも己を凌駕しようなどと画策する愚か者は、


「一闘士民か? それともその影に潜む名もなき輩か? 誰であろうと関係ない、このディアブロスに害成すものは全て、この私が叩き潰してやるとも」


 そうとも。ディアブロスという国を害そうとする輩など、一人たりとも許しては置けぬ。その為にこそ、デスモダス・ドライアズダストの命は使われなければならないのだから。






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