■ 139 ■ 未来へ向けて Ⅲ






「それが本当にアーチェの望みなの?」


 お姉様が探るような眼で横やりを入れてくるのは――やっぱり私がプレシア中心で動いていることをもう察知できるほどにまで成長したからか。

 立派だよお姉様、あの悪役令嬢がここまで理知的に育つなんてさ。


「より正確に言えば、プレシアに限らず皆がお爺ちゃんお婆ちゃんになった頃に今この時を思い出して、『昔はいがみ合ったり騙しあったりもしたけど、楽しい人生だった』って笑い合える一生を送ることですかね」


 そういう意味では私の願いはお姉様の国にもっと笑顔が、というそれと大差はないと告げればお姉様はホッとしたものの、シーラが僅かに眉根を寄せてしまう。


「その物言いだとあんた、その未来にはウィンティ様たちも含まれていそうね」

「まあ、含まれていればいいと思うわよ。美男美女は国の宝だもの。死んでしまうのは勿体ないわ。生きていれば更に美男美女を産んでくれるでしょうし、ウィンティ様とヴィンセント殿下の子供なんて私今からでも楽しみでしょうがないわよ。どんだけ光る君が生まれてくるんだってね」

「……」


 シーラが呆れたように私を見やるけどしゃーねーじゃん。クソオタOLが望むのはゲロ吐きそうなほどに甘いハッピーエンドだ。

 お父様が知ればガキの妄想とせせら笑う、幾つになっても夢を見て現実を受け入れようとしない少女のそれでしかないさ。


「でも相変わらずアーチェ様が望むその未来には――アーチェ様は含まれていなくてもいいんですよね?」


 プレシアがそこで咎めるように言ってくるのは、おのれ。私が死なないように釘を刺してるってワケか。

 まさかフレインのみならずプレシアにも覚られていたとは驚いたけど――うーん、一応言っとくしかないかなぁ、これ。


「その、お姉様」

「何かしら?」

「私ちょっと、そのお姉様に謝らなきゃいけないことがありまして」


 胸元の、一般士民服には相応しくない豪奢な首飾りを指で弄びながら、覚悟を決めて一同に向かい合う。


「ディアブロスでヘマこきましてね……こう、なんというか、ディアブロス王国最強の一闘士民に目を付けられてしまいまして――いずれ嫁として私を攫いに来るそうで、その時点で私はお姉様の部下から脱落します」

『はぁ!?』


 お姉様やシーラ、プレシアにその背後のルナさんが目を剥く一方で、フレインは燃えさかる灼熱のような視線をアイズたちに向け、そのアイズたちはギリリと歯を食いしばっている。

 うーむ、やっぱりみんな混乱するよな。でも数年後には私がディアブロスに攫われてお姉様の部下やれなくなることはちゃんと言っておかないとだし。


「な、なんでそんなことになっているのアーチェ!?」

「いや、ちょっと魔王殿に侵入したら予想外の速度で最高幹部が現れちゃいまして」

「……なんであんたそんな危ない事したのよ」

「だって王国魔法陣が魔王殿の地下にあったんだもの、仕方ないじゃない」

「アーチェ様は勤勉すぎますよ! 仕方ないとか以前の話です、無謀すぎますよ!」

「いやだって魔王国侵入なんてもう二度とない機会なんだからさ、後腐れないようにやれること全部やっとくべきじゃない」

「で、護衛であるアンティマスク伯爵令息はそれに敗北した、と」


 フレインが完全に殺意洩れ洩れでアイズたちを睨むけど、


「止めなさいフレイン。相手は単独であの狂獣王にすら競り勝てるであろうほどの猛者よ。アイズたちを責めることはこの私が許さないわ」


 そう告げると、フレインもまた悔しそうに拳をギュッと握りしめて口を閉ざす。


 剣の勇者候補が五人がかりでも足止めが精一杯だったルナさんに、デスモダスなら間違いなく単身で勝てる。

 いや、屋外で戦ったら夜明けと共にどちらも戦闘不能になるから引き分けだろうけどさ。屋内だったら多分朝までデスモダスは戦い続け、最終的に狂獣化が解けたルナさんの負けになるだろう。


「魔王国に行くことも魔王殿に忍び込んだのも私が決めて私が実行したのよ。責めるなら私を責めなさい、それ以外のあらゆる怨み辛みは全て的外れの逆恨みでしかないわ」


 そう突き付ければ、ルナさんに勝てなかったフレインもアイズとケイルを責められまいよ。

 こんなことで仲違いなんかされちゃ堪らないからね、悪いけど釘は刺させてもらう。


「そんなわけで出産適齢期になる数年後にディアブロス王国筆頭元老院、一闘士民デスモダス・ドライアズダストが私を迎えに来ます。いつ来るかは予想がつかず、しかも来るのは視界の悪い夜。戦力の常駐と部隊展開は難しく、闇夜を音よりも早く飛ぶあいつを止めるのは誰にも不可能でしょう」

『……』


 うーん、沈黙が重い。

 お姉様やルイセントはそれまでに王位継承戦が片付いているかという不安があるだろうし、アイズたちにとっては負け戦の苦い記憶だ。

 フレインやプレシアからすれば一応主である私が魔王国に行ってしまうわけで――忠誠心のありかが不在になっちゃうもんなぁ。


「アーチェ、その、デスモダス氏とやらはそんなに強いの? 最初から一切の抵抗を諦めなければならないほどに」

「強いです。魔王国最高幹部は十三人いますが、恐らく残る十二人とは一線を画す、侯爵家出身のリタさんと互角に戦えるレベルの相手を片腕一本で瞬殺するぐらいなので」


 そう事実を連ねると、さっきまで瞳に暗い炎を抱いていたフレインまで驚愕に固まってしまう程である。

 実際、ガチ切れしたデスモダスはオプネス氏を一瞬で沈めてたしね。魔王ともサシで戦って凌駕できるというデスモダスを止めるのは実質不可能だろうよ。


「アーチェ、それ、お父様にはなんて言うつもり?」

「それが……私にとって最大の問題でして……」


 これに関してはマジで私も悩んでる。

 ひとまず学園を卒業したらとっととバナールと結婚して子供産んどきゃ最低限の義理は果たせるだろうが――その頃って多分私がしくじったら戦争が勃発している頃なわけで。

 戦争で皆が駆り出される中、私だけのうのうとバナールと組んず解れつしてていいのかって話でもあるし、何より、


「わ、私が聖属性でアーチェ様を御護りします! アーチェ様の話によれば、聖属性はその血鬼族とやらに効くんですよね!?」


 プレシアが息巻いているが、その前に私はお前のパワーアップアイテムとして消費される可能性が一番高いんだよなぁ。

 だって白竜も「今だ軛を外すには至らぬ」って言ってたんでしょ?


「駄目よ、フェリトリー領の民を守るのがプレシア・フェリトリーの仕事です。それを蔑ろにするのは許しません」

「そ、そんなぁ……」


 仮に魔王並の出力の聖属性をプレシアが操れれば確かにデスモダスの撃退も可能かもしれないけど、その為にはまず私が死ななきゃいけないというこの本末転倒よ。


「まあ、別に攫われてもそれで死ぬわけではないですし。お姉様とルイセント殿下が上手くやって、ディアブロスと多少なりとも国交が始まれば、老後も会うことぐらいはできますよ、多分」

「……また随分重い課題が出てきたわね。そもそも魔王国最強の男に見初められるなんて、なんでそんなことになってるのよ」


 お姉様が文字通り頭を抱えてしまった横で、


「……姉さん、ダメ人間見つけると見境無しに手助けするから」

『あー……』


 アイズの呟きに全方面から賛同が噴き出すの、なんかおかしくない?


「言われてみれば確かに。私やプレシアも、いえよく考えたらアリーやフィリーもよね」

「ウチのお義父様もダメダメの駄目でしたもんね」

「お母様のことをここまで引き摺ってきた私のお父様もダメ人間だし……」

「婚約者マッチングとか完全にそれですもんねぇ」


 プレシアとお姉様が交互に言葉を重ねていておいそこ、お姉様とプレシアいつの間にそんな仲良くなったんだ。というか二人して仲良く私を責めるんじゃあない!


「まああれです。とりあえずここら辺を念頭に置いて、後期日程からの予定を立てましょういいですね!」


 こうなんというか強引に話を打ち切ったけど、はぁ、ほんとグダグダだわ。

 私これで本当にお父様に勝てるのかなぁ。ちょっと自信なくなってきたわ。






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