■ 139 ■ 未来へ向けて Ⅱ






「神の承認も、権威も、愛情も、施しも。その一切全てを崇め奉る必要などありません。私たちは私たちとしてここに在るのです。それでも神のご加護を絶対視し有り難がりたい奴らなんぞ、この人の世に未練たらしくへばりっついてないでとっとと神の御許へ旅立ってしまえばいいんですよ」


 そう言い切ると、あれだ。

 完全にプレシア主従とメイ以外がドン引きした表情になってしまうのはまぁ、お約束って奴さ。


「プレシアからチラッとは聞いてたけどあんた、本当に神が嫌いなのね」

「違うわ。神のご加護によって人に不平等が発生することが嫌いなのよ。神に媚売れば他人より優れた力を得られるなんて、そんな世が人の世であると言える? 貴方はそんな世界に生きたい? 私は絶対に御免だわ」

「ま、まあそう言われれば分からなくもない、かな?」


 むぅ、シーラほどの才媛ですら、この世界に生まれた以上は神のご加護をガン無視した思考は持ち得ないか。

 まぁ私の前世での神は世界に宗教対立を生むだけでなんの役にも、奇蹟の一つも見せなかったからなぁ。


 地獄とは神の不在なり? 笑わせるのも程々にしろ。

 神の罰なんてものに頼らなきゃ己を律することもできない連中がホモサピエンスかしこいにんげんを名乗るんじゃあないよ。


「だから分かるわねプレシア。貴方が聖神に選ばれた特別な存在だなんて持て囃すつもりなんて私には毛頭ない。真なる王として国家転覆を狙うなら私は貴方の敵になるわ」

「じょ、冗談じゃないですよぅ! 私は一生アーチェ様に付いていきます! 真なる王とかそんなのどうでもいいです!」


 プレシアが震えながらそう言うけど、その一方で私はプレシアに聖剣の勇者を選定して貰う必要があるわけでね。

 この思考は別段矛盾なんかしちゃいないよ。魔王が侵略の道具として冥属性を用いるなら、こっちだって迎撃の道具として聖属性を用いるってだけだから。


「そもそもアーチェ様の話だと王国魔法陣の選定って無作為なんでしょう? それで一体なにを誇るんですか」


 おー、そう言いきれる時点でプレシアはかなりまともに育ってくれているみたいだね。でも世の中の馬鹿は「神が許してくれた」という一点だけでどれだけクソな行いしても自分が正しいと信じちゃうんだよなぁ。


「それでも『自分は神に選ばれた』って誇る者がいるのが人間という種の度し難さなんだけどね。結構、シアがその気なら私としても安心できるわ」


 魔王が力を振るわないならこっちだって別に聖剣の勇者なんて求めない。毒は同じ毒をもって毒を制すってだけの話。

 相手がを使ってくるのにこっちがを使っちゃいけない理由なんて何処にも無いだろう?


「ルイセント殿下も同様ですよ。もしプレシアを権威として担ぎ出そうとお考えなら私はプレシアと共にミスティ陣営を去ります。それが嫌なら私を自然死に見せかけた毒殺なりすると宜しいかと」


 ヴィンセントとの力量差を縮めるためにプレシアを利用しようとするのは許さない、と告げると、ルイセントは小さく首を横に振る。


「その心配は不要だよ。先のアンティマスク伯爵令嬢の言葉が私を救ってくれたからね……でも、プレシアの身柄が兄さん、いやオウラン公に利用されないかは心配だね」


 うん、ルイセントの言うことは理解できる。オウラン公はこの国の全ての権力を手中に収めたいと思ってそうだしなぁ。

 真なる王なんてものの情報が明かされれば、プレシアを欲する可能性も否定できないし。


「とりあえずリトリーには私から口止めをしておきますが、所詮あいつはウィンティ様の側近。本当に黙っているかは分かりませんし、最終的には白竜の皆さん頼みですね」


 チラ、と四阿ガゼボの椅子で脚をブラブラさせている三体の白竜を見やって、はぁ、溜息が零れちゃうわ。

 散々親竜が喋っちまったのは確かにマイナスだけど、白竜三体の護衛はありがたいっちゃぁありがたい。一応情報を流しすぎた分の相殺程度にはなるだろう。


「シア自身も今後はある程度気をつけるように。白竜の言うことが真実なら貴方はどうやらこのアルヴィオスにおける唯一無二みたいだし、貴方を欲しがる人は腐るほどいるのだと肝に銘じておきなさい」

「はぁ……でもアーチェ様、私偶然王国魔法陣とやらを起動できたぐらいで、私自身が貴族にとって有益なことができるわけじゃありませんよ?」


 プレシアが理解はしたけど納得はまた別、みたいな顔で首を傾げるけど、やっぱりこいつは庶民の出だね。貴族の思考ってのが浸透していないようだ。


「社交界の思考って要するに、他人が持っていないものを手に入れて見せびらかしたいってのが基本なのよ。貴方が何をできるかは関係ないの。貴方が唯一無二であるという情報に価値があるのよ」

「なんですかそれ、まったくの馬鹿じゃないですか」


 プレシアが「ヤツらはラーメンを食っているんじゃない。情報を食ってるんだ」みたいな顔になってしまっているが、まぁその通りだよ。


「大馬鹿よ。でもそれを必死になって追い求めている人たちもいるってこと。理解はしなくてもいいけど、そういうのに命を懸けている人もいるってことは識っておきなさい」


 オウラン公がプレシアを欲しがるか? と改めて考えると――やっぱりめっちゃ欲しがりそうなんだよなぁ。

 しかも聖剣の勇者っていう存在があることにまで辿り着いたら、プレシアに自分を剣の勇者として選定するよう求めるに違いないよ。それが何の役に立つかはさておくとしてね。


「もっと言ってしまえばね、貴方の存在を多分一番疎むのはこの国の現国王だと思うわ。さっきまでルイセント殿下が己を偽物だと笑っていたようにね」


 いつものことなのでざっくばらんに言ってしまうと、皆も薄々気付いてはいても口には出せなかったのだろう。

 それ言っちゃう? みたいな顔になってしまっているけど言うに決まってるじゃないか。神を厭う私にとって王もまたただ一人の人間に過ぎないんだからね。


「わ、私国王陛下から命を狙われるんですか……?」

「ルイセント殿下やヴィンセント殿下が迂闊に雑な調べ物をしたりすればね。あるいはオウラン公経由で漏れる可能性も。最悪の場合は白竜に頼んでモン・サン・ブランに逃げなさい」

「……い、いや私を殺しても別に国王の価値が上がるわけではないですよね!? それくらいは偉い人なんだから分かりますよね?」

「偉い人だからこそ分からないこともあるわ。他人には他人の価値観があるわけだし」


 願わくば、現国王が己の正当性をキチンと理解して無駄に怯えたりしませんように。まぁこれは祈るしかないね。全てはべらべら喋った白竜が悪い!


「重要なのは貴方の価値観だけが世界の真理ではなく、世界はその人それぞれの価値観で以て回っているっていうことよ。貴方を真なる王として欲する人もいるし、男爵令嬢として欲する人もいる。ただの美少女としても、聖属性持ちとしても、あるいは貴方の命を。貴方の価値は、貴方が考えているそれだけが絶対普遍の真実ではないって事よ」


 だからできる範囲で警戒しておく必要がある、と続けるとプレシアがこくんと頷いて、その後にやや懇願するような視線を向けてくる。


「……アーチェ様にとっての私の価値ってなんですか?」

「前に言ったでしょ。貴族令嬢としての私にとっては聖属性持ち、私個人としては――そうね。配下たる貴方は幸せに生きて幸せに死ねればそれでいいわ」


 私は主人公を応援するモブに過ぎない。主人公に成り代わりたいなんて思わない。幸せになる主人公を見ていたい。

 そうでなければ『この手に貴方の輝きを』を何百回も周回なんかしたりしないよ。






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